リアクション
放送前 「さて、今日は記念番組ですからね、ミスは許されないからキリキリと働いてちょうだい」 放送開始前のいつもの打ち合わせで、シャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)がバイトスタッフくんたちを前にして言った。 「アイサー」 かいがいしく、リスナーから送られてきたマドレーヌと紅茶をスタッフに配りながら、日堂 真宵(にちどう・まよい)が言った。 「これは?」 「リスナーのワイルドリリーさんからの差し入れです、ボス。他にも、嘆きの毒リンゴさんから、木箱一杯のリンゴが届いております」 なぜかきびきびと日堂真宵がシャレード・ムーンに答える。 「ちょっと、ペンネームと贈り物が嫌な関係だわね……」 さすがに、そんな名前でリンゴを受け取ったらちょっと警戒してしまう。 「大丈夫です。さっき、うちのモルモットで安全は確かめました。後で、皮をむいてお出しいたします」 ちゃっかりとアーサー・レイス(あーさー・れいす)で毒味を済ませていた日堂真宵が、自信たっぷりに答えた。 「うん、きびきびしていいわよ」 「ありがとうございます!」 シャレード・ムーンは褒めたが、当然、日堂真宵に下心がないわけではない。ここで有能さをアピールして、時給アップをもくろんでいる。なにしろ、五十回という節目だ、バイト代を上げるにはいい日だとは思わないだろうか。 「ふっ、味気のない紅茶デース。なぜ、ガラムマサラティーにしないのでカー」 さも当然のように、持参の白磁のティーカップで紅茶を一口啜ったアーサー・レイスが、とっても偉そうに言った。 「あんたは、紅茶までカレーにする気!」 すかさず、日堂真宵がアーサー・レイスのこめかみを後ろからぐりぐりする。 一応、混合スパイスであるガラムマサラを入れる紅茶はちゃんとあるので、決してカレーとは関係ないのだが……。マサラ・アッサム(まさら・あっさむ)が聞いたら、ちょっと泣くかもしれない。 「あれは後で出すですぅ」 「そうだね」 マドレーヌを目の前にして、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)がささやきあった。 「まったく、何をしますカー。カレーは飲み物デース。飲むときは、スパイスを混ぜるのではナーク、こうやって直接紅茶に……」 「それは却下です。てい」 すかさず携帯水筒からカレールーを紅茶に注ごうとするアーサー・レイスに、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が軽くチョップをかました。 「うおっ、デース」 思わず、アーサー・レイスが水筒を落とす。零れたカレーが、テーブルの上においてあった一枚のハガキを濡らした。 「何をしてるの!」 さすがに、シャレード・ムーンに怒られる。 「これじゃ読めないですー」 黄色く染まって滲んだハガキを見て、大谷文美が悲しそうに言った。 「大丈夫デース。ちゃんと修復しマース」 紙とペンを出して、アーサー・レイスが自信満々で言った。 「まったく。しっかりしていてよ。それで、他のハガキは大丈夫なの?」 「はっ、すでに仕分けは終了しております」 没箱の中の、燃やされたり氷づけにされたり溶かされたり杭を打たれたりした死屍累々のハガキの山を、さりげなく足で追いやって、シャレード・ムーンの視界から外しながら日堂真宵が答えた。 「珍しく手際がいいわね……」 きびきびと答える日堂真宵に、どうしたのだろうという顔でシャレード・ムーンが聞いた。 「はい、スキルアップしました。今後は、至れり尽くせり御奉仕いたす所存です。今後も、よろしく御贔屓にお願いいたします」 「じゃ、ゲストの方は?」 「ええとお、あおがくのつきさんから、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)さんのゲスト要請があったんですけどー、連絡つきませんでしたー。すでに蒼空学園をー、離れてますのでー、個人の連絡先は教えられないそうですー」 シャレード・ムーンに聞かれて、大谷文美が答えた。 「調べれば会社関係で分かりそうなものだけれど、時間がないか。それで、他のゲストは?」 「なんとかー、電話出演を確保しましたー。寝なければ大丈夫だそうですー」 「起こし続けなさい。いい、出番まで、絶対に寝かせちゃだめよ!」 「はーい」 携帯電話片手に、大谷文美が答える。 「それじゃ、みんな、気合い入れていくわよ」 「はい」 全員で気合いを入れると、シャレード・ムーンたちは副調整室へとむかった。 リスナーたち 「ここでなら、電波が入りやすいかな」 世界樹イルミンスールの展望台に出て、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が言った。 夜気はちょっと肌寒いが、この高台なら電波はよく通るらしい。なにしろ、世界樹の位置が大幅に変化してしまったので、ラジオのアンテナのむきもかなり変わってしまっている。場所によっては、今まで聞けていた放送局が入りにくくなってしまっているという状態だ。 「本当に、そのラジオという魔法の箱は不思議な箱ですわね」 さすがに今では原理は理解してはいるものの、やはりちょっぴり不思議だという顔でユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が言った。魔法で同じことができないかとも、ちょっと考えてみたりもする。 「さあ、アルティアもこっちへ来て、一緒に聞きましょう」 非不未予異無亡病近遠が、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)を手招いた。 「行こうではないか」 「はい」 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)に軽く背を押されて、アルティア・シールアムが非不未予異無亡病近遠たちと同じテーブルについてラジオを囲んだ。 ★ ★ ★ 「さてと、じゃあ、依頼を片づけに行くとするか」 そう言うと、佐野 和輝(さの・かずき)が、魔鎧であるスノー・クライム(すのー・くらいむ)を呼んだ。 「ええ。私を纏う前に、ラジオのスイッチを。それが現実への呼び水ですから」 「ああ」 スノー・クライムに言われて、佐野和輝はイヤホンの先にあるポケットラジオのスイッチを入れた。 ★ ★ ★ 「海風が気持ちいいよねえ」 浴衣を着て海京の海浜公園に繰り出したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、団扇片手に言った。 アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)とサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)の兄妹も、お揃いの浴衣を着て一緒に歩いている。 「そういえば、またたび 明日風(またたび・あすか)くんはどうしたのかな」 「さあ、またふらっといなくなっちゃったんだよね」 「旅に出たんじゃないの。きっとすぐに戻ってくるよ」 たいして気にもとめてないように、兄妹がリカイン・フェルマータに答えた。 「せっかく、一番夕涼みに似合いそうだったのに。まあいいわ、みんなでラジオでも聞きながらのんびりと散歩でもしましょ」 そう言うと、リカイン・フェルマータがラジオのスイッチを入れた。 ★ ★ ★ 「夜のお散歩も気持ちのいいものですが、ちょっと淋しすぎますわね」 夜の街の喧騒を避けるようにして一人散歩に出た八塚 くらら(やつか・くらら)は、ポシェットに手を入れてラジオを取り出した。 静かなのもいいが、まったく音がないというのも淋しいものだ。 「何かやっていますでしょうか」 イヤホンを耳につけてスイッチを入れると、聞き慣れた番組が流れ出した。 |
||