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リアクション
第弐拾弐話 花の怪
「植物の怪談なら、負けませんよー」
アッシュ・フラクシナスの話を聞き終えた多比良幽那が、気合いを入れて進み出た。
彼女を盛りあげるように、樹木人のアルラウネ・ラディアータ、アルラウネ・ナルキスス、アルラウネ・ヴィスカシア、アルラウネ・コロナリア、アルラウネ・ローゼン、アルラウネ・リリシウム、アルラウネ・アトロパ、アルラウネ・ディルフィナ、アルラウネ・ラヴィアン、アルラウネ・アコニトムが、ゾロゾロとついてくる。さっきの蔦の話というか、まるで小さな森が多比良幽那とともに移動していったかのようだ。
こんもりとした中で、多比良幽那がゆっくりと語り始めた。
「森深くに、ある無人のお屋敷がありました。
そこには奇妙で美しい花々が育てられているという噂でしたが、本当にそれを見た人はいませんでした。
なぜなら、訪ねた人はその美しさに魅せられて、誰一人帰ってこないと言われていたからです。
そんな噂を聞いた一人の男が、真相を確かめようとそのお屋敷を訪ねていきました。
森の奥深くにあるその屋敷に辿り着いたころには、もうずいぶんと日も傾いていました。
その屋敷は、蔓草にすっぽりと被われた廃墟のように見えました。
けれども、男が中に入ろうとすると、屋敷の中から美しい娘が現れたではありませんか。
無人と信じていた男は驚きましたが、なんとかお屋敷に泊めてほしいと頼み込みました。
最初戸惑っていた娘も、今から追い返すわけにもいきませんからと、屋敷の中へ男を招き入れてくれました。
夕食のとき、男は娘といろいろと話をしました。
ずっとこの屋敷から外へ出たことがないと言う娘は、男の話をとても興味深く聞いては、その一言一言に喜んでくれました。そのあどけない表情に、男はあっという間に魅せられてしまったそうです。
『あなたはなんと綺麗なのでしよう。外の世界には、あなたのような人がたくさんいらっしゃるのですか?』
『それはどうでしょう。私には、あなたこそ美しい一輪の花に見えます』
夜の睦言で、二人はそんな会話を交わしたそうです。
『花がお好きなのですか?』
娘のその言葉に、男はこの屋敷に来た目的を今さらながらに思い出しました。
この屋敷には美しい花があると聞いてきたが、娘の方がどんな花よりも美しいと男は言いました。
娘も、男に、どんな花よりもあなたは美くしいと答えました。
だから、花と見比べる必要はないと。どうか、花など探さないでほしいと娘は懇願したそうです。
深夜、娘が寝入ったのを確認すると、男は花を探し始めました。
こんなに美しい娘が育てている花であるならば、その花もどんなに美しいことでしょう。男は、好奇心に勝てなかったのです。
さわさわと、葉擦れの音が響きました。その音に誘われるようにして、いつしか男は地下室へと足を運びました。
そこは、日の差さぬ温室だったのです。
蒸し暑く、むせかえるような甘いけれどどこか生気の感じられない香りがそこには充満していました。
そして、そこに花はあったのです。
ただし、それを花と呼んでもよかったのでしたら。
四つの花弁は、人の手足そのものでした。そして、中央には、人の生首があったのです。そう、バラバラにされた人の身体で、その花のような物は作られていたのでした。中央の首の下からのびた茎は地面でいくつにも分岐し、そして、この屋敷を被う蔓草と繋がっていました。
『見てしまったのですね』
いつの間にやってきたのか、男の背後から娘の声がしました。
逃げようとしましたが、蔓草が男の足に絡まって逃げることが出来ません。
焦る男のそばで、人花がしおれてボロボロと崩れていってしまいました。
『美しい物は、より美しい物に道を譲るものなのです。だから、花を見てほしくなかったのに……』
裸の娘が、男の肌に指先をすべらせました。
『美しくなりましょう』
その言葉が終わるか終わらないうちに、蔓草が男を締めあげ、そして、美しい花へと男を組み立てなおしていったそうです。
そして、蔓草は、今も美しい男を捜し求めているのです……」
多比良幽那が語り終えて蝋燭を消すと、ざわざわという葉擦れの音が起こった。樹木人たちが一斉に身体を震わせて効果音を出しただけであったのだが……。
「うぎあぉぉーん、食べられる、食べられるぅ!」
パニックになったアニス・パラスが無差別でそこら中に火を放った。
「おお、落ち着け、アニス!!」
徹夜でちょっとこっくりしていた佐野和輝が、一瞬、アニス・パラスを押さえきれなかった。
魔法を放ちつつ走り回るが、なぜか濡れていた廊下ですってんころりとアニス・パラスが転んだ。ちょうどトイレの前あたりだ。
なんとか取り押さえて落ち着かせたものの、すでにお社は火につつまれてしまっていた。
「大変です。みんな飛び出してください。さあ、勢いよく、ためらわないで!」
巫女さんが、全員にむかって大声で脱出をうながした。
とはいえ、戸口は御神札で封印されていたので、一同はそれを破ることから始めなければならなかった。
「みんな、あわてないで。ここは、私たちに任せて」
体当たりして木戸を壊そうとする者たちをすべて止めると、ルカルカ・ルーとルカ・アコーディングが祓い串を振って御神札の力を無効化しようとし始めた。
だが、当然バイト巫女ではそんなことが出来るはずもない。
いたずらに時間だけが費やされていった。
『とりあえず、ここにいるとやばそうだから、ナラカに戻らないか?』
『うん』
木曾義仲に言われて、奈落人たちはスッと姿を消していった。
「ううん、なんの騒ぎだ……」
気絶していた悠久ノカナタが、さすがに目を覚ます。
「火事だ、逃げるぞカナタ」
緋桜ケイが悠久ノカナタをうながした。
「この程度の炎など……。吹雪け、氷雪の神楽よ」
お化けでなければ怖くはないとばかりに、悠久ノカナタがブリザードを天井近くを這うように放った。単純な消火代わりである。火の勢いがあっという間に弱まった。
これなら、急いで脱出する必要もないと、一同が消火の様子を見守った。
「氷の嵐よ、吹き荒べ!」
ソア・ウェンボリスが、悠久ノカナタに追従した。
「面倒くさいなぁ〜。凍えて死んじゃえ〜!」
面白い怪異が起こると期待していたニコ・オールドワンドだったが、単なる火事ではシャレにならないとばかりに、ついでという感じでブリザードを放つ。
「殺してどうする!」
そばにいた夏候惇・元譲が、ニコ・オールドワンドに突っ込んだ。
火に炙られ、氷に砕かれた天井が崩れだす。
「こちらへ!!」
空京稲荷狐樹廊がアンネリーゼ・イェーガーとともにフォースフィールドを張ってみんなを呼び集めた。
落ちてくる瓦礫を、立川るるのノーホエアマンと空京稲荷狐樹廊のフラワシが弾いて集まってくる者たちを守る。
外に飛び出すよりはまとまった方が安全だと、一同は一箇所に固まって崩れる社を自分たちから弾き飛ばしながらその身を守っていった。
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