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リアクション
第壱拾壱話 木馬の怪
厠での騒ぎをよそに、会場の方では百物語が進んでいた。今語っているのは、オリオン・トライスター(おりおん・とらいすたー)だ。
「人間椅子ってあるだろ、中に人間が入ってるとかいう。
古代ギリシアには『人間木馬』ってのがあったんだよ。
……そう、それ。『トロイの木馬』。
昔のは、中から人間が出てきて、うわー、ぎゃーってなもんだったが、現代のトロイの木馬はマジでヤベェな。
だって大丈夫と思うじゃん、フツー。
開いたとたんに訳わかんねー画面が大量に出てきて、いやー、あんときはマジ焦ったわー」
「実害のないタイプでよかったね」
ラピス・ラズリが、ほっとした顔で言った。どう聞いても、コンピュータウィルスの一つ、トロイの木馬タイプの物である。
「ちょっと待って、それって、どういうこと? まさか、この間るるが貸したノートパソコンのこと? 聞いてないよ、それ!」
「大丈夫、通信機能は切って、パソコンはそのままの状態を維持してある」
「駆除しろよ!! トマトになりなよ!」
怒った立川るるが、オリオン・トライスターを殴り飛ばした。吹っ飛ぶ勢いで、蝋燭の炎が消える。
「ええい、どいつもこいつも、自然と蝋燭が消えるという侘び寂をちっとも理解していない……」
先に蝋燭を吹き消して驚かそうとしているのに、たいてい先に消されてしまって、ニコ・オールドワンドがちょっと悪態をついた。
「どれ、駆除なら、ワクチンソフトが常駐しているでしょう。ちょっと見せてもらいますよ」
レリウス・アイゼンヴォルフが、件のノートパソコンをのぞき込んだ。パッドに指をすべらせたとたん、画面一杯に幽霊の咆哮する姿が現れる。
「こんなウィルスにひっかかるなんて、どんなサイト見てたのよ!」
ちょっとビビった立川るるが、オリオン・トライスターをゲシゲシと足で踏みつけた。どちらかというと、そちらの方にみんなが恐怖する。
「おい、レリウス?」
なんだかレリウス・アイゼンヴォルフがフリーズしているように見えて、ハイラル・ヘイルが肩をゆさぶった。
「……はっ、そうだ、ハイラル、駆除を頼みます。機械修理得意だったでしょう」
突然動きだしたレリウス・アイゼンヴォルフが、まったくなんでもなかったかのように続けた。
「今、一瞬意識飛んでなかったか?」
「いいえ」
「飛んでなかったか?」
「いいえ」
「飛んでただろ!」
「早く直してください」
「ちぇっ」
今さらきっちりと確認できなくて、ハイラル・ヘイルが立川るるのノートパソコンをリカバリした。なんとなくスキルの意味が違う気もするが、機械修理の特技持ちなので多分問題はない。
第壱拾弐話 大図書室の怪
「イルミンスール魔法学校の大図書室に、アーデルハイトに匹敵する魔女の司書がいるって話……みんなも聞いたことあるだろ?」
続いて、緋桜ケイが新しい話を語り始めた。
「――でも、まだ誰も、その姿を見たことがない。
俺も大図書室に通い始めて、もう三年目に入ったけど、……まだ見たことはない。
アーデルハイトに匹敵するとまで言われる魔女なのに、イルミンスールのどんな危機にも姿を見せることはなかった……。
今回のエリュシオンやザナドゥの侵攻の際にだってそうだった……。
妙だと思わないか?
――でも、最近、気づいたんだ。
……本当は姿を見せないんじゃなくて、見せられないんじゃないかって。
大図書室は、巨大で複雑な迷宮だ……。そして、保管されているのは、世にも恐ろしい、禁忌の書物……。そんなところに引き篭もってて、ずっと住んでて……。
果たして生きていられる人なんているのだろうかってさ……。
きっと、司書さんは、もう……。
そして、大図書室には、そんな司書さんの遺体があああああ!」
突然の緋桜ケイの大声に、トイレから戻ってきたノルニル『運命の書』がびくんと驚いた。
「大丈夫ですよ。ただの脅かしですから」
神代夕菜がノルニル『運命の書』をなだめた。
いつの間にか二人とも、巫女さんに借りた巫女装束に着替えている。
「明日香さん、大図書室に行っていないといいですけど……」
ポソリとノルニル『運命の書』が言った。
「大丈夫ですよ。大図書室の司書さんは、何度も見たことがありますから。きっと、魔道書の保管庫の封印を管理しているに違いありません」
神代夕菜が、そうノルニル『運命の書』に言った。もっとも、彼女が見た司書が件の司書であるという保証はまったくないわけだが。結局、誰も見たことがないということは、隣にいたとしても誰も気づかないということである。さすがに、大図書室の中でミイラになっているということはないだろう。
第壱拾参話 記帳の怪
「それでは、今度はアコの番よね」
厠を調べて戻ってきた魔道書のルカ・アコーディングが、今度の語り部だ。
「アコは記録。
渡り歩いた宿主たちを、記録として得てきたんだよね。
その中の何人かは、人に殺されてしまったわ。
やっぱり、一番怖いのは人間ってことね。
気がむいたときには、そんな宿主たちの記録を何度も再生して反芻してきたの。それは悦楽の美食……。
今の宿主のルカからは、憑いてから今まで『たくさんの終わり』をもらったわ。
いつも、たくさん見せてくれるよね。
これからも、たくさんくれるのでしょう?
そんな顔してもだめ。
私はルカのすべてを映す記録だもん。全部分かるよ。
これからもたくさん終わらせることになるわ。
貴女は、そういう存在、なんだから……」
そう言い終えると、ルカ・アコーディングが蝋燭を消した。
怪談でもなんでもない話に、ただ引き合いに出されたルカルカ・ルーは、ちょっと複雑な顔、というよりも、むすっとした顔をしていた。
いったい、自分の何がルカ・アコーディングに記録されているのだろうか。
「なんて顔をしているのよ。嘘よ嘘、アコの本体にそんな変なこと書くわけないじゃない。人の行動がすべて記録されている本って怖いと思ったんだけどなあ。ごめん」
ルカルカ・ルーの様子を見たルカ・アコーディングは、そう言ってうそぶいた。
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