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リアクション
第壱話 茶室の怪
「トップバッターは、私だよぉ」
蝋燭を掲げ持って佐々良縁が前に進み出た。
下から照らすオレンジ色の小さな明かりの中で、顔にお約束の陰影を描きだした佐々良縁が語りだした。
「まだ地球の高校に通ってたころの話だよぉ。
友達が所属してたのもあって、よく茶道部に遊びにいってたんだよねぇ。
んで、その子が活動してた茶道室なんだけどぉ、どうにも様子がおかしいんだよぉ。
茶室に人が一人だけ残されてるとぉ、床の下あたりから、ざしゅっ……ざしゅっ……てぇ、何かを切るような音がするんだよねぇ。
なんだか、柔らかい物を切っているんだけどぉ、途中で何か固い物にぶつかってぇ、無理矢理力を込めてばきぼきと叩き切っているような音……。
始めは、どこかの教室の音が壁とかに伝って聞こえてるって思ったんだけどぉ、その茶室っていうのはぁ、一階だったんだよねぇ。床の下は地面のはずなんだけどぉ。それとも、床下部屋みたいな物があったのかなぁ。それに角っこにあったから、隣から音が聞こえてくるというのも考えにくかったしぃ。
とにかく、校舎の作りとしては、この音はありえないんだよ……。
学校があった土地に『いわれ』があったかはわからないけど、少なくとも茶道室は学校の中心から鬼門の方向にあったかなぁ。
いったい、あの音はなんだったのかなぁ。
で、何を切っていたんだろー。
はい、私の話はこれで終わり。
ふうー」
一通り語り終えると、佐々良縁がふうと息を吹きかけて蝋燭の炎を消した。なんだか、元気に語ってしまったので、内容のわりにはあまり怖くはない。
一部の者が、この程度かとほっと胸をなで下ろしたときである。
ドンドンドン!!
突然、薄闇の中で、広間の床下から何かを激しく叩く音が響き渡った。
ちょうど、悠久ノカナタが座っていた場所の下からだ。
「カナタ……、おい、大丈夫か、カナタ?」
ヒッと小さな悲鳴をあげたきり微動だにしない悠久ノカナタを心配して、緋桜ケイが小声で訊ねた。
「きしゃあぁぁぁぁぁ……」
ささやく声が、悠久ノカナタの耳許に生暖かい息を吹きかけながら聞こえた。
目をまん丸に見開いた悠久ノカナタが、そのまま後ろにひっくり返る。
「よっしゃあ」
姿を隠したまま、雪国ベアがガッツポーズをした。
「おい、カナタ、大丈夫か!?」
さすがにやりすぎだと緋桜ケイが悠久ノカナタをだき起こそうとすると、それよりわずかに早く、ピョンと悠久ノカナタが跳ね起きた。なんだかフィルムを巻き戻したかのような不自然な起き方だ。
「ふ、大丈夫だ。心配など必要ない」
軽くうなじに手を差し入れて、薄明かりの中で悠久ノカナタが黒髪をさあっとかき広げながら言った。黒い瞳が、蝋燭の炎を移して微かに輝く。
「あんた、識だな」
気絶した悠久ノカナタの身体に、奈落人の藤原識が憑依したのを見抜いて、緋桜ケイが言った。髪と瞳の色が変わっているので、緋桜ケイにとっては一目瞭然だ。
「さあ、どうであろう。そのような些細なこと、どうでもよいではないか。ほら、次の語り部が出て参る。物語を楽しもうではないか」
勝ち誇ったように、悠久ノカナタ(藤原識)が言った。
第弐話 お茶会の怪
二番手は、キャロル著・不思議の国のアリスだ。
「森を抜けた場所にね、一人の女の子が彷徨い出たんだ。
彼女をそこへ案内したのは、首だけの猫。ふわふわと首だけが空を飛んでるんだぜ。
で、野原にテーブルだけがある場所に辿り着いたら、猫の生首は笑いながらすぅーっと消えちまった。
そこは酷い所で、ヤマネが頭からお茶をかけられてほとんど溺れそうになってたんです。もちろん、彼は眠るようにお茶に顔を沈めておりました。
そこへ、気の狂った奴がやってきたんだ。記憶をなくした奴と、兎の獣人だぜ。イカしてる、いやイカれてるだろ。
僕は思ったね。ああ、俺もだんだん気が狂っていくんだと。それが私の運命だったのさ。
だから、朕は、席替えを所望した。我の望みは、やつばらどもをいたく感心させたのであった。じゃん。
オラに万倍の狂気を分けてくれ。
気が狂ってないって言う奴は、気が狂ってないって気が狂ってる奴が保証してくれるって言うのが、気が狂ってる者の常識であります。報告終わり。
第二章。始まり始まり。
はい、拍手」
「ええっと、この子の頭、お祓いした方がいいかなあ」
何を喋っているのか訳が分からないと、困惑した表情で巫女服姿のルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言った。
福神社で巫女のバイトをしたことがある程度のなんちゃって巫女ではあるが、こういうお祓いみたいなものは雰囲気である。効くときは効くのだ。もちろん、効かないときはまったく効かない。
「お祓いだったら手伝うぜ」
柳玄氷藍もやってきて、とりあえずキャロル著・不思議の国のアリスを取り囲む。
「わーい、裁判だ、裁判だあ、判決、無期懲役無罪」
「ネタが、ちょっと寒いですよ」
ポソリとノルニル『運命の書』がつぶやいた。
その瞬間、なんだか本当に凄く肌寒くなった。
実は、ニコ・オールドワンドが、蝋燭を吹き消したついでに天井にちょこっとブリザードを放ったのだった。
「なんか、寒いです……」
平 五月(たいら・さつき)が、人一倍寒さを感じてブルブルと震える。その隣には、奈落人のアスカ・マルグリット(あすか・まるぐりっと)が、ぴたっと身をくっつけて座っていた。心なしか、寄りかかってもいるようだ。
『あれ、なんで五月ったら震えているんだろう?』
寒いなら暖めてあげようと、よけいピッタリとくっついて平五月を寒がらせるアスカ・マルグリットであった。
「えっと、もう終わり?」
いつの間にかニコ・オールドワンドに蝋燭を吹き消されていたキャロル著・不思議の国のアリスがつまらなそうに言った。
「だって、これは違う本です。百物語じゃありません」
思わず、著者・編者不詳『諸国百物語』が言った。この話はアリスの本そのものだ。魔道書としては、ちょっと一言言いたくもなる。
「うん、これなら怖くない、怖くない」
ちょっとほっとしたように、アニス・パラスがつぶやいた。
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