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第四章 午後の学園

 パートナーのサフラン・ポインセチア(さふらん・ぽいんせちあ)と一緒に蒼空学園を水中散歩していたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は、意気消沈したレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)に出会う。
「そうなんだ。夜には終わっちゃうんだね」
 自分自身も気付かなかったリアトリスは気落ちした。夜になったら、もっと上空まで泳いで変わった景色を楽しもうと思っていたからだ。それでも変わった景色は昼間にも楽しめるが、花火を昼に打ち上げても意味がない。レティシアの精一杯慰める。
「レティ、それならそれで一緒に水中散歩を楽しもうよ。これだってこんな機会がないとできないんだからね」
 リアトリスに誘われると、レティシアもミスティもいつまでも落ち込んでても仕方ないと考え始めた。
 バンドウイルカと白鳥の変異種であるサフラン・ポインセチアが「キュルー」と鳴くと、3人の周りを泳ぎ始める。タイミング良く人がくぐれるくらいのバブルリングを口から作った。リアトリスはゆっくりめのフラメンコダンスで水中を歩くように移動する。ダンスを踊り終えると、バブルリングをくぐって、フィニッシュポーズを決めた。
「素敵ですぅ」
「本当に」
 レティシアとミスティは、右手を挙げて左手を腰に添えてポーズをとったリアトリスに大きな拍手を送った。
 サフランも「キュイー、クオーン! (わーい、綺麗に決まったね! )」とうれしそうに鳴いた。
「ゆっくりで良いから、ステップを合わせてみてよ」
 リアトリスを先頭に、レティシアとミスティ後にが続いた。
「あれ? なんかやってる」
 少しすると音楽が聞こえてくる。音に誘われるように、4人が向かうとテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が、校庭の一角で水中ライブを開催していた。もう何曲も披露していたようで、かなりの生徒が集まっている。
「水の底で歌うことができたら……そう夢見ていたことが現実になるなんて思ってもいませんでした。この事故、当事者には申し訳ありませんが、せっかくなら愉しまないと……ね」
 テスラがギターをかき鳴らすと、観客から歓声が上がる。
「何年経った後も今日この日が『ああ、そんなこともあったよね』と笑える想い出になるように。…………次の曲は“小さな翼”」
 リアトリス達3人はテスラの音楽に聞きほれていたが、サフランがキュルーと誘う。
「?」
 サフランがゆっくり3人の周りを泳ぎ始めた。
「……踊ろうか」
 リアトリスがテスラの音楽に合わせて踊り始める。レティシアとミスティもそれに続いた。4人の姿を認めたテスラは、一層演奏に熱を込める。テスラに合わせて歌う者、リアトリスのように踊る者、音楽を聴いたり踊りを見たりする者、それぞれがそれぞれの時間を愉しんだ。

 
 臨時営業を行った喫茶とまり木は繁盛していた。特に如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)の考えたメニューは好評だった。
「便乗と思ったけど、予想以上に売れたな」
「佑也、俺達の分も残しておいてくれよ」
 繁盛には樹月 刀真(きづき・とうま)のアイデアもプラスに働いた。水中に浮かべたデッキチェアは、どの来客にも好評で、設置を追加するたびに埋まっていく。
 唯一の欠点はウェイトレスを勤めた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)からの苦情だった。
「刀真、スカートの中が見えちゃうんだけど……」
『水着なんだから、それくらい良いだろう』と思ったものの、さすがに言うわけにはいかない。急ぎキュロットでサービスしてもらうことで対応した。
「材料はあるんだし、食べたかったら、作るさ」
 佑也は色とりどりの餡を細工して、小さな魚の形に整える。そのまま金魚鉢をイメージしたゼリーに浮かべると、特製デザートの出来上がりだ。
「紅茶にしようかしら。それと特製ゼリーを2つ」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は注文する。
「紅茶2つ、特製ゼリー2つでーす」
「こちらは特製ゼリーにジュース」
 月夜と白花から注文が伝えられる。牙竜や灯は「お待たせしました」と注文された品を忙しく運ぶ。
「もうひと稼ぎするか」
「ああ」
 刀真と佑也はカウンター内で作業を再開した。
「それでやっぱり参加するの? 装置停止隊とやらに」
 セレアナがセレンフィリティに尋ねる。
「もっちろんよ。困った人がいたら、助けるのがあたしのポリシーだもの」
 セレアナは「やれやれ」と頬杖をつく。単に面白そうなことに首を突っ込みたいだけなのは十分に分かっていたが、それを口に出したところでどうなるものでもないと諦めていた。
「きたきた!」
 白花が「お待たせしました」と紅茶とゼリーを運んでくる。ゼリーを口にした2人は至福の表情になった。

 そんなとまり木のの隅。デッキチェアで昼寝をする高柳 陣(たかやなぎ・じん)のそばで、ティエン・シア(てぃえん・しあ)は泳ぎの練習に余念がなかった。
「お兄ちゃんの足手まといになりたくないもんねー」
 装置停止隊に参加することを告げられたティエンは、朝から猛練習に励んでいる。水の中と言っても呼吸ができるため、見る間に泳ぎは上達していく。
「これなら大丈夫かな」
 一応の満足を得て、陣のところに戻ってくる。
「カニィ……カニィ……」
「お兄ちゃん?」
 寝言を聞いて、ティエンは陣の本心を悟るが、追求するのは止めておいた。
「人助けには違いないし、日本人はカニを見ると本能的に食べようとするって本に書いてあったもん。仕方ないよね」
 自分に言い聞かせるように、強引に納得させた。

 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)立木 胡桃(たつき・くるみ)とまり木で午後の一時をすごしていた。
「お待たせしました」
 白花がジュースとカキ氷を持ってきた。
「んきゅ!!」
 胡桃がカキ氷を一口食べて、満足そうな笑みを浮かべる。ただし胡桃が舌で味わっていたのに対して、ミーナは目で楽しんでいた。
「今のウェイトレスさんは……桃ね。こっちはリンゴ。あっ! メロンだ!」
 胸の大きさをフルーツに例えて、即席の品評会を行っている。
「ねぇねぇ、胡桃ちゃん! ほらスイカよ! スイカ!」
 ミーナの指し示す先には、見事なスイカが2つ実っている。胡桃はため息をつきながらホワイトボードに書いた。それをミーナに見せる。
「えっ? 『ミーナ殿もスイカですよ』って、そんなぁ、お世辞の言いすぎ」
 顔のほころぶミーナに胡桃は首を振る。ホワイトボードの一箇所を指差した。
 そこには西瓜でもスイカでもすいかでもなく、SUICAと書かれていた。ミーナは「うん?」と考える。つまりはカードであることに気付く。
「何よー! もう!」
 ミーナの反応を見て、胡桃はクスクスと笑った。そこに羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)がマイクを向ける。ミーナの目にマイクの先と2つの盛り上がりが迫った。
「これは……グレープフルーツね」
「グレープフルーツ……ですか?」
 まゆりは不思議そうな顔をする。しかし横にいるシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)は素早く悟る。そして需要があるのを確信しつつあった。
「ううん、気にしないで。これってインタビューよね。朝方、見掛けかけたよ」
「はい、楽しんでる人に聞いて回ってるんです。なんだかとっても楽しそうに見えたので」
「ええ、もう! 朝から見たりー」
「ふむふむ、見たり」
「見たりー」
「……見たり?」
「見たりしてー、楽しんでます」
「見てばっかりなんですね」
 ミーナは大きくうなずく。
「こんな景色、なかなか見れないんだもん。今日だけで終わっちゃうのが惜しいくらい」
「なるほど。言われてみれば、そうですねぇ」
 まゆりは水を通して輝く景色と理解したが、そんな瞬間もミーナは2つのグレープフルーツの揺れが気になっていた。
「じゃあ、ありがとうございました」
 去り際にシニィからレポートDVDの申込書がミーナに手渡される。同時にシニィはパチッとウインクした。