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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第3章 芸術・オン・ザ・ステージ 1

「おー、繁盛繁盛。さっすがにレオンさんが用意しただけあって、良いステージやなぁ。お客さんも大入りやわ」
 自らがプロデュースした846プロライブの野外ステージを眺めて、社長の日下部 社(くさかべ・やしろ)は満足そうに頷いていた。
「ふふっ♪ この芸術大会には素敵な『音』が沢山あるわね♪ 楽しみだわ」
 そんな社の横で、社長秘書をしているパートナーの響 未来(ひびき・みらい)がほほ笑む。
 屋外ステージはこの日のために用意したもので、この日限りの特設会場でもあった。もちろんメインは846プロに所属する面々だが、中には魔族のパフォーマーも参加している。
 アイドルの皆が活躍する為、観客の皆を楽しませる為。
 社としては、そのためならば846プロに限らず、誰でも参加できるスタンスをとっているのである。それにアムトーシスの各店舗や芸術家に、今後もスポンサーになってもらう、という目的もある。
「あ、これ俺の名刺♪ 是非846プロを宜しくお願いしますわ」
「ああ、これはご丁寧にどうも」
 そんなスポンサーさんたちに挨拶回りを兼ねた宣伝活動も忘れず、社はほくほく顔で会場の様子を見て回った。
 と――
「あ、マスター! あそこにいるのがアムドゥスキアスよ!」
「お? あいつがかいな?」
 未来が指をさした方角にいるのは、南カナン領主のシャムスとこの街を治める芸術の魔神だった。
「未来、悪いけど……」
「……わかったわ。私は少し離れて場所にいるから何かあったら召喚してもいいからすぐに呼びなさいよ?」
 社の言わんとすることに感づいて、未来は彼から少し離れた場所に向かった。出来れば彼らとは自分だけで話してみたかったのだろう。
 奴を見極めるため……そして興味本位も半分だろうか。
 早速、社は彼らのもとにそそくさと向かった。
「ちぃ〜す♪ 芸術大会楽しんどるか?」
「君は……?」
「あ、こりゃ申し遅れました。俺は日下部社。846プロっちゅー芸能プロダクションの社長をやってるもんや」
「846プロ? ということは……」
 シャムスが何かに気づいて顔をあげる。視線の先にあったのは、今回の屋外ライブの看板に書かれている『846プロプロデュース』だった。
「そういうことや。そう言えば、南カナンの領主さまともはじめましてやったかな? 衿栖くんたちからよう聞いとるよ。お二方とも、よろしくどうぞ」
「ああ、こちらこそな」
「よろしくねー」
 846プロの社長、南カナンの領主、アムトーシスを治める芸術の魔神――ある種、錚々たる面子による握手が行われた。
「いやぁ〜。俺の仲間もこの大会に参加しとるんやけど、他の皆も色んな事やってて凄いんやなぁ〜♪ 地上のモンや魔界のモンなんて関係なしや。芸術に国境なし、やな♪」
 初対面だというのに非常に馴れ馴れしい態度だが、不思議とアムドゥスキアスは嫌な気分ではなかった。口調は軽薄そうに見えるが、言葉には一つ一つに芯がある。それに少なくとも、アムドゥスキアスもまた『芸術に国境なし』と思っている一人だった。
「っと、そろそろステージが始まるから手伝いに戻るわ。うちの事務所はちっこいから社長自ら運営を手伝わんといかんのよ」
「それはまた……大変だな」
 多忙を極めるだろうと、目を丸くしてシャムスが言う。
「えーのえーの。これでも楽しんでやっとるからな。それじゃあ、あんたらもぜひステージを楽しんでえや。ほな、またな」
 そう言って話を締めると、社は再びそそくさとステージのほうに向かっていった。
 なんというか台風のような男だったと、シャムスは思う。それはアムドゥスキアスも同じだったようで、彼は楽しそうに笑っていた。
「面白くなりそうだね、ライブ」
「そうだな」
 あの男なら楽しませてくれるだろう。
 シャムスはそんな不思議な確信を抱き、846プロのステージが始まるのを心待ちにした。


『衿栖くん、輝くん、未散くんに他の皆! 今日俺から言う事は一つや。「人を感動させる事に自分も感動してくれ」』
 日下部社から送られてきたメール画面を見て、レオン・カシミールは薄く微笑していた。
「何が書いてあったんですか? レオンさん」
 そんな彼に、緊張した面持ちの846プロ所属メンバーが問いかける。
 アイドルデュオの神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)。落語家の若松 未散(わかまつ・みちる)。そしてもちろん、レオンの契約者である茅野瀬衿栖もそこにいた。
 無言で、レオンは彼女たちにメール画面を見せる。
 文面を読む間を置いて、レオンが彼女たちの顔を見ると――それぞれが思い思いの表情をしていた。感動して息をのんでいる者。社長らしいと笑っている者。その思いを胸に、ステージのことを思い浮かべている者。
 だがいずれにせよ同じだったのは、誰もがこの社長のいる846プロに所属していて良かったと思っていたことだった。
 レオンはパタンとメール画面を閉じる。
「さて、時間だ。準備を始めよう」
 彼女たちを促して、彼は自分も担当の場所に向かった。
(ステージ上の彼女たちはそれだけでも十分輝いている。……が、演出によって更に大きな輝きとなる)
 天幕、音響、照明。
 ステージの上で輝こうとする彼女たちのために、演出家としてのレオンの舞台もまた上がろうとしていた。


「やあ、こんにちは」
「アムドゥスキアスさん……」
 野外ステージの設営スタッフとして働いていた久我 浩一(くが・こういち)のもとに、アムドゥスキアスが顔を出した。
 放送用のカメラや音響装置――浩一が敷設したそれらの設備を眺めて、アムドゥスキアスは申し訳なさそうな顔になった。
「ごめんねー、ご要望には答えられなくて」
「いや、構いませんよ。ステージのスタッフや場所を借りられただけでも、十分です」
 そもそも、こうして大規模な野外ステージを用意してくれること自体、ありがたいことであった。希望としては映像を記録するような魔族の道具や、あるいは魔力を感知して警告音を鳴らすような道具――といったものも用意してもらえないかと思っていたのだが、さすがにそれほど便利な代物はないようだ。
 エリシュ・エヌマの魂魄レーダーはあくまでイナンナの力があって生まれた技術だ。
「ザナドゥの技術の応用であることは間違いなさそうだけどねー」
 というのはアムドゥスキアスの弁だが、ザナドゥの魂技術そのものはそこまでの発展は遂げていないらしい。無論、魔族にとって魂は重要な意味合いを持つ概念であり価値観だ。そうしたマジックアイテムの類はあるようだが――
(いかんせん、一契約者に渡せるようなものじゃないよな)
 浩一は言わずもがな、アムドゥスキアスが要望に答えられないとした理由を推測していた。
 映像記録にしても、せいぜいがステージにモニタを設置して、野外ステージの模様を中継する程度のもの。記録媒体に収めるような道具は存在しないし、仮にあったとしても、アムドゥスキアスはそれを許さないだろう。
 映像の流出はどこの世界においても厳重だ。特に契約者ともなり、こうしてザナドゥに足を踏み込むようにもなれば、なおさらのこと。期待は期待にとどまる、といったところだった。
「浩一」
 と、話もそこそこに、浩一を呼ぶ女の声がした。
 二人が一緒に振り返ると、そこにいたのは浩一のパートナーである希龍 千里(きりゅう・ちさと)だった。彼女はいかにも重そうな機材を両手に抱えて、顔だけをその横から覗かせている。
 遅れて、彼女の後ろから仲間のスタッフたちが機材を抱え込んでやって来た。ひーこらひーこらとふらついているが、それに対して千里は平然としたものだ。
「これはどこに運べば良いですか?」
「あ、ああ…………えーと、向こうのほうに置いといてもらっていいかな?」
「分かりました」
 呆気にとられた浩一が指し示した場所に、千里がやはり汗一つかいていない顔で機材を運ぶ。地上の臨時スタッフにばかり働かせるわけにはいかないのだろう。プライドも邪魔した他スタッフの男たちが、彼女の後を追って我が身に鞭を打った。
「なんだか……大変そうだね」
「そう、ですね」
 浩一は苦笑した。
 と――その視線が、機材を運び終えた千里の目と交わる。彼女はほんのわずかにこくっと頷くと、続いてカメラ類の設置へと移っていった。
「……? どうかしたの?」
 アムドゥスキアスは首をかしげる。
「いえ、何も……」
 浩一は何事もなかったかのように、そう呟くだけだった。