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リアクション
第4章 歌姫たちの晩餐歌 2
「あのなぁ……」
「さっすがシャムスさまっ! 似合ってる! ばっちぐーよ!」
「……そ、そうか?」
そんなことを言われると、確かにそんな気がしないでもない。シャムスは鏡に映った自分の姿を改めて見直した。
いつも気慣れている黒甲冑と同じように、基本は全身黒ベースの服。言わば甲冑ドレスといったところか。女性らしいシルエットを浮き彫りにするそれは、下はロングスカート風になっていて、くるっと回ればひらひらと裾が靡いた。
甲冑部分は、光が当たるとうっすらと虹色に輝く魔法文字が浮かび上がる。それが一種の紋様となっていて、より衣装の高級感を上げているように思えた。
「エヘへ、あたしがデザインしたの! 動きやすさと美しさを重視しましたっ! どうかな? どうかな?」
「いや……オレ自身はよく分からんが……」
「バッチリですよ、シャムスさま。ジュジュだけではなく、私も保証いたします」
なにせスカートいうものをほとんど着たことがないシャムスだ。戸惑う彼女に、授受のパートナーであるエマ・ルビィ(えま・るびぃ)がにこっとほほ笑んでみせた。ちなみに、シャムスのメイクを担当したのが、他ならぬエマである。
ポイントメイクは色味を控えめに、素材の美しさを生かしたナチュラルメイク。舞台のライトに映えるよう、少しだけラメを乗せて。メイクブラシを駆使して手早く仕上げ。仕上げにリップブラシでルージュをつけて――髪を結い、黒の髪飾りをつければ、鏡に映る『黒の騎士姫』の完成であった。
「……エマが言うのであれば、いいんだろうな。恐らく」
「ぶー。なによー、シャムスさまー。あたしの言うことだと信用ないってわけなのー?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「と、に、か、く! これで衣装はばっちり! あとは舞台に出て、剣舞を披露して――」
「ちょっと待て!?」
シャムスは慌てて授受の言葉を遮った。
「なにか聞き捨てならない台詞があったぞ!? 舞台に出る!?」
「……あれ? 言ってなかったっけ?」
「初耳だ!」
シャムスが怒鳴りつけると、授受はあははと苦笑した。
「ま、まー、でも……もうそういう演出で進行されちゃうし……」
「大体、いまの舞台の主役はエンヘドゥだろう。二人ならまだしも、オレが一人でやれば主役が目立たなく――」
「大丈夫です。俺がいますから」
なんとか理由をつけて辞退しようとしていたシャムスの反論を遮ったのは、いつの間にか戸口の前にいた一人の男だった。
「お前は……」
「お久しぶりです」
「…………」
久我内 椋(くがうち・りょう)だ。
かつてカナンがまだ征服王に支配されていたとき、南カナンを滅ぼそうとした闇の化身モートのもとに従事していた契約者。
シャムスは、思わず身構えた。
「一度は……正々堂々と真剣勝負をしてみたいと思っていました」
椋が言った。
彼の手は腰の刀へと伸びる。
「互いの命は奪わない。剣舞として……俺と戦ってみてはもらえませんか?」
それを剣舞と呼ぶかどうかは、問題ではない。剣舞という名目のもと、椋はシャムスと刃を交えてみたいだけだった。
授受も彼のことを覚えてはいたのだろう。じっと椋を睨み据えながら、彼女はそれまで陽気さを沈めて警戒していた。
そんな授受を、水平に伸ばされたシャムスの腕が後ろに押しやった。大丈夫だ。安心しろ。そんなことを、彼女の腕は語っている。
「分かった。では、舞台上では互いに剣を打ちあうとしよう。命は奪わぬが、あくまで真剣勝負……でな」
「ありがとうございます」
椋は恭しく頭をさげると、舞台裏から出て行った。
「シャムスさま……」
授受が心配そうに呟いたが、シャムスの耳には届かなかった。彼女は代わりに、テーブルの傍らに置いていた剣を手にとって、鞘から抜き出し、刀身を確認する。刃こぼれは今のところない。剣を替える必要はないか。
そこでようやく、彼女は授受が泣きそうな目でこちらを見ていることに気づいた。エマはじっと座ったまま何事もなかったかのように黙しているが、彼女もまた自分を心配している。シャムスには、それがよく伝わった。
「安心しろ。命が奪われるわけじゃない。そう約束した」
「でも……」
「舞台上でオレを殺すわけにもいくまい? 約束はちゃんと守るだろう。それに……」
シャムスは初めて椋と対峙した、かつての大戦のことを思い出していた。
「それに……?」
「……いや、なんでもない」
授受が続きを促したが、シャムスはそれに首を振った。
証拠も根拠もない。だがあいつの瞳を見たとき、思ったのだ。たとえ自分とあいつの道は違えども……不器用で、どうしようもなく真っ直ぐな色を宿している、と。
それが大した理由もない漠然としたものだと気づいて、シャムスは自嘲するような薄い微笑をこぼした。
稲場繭とアムドゥスキアスが話し込み始めてそう間もない頃――ようやく見つけたとばかりに彼女たちのもとにやって来たのはエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)とルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)だった。
どうやら繭はアムドゥスキアスを探して勝手に動き回っていたらしく、ルインに軽く注意されてしゅんとなっていた。そんな繭を愛おしそうに眺めていたエミリアが、アムドゥスキアスに言う。
「……こないだはその、ごめんなさいね」
彼女は、感情をむき出しにしてアムドゥスキアスに突っかかったことがずっと心に引っかかっていた。魔族は嫌いだが、少なくともこの街にむかつくような奴はいない。そのことが分かった今は、心残りだったそのことを謝ろうとずっと思っていたのだった。
が――
「…………なんのこと?」
アムドゥスキアスは目をぱちくりさせていた。
「いや、その……ほら……なんてゆーか、色々と失礼なこと言っちゃったでしょ?」
「…………?」
「え、えっと……」
アムドゥスキアスの表情が険しくなる。
どうやら、思いだそうとしているがどうにも思いだせないようだ。もしかしたら自分の悪口は思いだせないという都合の良い頭をしているのかもしれない。
いや、あるいは……
「……覚えてないなら、いいのよ」
「そう?」
エミリアは笑みをこぼし、アムドゥスキアスは首をかしげた。
その後も、アムドゥスキアスと繭たちは会話を重ねた。友達になってくれないかと問う繭に対し、アムドゥスキアスの答えはもちろんイエスだ。彼の肯定の頷きを見て、繭が嬉しそうな笑みを咲かせるのをルインは見守っていた。
(しかし……)
油断はできない。
ルインは自分にそう言い聞かせた。たとえアムドゥスキアスがどれだけ信用に足る者だったとしても、魔族である以上、そこに設定を持つにはリスクを伴う。繭を守る者として、彼と友人になろうとする彼女の行動に賛同は出来なかったが――
(それが、繭の意思であれば)
ルインはそれに従って、出来る限り彼女に危害が及ばないように目を光らせるだけだった。
「みんなすごいですね。私も作ってみたけど……とてもじゃないけど足元にも及ばないや」
舞台上のエンヘドゥたちを見て、繭が独り言を呟いた。
その手に握られていたのは、なにやら生き物ののようなもの。
彼女の声を聞き取ったアムドゥスキアスが、その手に握られているものに目を落とした。
「それって……」
「え、あ…………そ、その……」
アムドゥスキアスに気づかれて、繭は恥ずかしそうに目を伏せた。
彼女が握っていたのは、ぬいぐるみだ。手足のついた、熊のぬいぐるみ。決してそれは上手いとは言えない出来だったが、素人が作ったにしてはよく出来た代物だった。くるっとした丸く黒い瞳が、可愛らしい。
「その……」
「…………?」
しばらく、繭は目を泳がせながら何かを迷っていた。
だが、やがて――
「……よかったら、貰ってください。あなたのことを思って作ったものですから」
意を決して、ぬいぐるみを差し出す。
赤ん坊のように腰を両手で支えられた熊のぬいぐるみの瞳は、アムドゥスキアスを見つめているようだった。
多くの場合、芸術は華やかだ。美しく、誰にも負けないと言わんばかりの美を放つ。
しかし時には、こういった心を穏やかにさせてくれる芸術もある。そして、それが必要とされることも。必要とする者も。
「ありがとう」
毛糸で作られた熊のぬいぐるみを受け取って、アムドゥスキアスは優しげにほほ笑んだ。
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