リアクション
● 「ふむ……どうやらそろそろ潮時のようだな」 翼を生やした魔族の一人が呟いた。 どうやらリーダー格の男のようだ。魔族は地に降り立ち、アムドゥスキアスたちの前に進み出た。 「本日は失礼を承知で足を運ばせてもらった。誠に申し訳ない」 「……何が目的だ」 こちらを嘲るように紳士的な口調で頭を下げた魔族に対し、アムドゥスキアスは冷酷な声で言った。子どもらしい無邪気さはなりを潜め、いまは芸術の魔神としてのアムドゥスキアスがそこにいた。 「なに、アムドゥスキアス様。アムトーシスと全面抗争するほど、我々も馬鹿ではないのです。ただ一つの目的。いえ、お貸ししていたものと言いましょうか…………エンヘドゥ嬢をおとなしくこちらに引き渡しさえすれば、街からは手を引くことに致しましょう」 「なんだと……っ!?」 怒りをあらわにして牙を剥いたのはシャムスだった。無論、エンヘドゥを守る契約者たちも、敵を睨み据えて身構える。 そんな彼女たちに、予想しなかった声が聞こえた。 「それは出来ない」 アムドゥスキアスだった。 「彼女たちはボクと、芸術大会という戦いによって決着を付けることを約束したのだ」 「ほう……?」 「芸術の魔神として、その約束を破ることは許されない。そして、厳選な審査の結果――ボクは地上の者たちにエンヘドゥさんを返還することを決めた」 「…………」 アムドゥスキアスの声にも、そして瞳にも、嘘や偽りはなかった。 「正々堂々と戦いを挑んだ相手に対し、このような始末は納得できない……そうバルバトス様に伝えておくんだね。ここはボクの街だ。今すぐ出て行け」 彼の声は、怒りに打ち震えていた。 仮にも魔神。その背後からにじみ出る力の波動に、敵の魔族はたじろいだ。 が―― 「いえ……わたくしは、行きます」 「……なに」 魔族の予想も反して、進み出たのは他ならぬエンヘドゥ自身だった。 「エンヘドゥ……何を……!?」 「ここでわたくしが行かなければ、街にはより大きな被害が出る。そうでしょう?」 「よく分かっていますね……お嬢さん」 魔族はにたりと笑った。 そう。確かに……全面抗争すれば、アムトーシスがこの数の魔族に負けるような道理はないだろう。しかし、少なくとも傷は残る。住民の被害もゼロでは済まないはずだ。 「どの方よりもよっぽど優秀だ。あなたさえこちらに来て下されば、私たちは今すぐにでも街から引きあげましょう」 魔族のもとに歩み進んでゆくエンヘドゥ。 「エンヘドゥ……そんなことは……っ!?」 朝斗が彼女の背中に呼びかけた。だが、振り返った彼女は、何の恐怖もなさそうにほほ笑んでいた。 「大丈夫です。わたくしには、これがありますから」 そう言って、エンヘドゥが握りしめたのは、胸元に光っていた『月雫石のイヤリング』の片割れだった。いつでも握っていられるように、紐を括りつけてペンダントにしていたのだ。 「エンヘドゥ……」 ルシェンが哀しく声を漏らす。 そしてようやく、魔族はエンヘドゥの身体を抱いて引き寄せた。 「では、私たちはこれで……」 飛び立とうとする。 が、その前に――魔族は醜悪な笑みでアムドゥスキアスたちを振りかえった。 「おっと、そうでした。アムドゥスキアス様」 「…………」 「バルバトス様からの伝言です。『残念だったわね〜、あと一歩のところだったのに〜。でも、あなたたちの余興、とっても楽しませてもらったわ♪』と、いうことで」 「……ッ!」 全て―― 全て奴の、手のひらの上だったとでもいうのか。 アムドゥスキアスは拳を握った。肉に爪が食い込み、血があふれるほどに。 魔神としての強大な力がどれだけあっても、人一人の魂すら救えない。何もない自分。何も変えられない自分。その無力さを叩き潰すように、彼は静かに、唇を噛んだ。 |
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