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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第4章 歌姫たちの晩餐歌 1

 芸術大会最後の締めくくりは、アムドゥスキアスの塔の敷地内にある巨大な大ホールにて行われた。もともとは、パーティや祝賀会を行うための巨大な会場であり、今回もいわゆる芸術大会の閉幕とともに、最後の演目がいくつか披露される予定だった。
 会場に溢れる観客の魔族たち。彼らも今日は様々な地上の芸術を見て回ったのだろう。楽しそうにそれを話す者。興味深げに自分たちの芸術に応用できないかと話す者。一度は地上に行ってみたいと言いだす者。
 時間はすでに夜だ。――多くの魔族たちが、今日という日を喜んでいた。
 そしてそんな会場で舞台に立つのは、八極拳を披露する琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。
(おじいちゃんから受け継いだ技……やってみせる!)
 『套路』――中国拳法における型の一つだ。数千年の歴史が蓄積した中国拳法の技は、ザナドゥの芸術家たちが作る彫像にも負けず劣らない美しさだった。
 八方へと爆発する力の奔流。大地から力を得るように、重力を利用した力強い動きが、舞台上で空気を薙ぐ。しなやかでありながらも、爆発的な波が彼女の身体から発せられているようだ。その鼓動を打つような力強さに、魔族たちは感嘆の声をあげていた。
 やがて彼女の套路は終わる。
 しかし、これはまだ単なる始まり前のパフォーマンスに過ぎない。ここからが本番だった。
「鳳明、シャムスさん入りますよー」
 本番の演舞――を披露しようと心の準備をしていたところ、パートナーであるセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が、なにやら剣を握らせたシャムスを舞台上に上がらせていた。
「……ってへぁ!? ぶっつけ本番っ!?」
「いや、むしろ驚くべきはオレだと思うが……」
 それとなくセラフィーナから聞いてはいたが、まさか本当にやるとは……。
 鳳明はシャムスと相対してお互いに苦笑した。彼女が片手に握っているのはひと振りの剣。軽めのロングソードで、彼女はそれを軽く振り回した。よく馴染んだ剣技の動きだ。鳳明の八極拳にだって、きっと劣ってはいまい。
「…………やるか?」
「…………お、お手柔らかに、お願いします」
 最初は戸惑いから。
 徒手空拳の鳳明の拳に合わせて、シャムスが剣舞を披露した。八極拳と南カナンの剣技の複合演舞。次第に滑らかになっていく動き。鳳明の拳がシャムスの剣へと突きだされ、それをシャムスが剣の腹で打ち払おうとして――
 すっ。
(し、真剣〜〜!?)
 と、手首にほんのわずかな血が走ったのはご愛嬌。
 鳳明は素早く服の袖を破って傷を隠し、再び演舞へと戻った。
 観客もまさか本当にぶっつけ本番か……? と気づいていたが、まあそれはそれとて、二人の演舞は見事であり、それに目を奪われていた。多少の緊張感も、型にはまっているばかりの演技とは異なって面白い。
(うんうん。あのお二人なら出来ると思っていました)
 セラフィーナは満足そうに頷く。
 全く根拠のないそれは、一歩間違えればひどいことになっていたのだろうが――結果オーライである。
 多少のアクシデントも自分の思惑通りと言わんばかりに、彼女はにこにことほほ笑んでいた。


 さすがに――シャムスが真剣を用いていたからとて、七枷 陣(ななかせ・じん)たちまでもがそんなことをするつもりはなかった。
 彼はいま、舞台上で仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と対峙している。両手に握るは、磁楠の双剣を模して作った模造刀。今回の演舞のために用意したものだった。
 前向きな陣に対して、磁楠は自分の剣技を見せ物にすることにいささか不本意を感じていたが、陣の意思を削ぐようなことはしないつもりだった。
 剣を構える二人。
 お互いの瞳がタイミングを見計らっていた。そして――時が来る。
 地を蹴った二人は、鏡と相対したように全く同じ動きで剣戟を重ねた。陣が右の剣を振れば、磁楠は左を振り、逆に左を振れば右を振ってそれを受け止める。動きを同じにしていれば、致命傷を与えることはない。徐々に激しくなる打ち合い。刃と刃がかち合う度に、火花が飛び散って甲高い音が鳴った。
(…………思えば)
 磁楠は的確に陣の動きをトレースし続けながら、心の片隅で思い返していた。
 道は違えたが、元は同じだった自分たち。過去をさかのぼれば、自分も陣と同じになるだろう。だがこうして今は、相対して演舞を披露している。
(皮肉なものだな)
 それが滑稽であり、同時に胸躍らせる事実でもある。
「セット!!」
 陣が叫んだ。彼の突きだされた手から撃ち放たれたのは魔術だ。すでに磁楠も、同じように魔術を放っている。二人の間でぶつかり合った魔力が、弾けて散った。
 見事に鏡合わせになっているからこその、本気の攻撃。鬼気迫るお互いのぶつかり合いが、演舞の魅力をひき立たせていた。
 やがて演舞が終わりを迎える時がくる。
 締めはヒロイック・アサルトだ。陣の動きからそう判断した磁楠は、彼よりも速く動かぬよう、しかし決して遅くならぬよう、調整を利かせたスピードで距離をとった。無論、陣も同じスピードである。
 そして――

“唸れ、業火よ! 轟け、雷鳴よ! 穿て、凍牙よ!
 侵せ、暗黒よ! そして指し示せ……光明よ!”

 二人の目の前に、同様の五元素の力が混ざり合う。

“セット! クウィンタプルパゥア!”

 二つの声が重なり合って、一斉に合体した魔力波の一撃が放たれた。しかしその標的は互いではない。
 放射が向かう先は――会場にいたアムドゥスキアスとシャムスだ。
「……ッ!?」
 避けられない。
 目を見開いて立ち尽くす二人。
 が――眼前に迫った瞬間、魔力波はぐんと曲がって頭上に昇った。
「「爆ぜろ!」」
 陣と磁楠の声。
 上空で一斉に弾けた二つの魔力波から、魔力が散り散りに降り注いだ。余波となったそれは五元素の色合いを孕んでいる。まるで空高く上った花火のように、極彩色の魔力の塵が輝いていた。
 しばし唖然としてそれを見上げていた会場の観客。
「おおおおぉぉぉ」
 それが完成へと変わるのはそう時間を要することではなかった。
(まったく……)
 自分が生涯を賭して到達した極致を花火に応用するとは、なんとも言い難いものがあるが……磁楠は、今は何も言うまいとした。
 それは、魔力の花火に彩られた会場を眺めて、陣が満足そうに笑っていたからなのかもしれなかった。


 その後も大ホールでは様々な演目が披露された。それは地上の者たちだけではなく、アムトーシスの魔族たちもである。地上の文化に感化されたのか、アムトーシスの芸術を見せつけてやるといわんばかりに、芸術の街の住民たちは会場を盛り上がらせた。
 そして、ついに最後の演目が始まろうとしていた。
 最後に何が始まるのか、それは進行役の契約者たち以外、観客には誰にも知らされていなかった。照明が薄暗くなり、会場に静けさが広がる。何かが始まろうとしている気配は察し、観客は会話もそこそこに舞台を見守った。
 突如、スポットライトが舞台の一点を照らす。
 そこにいたのは――ドレスを纏った一人の娘だった。
「エンヘ……ドゥ……?」
 シャムスが呆然として声を漏らした。
 なぜ、エンヘドゥがここに? 夜の間は自由が効くと聞いていたが、彼女はアムドゥスキアスの塔で監視されているのではなかったのか? いや、そもそもなぜ舞台に上がっている……?
 疑念がいくつも頭の中を渦巻いたが、それを解決に導いたのは、大したこともなさげに言う男の声だった。
「エンヘドゥも参加できないか……と、俺が聞いたんだ」
 振り向けば、いつの間にか隣には如月正悟がいた。
 彼はアムドゥスキアスに視線を送る。正悟の更に向こう側にいたアムドゥスキアスは、エンヘドゥが現れたことにまるで驚いていないようだった。つまり彼は、この事を知っていたのだ。
 彼は肩をすくめた。
「エンヘドゥさんも地上の仲間の一員だ……って言われちゃったら、参加させないわけにはいかないでしょ? 大丈夫、心配しなくても、ちゃんと監視はつけてるよ」
 皮肉めいたことを言って、アムドゥスキアスは笑う。
 気づけばすでに、エンヘドゥの舞台は進行している。舞台上に新たに現れたのは迦陵。そして冬山小夜子の二人の歌姫だった。エンヘドゥのドレスと同じようなドレスを纏っているが、色だけは小夜子は青、陵は赤になっていた。三色のドレスを纏った歌姫が、立ち並ぶ。
 妙に胸元が開いて、豊満な胸をさらし、男性の観客を釘づけにしているのはご愛嬌といったところか。いや、それすらも……舞台上の幻想的な雰囲気にあっては、美の追求に見えなくはなかった。
 三人の美しさに見惚れていると、舞台の裾から数人の仲間たちが姿を現した。
「あれは……」
 シャムスが声を漏らした。
 陵や小夜子のパートナーたちだ。見覚えがある。
 どこか民族的な衣装に身を包んだインデックスやマリーウェザー、それにエミリア・パージカルやエンデ・フォルモントといった四人の女性が、舞台上で跪き、両手の袖の中に顔を隠した。
 よく目を凝らせば、舞台の前には朝斗やルシェン、それにエンヘドゥのお付き役として働いている土御門雲雀の姿もあった。どうやら監視というのは本当らしい。朝斗たちとしては、護衛という意味合いになるのだろうが。
 シャン!
 と――音が聞こえた。
 始まる。予感が観客たちにそう告げた。
 そして――三人の歌姫が声を紡いだ。
 それは静かなる幻想の歌であって、地を揺さぶる力強い声色。歌という歌ではない。音色を声音が紡ぐのだ。それだけに、澄み切った三人の歌声がよく響く。
 心の中に――瞼の裏に――見える光景がある。
 音楽・歌を通じて魔族と手を取り合い、楽しく過ごす人々の姿。
 魔族の子供たちが何の打算もなく、純粋に楽しんで歌う姿。
 同じように、人間の子供たちが歌って笑う姿。
 そんな音色の声に合わせて、四人の娘は舞いを踊った。民族衣装の袖から出てきたのは、剣や槍や槌といった武具の類。それらを回し、薙ぎ、反転させ、床に突く。異界の地で披露される舞踏と歌。そのうち、観客は誰もが立ちつくし、舞台を見つめるしかなくなっていた。
 と――
「シャムスさま!」
 いつの間にか傍に駆け寄ってきていた神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)が、シャムスの腕を引っ張った。
「お、おい……!?」
「ささっ、手伝ってもらう約束だったでしょ? 準備するわよ〜」
 そう言えば、芸術大会の前日にそんなことを言われたような気がする。
「アム君、ちょっとだけシャムスさま借りるわよ!」
「おい、ちょ、まて……!」
 あれやこれやという間に連れ去られてしまったシャムスを、アムドゥスキアスは呆然と見送った。なにをそんなに急いでいるのだろう? と、彼は不思議そうに首をかしげた。
 だが、意識はすぐに舞台上の舞踏へと戻る。テーブルに置いておいた葡萄酒を飲みながら、彼は歌姫たちの声に耳を傾けた。
 そんなときだった。
「あ、あの……」
 おどおどとした少女の声が聞こえたのだ。最初は誰に話しかけているのか分からなかったのだが、どうやら自分らしい。そう気づいて、アムドゥスキアスは振り返った。
「えっ……と……」
 そこにいたのは、恥ずかしそうに指先を弄ぶ小さな契約者、稲場 繭(いなば・まゆ)だった。