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首狩りの魔物

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首狩りの魔物

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 狂宴 

 恐ろしい一夜があけ、そして朝。
 丘の上で真桜は誰よりも早く目を覚ました。
 そして、立ち上がり下を流れる小川に顔を洗いに行こうとする。
 その時、真桜は足元に置いてある鏡に目をやった。それは、昨日セレン達が池の底から拾い上げてきたものだ。不気味なしゃれこうべの映っている、あの不思議な鏡だ。
「こんなところに放りっぱなしにしておいたら、割れちゃうかも」と真桜は鏡を拾って片付けようとした。そして、その表面を見て悲鳴を上げた。なぜなら、昨日までそこに映っていたしゃれこうべが、今日は生首になっていたからだ。その周りには赤黒い瘴気が渦巻いている。
 その手元を覗き込んで河童が叫んだ。
『ヤバいよ。早く地祇を正気に戻してなんとかしないと、きっと恐ろしい事になるよ』


***



 同じ頃、隠し部屋の中では既に皆目覚め、蓮妓と十兵衛を中心に作戦の打ち合わせがなされていた。
「宮本殿まで敵の手先となりはてたか……」
 蓮妓が眉をひそめる。
「赤津城村一の手練と頼りにしていた男だったが……」
「予測はできた事です」
 慈恩が言う。
「無想に首を狩られた者は、例外なく手先にされております。とすれば、次に憂うべきは平山殿の襲撃……」
「確かに」
 十兵衛がうなずく。
「平山殿は砲術を極めた方だ」
「うん」
 蓮妓もうなずいた。
「あやつが、大砲を出して来たら、この部屋の壁はひとたまりもなく壊されてしまうだろう……。平山だけは絶対に敵の手に落としてはならなかった」
「どちらにしろ、乱戦は覚悟した方がいいって事よね」
 セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)が言う。
「だったら、それなりに作戦をたてておかなくちゃ。騎士団としてもこの依頼は少し骨が折れそうだし……。ねえ、蓮妓。敵の行動パターンや不死者剣豪達の弱点とか、何かあるかしら? 敵の弱点が分かれば夢想の方に多く兵力を回せるし、兵力の消耗も最小限で済むわ」
「残念だが」
 蓮妓が言う。
「奴らの行動には、決まったパターンもなければ、これと言った弱点も見あたらない。むしろ、生者であった頃より威力を増しているほどだ。しかも、戦うだけの魔物に成り果てているので、心に迷いも無い」
「平山殿以外に気をつけるべき敵はいるか?」
 十兵衛が尋ねると、蓮妓は答えた。
「あと一人。結界の守り人だった黒河内伝十郎という者がいる。剣術、柔術、薙刀術、槍術、手棒術、手裏剣術、鎖鎌術、針吹術、馬術、弓術、吹矢術とすべての武芸百般に通じる異能の武道家だ」
「ふーん。マルチな武芸の使い手なら、正攻法では隙は出ない。なら、型破りな戦術で行くしかないよな……」
 オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)が言った。
「って、言うか俺達元々傭兵だし、相手は不死者だから気にする事無いか……」
「型破りか……」
 セフィーは考え込む。何か方法がないでもなさそうだが……。
「こうなれば、一刻も早く真桜達が首を見つけてくる事を祈るばかりです」
 慈恩が言った。
「甘い希望を持つな慈恩」
 蓮妓は昨夜いったのと同じ言葉を弟に与える。
「しかし、首さえ潰せば、この事件は終わるのです。それに、昨日の無想のあの反応。あれは、真桜が無想の首となにがしかの接触をした証だと」
「私もそうあって欲しいと思う。しかし、真桜が首を無事に手に入れられたとするなら、あまりにも帰りが遅すぎるとは思わんのか?」
 確かに、ここと鏡池は半日の距離だ。あまりにも時間がかかりすぎている。皆の胸に不吉な予感がよぎる。
「いや。真桜殿とて武道家の娘。動行させたハヤテも、協力してくれている皆もすべて腕に覚えのある者ばかりだ。そうやすやすとやられたりはせん。なにか、事情があって手間取っているのだろう」
 十兵衛が言った。
「そうよ。あの子達はきっと戻ってくるわよ」
 セフィーが笑顔を見せて立ち上がる。
 彼女の笑顔にで場の空気が少し和んだようだ。
 しかし、蓮妓は1人難しい顔をしている。その蓮妓の背後に回ると、セフィーはいきなり抱き付いて胸を揉んだ。
「な……!」
 真っ赤になる蓮妓に向かってセフィーは言った。
「ふ〜ん。蓮妓って、晒し巻いている様だけど結構でっかいのね……」
 うろたえる蓮妓に向かってセフィーは言う。
「……元気になった? こういう時の笑顔は大事よ」
「! ……ああ。そうだな」
 蓮妓がうなずく。
「どうも、殺伐とした思いにとらわれて駄目だ……」
 するとエリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)が言った。
「名も無き戦士も、戦場で散れば天界の戦女神に選ばれ、天界の戦士として新たな人生、そして、その先の来世へと行く……。でも、彼らはそれすら断たれてしまった戦士達。私も、武の中で生き、天界の戦女神を崇拝する者として、彼らの魂を救わなくては……」
「そうだな」
 と蓮妓はうなずく。
 今は魔となった彼らとて、元を正せば同じ村で生まれ育った同胞なのだ。


 その頃、誰もいない村の中で一人の少女が途方に暮れていた。カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)だ。

「ど……どうしよう……何でこんな事に……」

 カノンは荒廃した村のあちこちを見る。
 彼女は、パートナーのレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)と、別の用事でこの赤津城村の近くにやって来ていたのだが、運悪くはぐれてしまったのだ。彼女は昨日からずっと一人でさまよい続けている。そして、やっとこの村にたどり着いたのだが、人一人おらず、しかもあちこちに死体が転がっている。心細くて仕方がない。しばらく歩くと、どこからか馬のひずめの音がした。

 ……誰かいる……!

 ほっとしてそちらを目指すカノン。そこにいたのは、馬に乗った一人の男だった。土気色の顔をした痩せた面長の剣士だ。剣士は真っ赤な目でカノンを見下ろすと、にやりと笑って剣を振り上げた。

「!」

 何か『恐ろしいもの』を感じ、カノンは思わず逃げ出した。




 一方、彼女のパートナーのレギオンは、こちらに来てからはぐれてしまったカノンを探す為、偶然出会った十兵衛達に同行してこの村に来ていた。そして、この事件に巻き込まれ、今は他の契約者達とともに朝比奈家の屋敷の前で魔物の襲撃を警戒しているところだ。
 
 カノンを見失うとは……俺は何をしているんだ……

 レギオンは自分のふがいなさに自分でいら立っていた。

 その時、馬のいななきとともに少女の叫ぶ声が聞こえた。

「助けて!」

 聞き覚えの声だ。思わず顔を上げたレギオンの目にカノンの姿が飛び込んで来る。

「カノン!」

 レギオンは叫んだ。

「レギオン!」

 カノンはレギオンを見つけると、泣きながらこちらにかけて来る。その後ろを、馬に乗った剣士が追いかけている。さらに、その後ろには有象無象が……。
 しかし、レギオンの目に雑魚敵は入っていなかった。ひたすら馬上の剣士を見る。剣士は弓でカノンを狙っている。そして、今まさに撃たんとしている。
 レギオンは思わず前に飛び出すと、カノンを背に庇い、飛んで来た矢を叩き落とした!
 レギオンの脇を有象無象が通り過ぎて行く。その中には、あの平山の姿も見えた。平山は軽々と大砲を引きずっているようだ。
 化け物達は屋敷に近づくと大砲をぶっ放した。壁に大穴があき、そのまま土足で屋敷の中に乱入して来る。


 ドーン!

 地鳴りのような音とともに、隠し部屋の壁も激しく揺れた。
 蓮妓が立ち上がって叫ぶ。
「敵か?」
「大砲だ」
 十兵衛が答える。
「平山か……!」
「おそらく……」
 怖れていた、最悪の事が起こってしまったようだ。
「早く、みんな隠し通路に……!」
 白銀 昶は人の姿に戻ると皆を誘導した。獅子神 玲はゲシュタルを手に目の前の壁を警戒する。壁がぶち抜かれたらすぐにでも飛びかかれるように……。


 しかし、今のレギオンには、化け物達の襲撃も隠し部屋の危機も頭になかった。背に、カノンを庇い、怒りに燃える目で馬上の戦士を見つめる。
 剣士はレギオンに近づくと槍を投げて来た。
 レギオンはブレード・オブ・リコで飛んで来た槍をまっぷたつに切裂く。
 さらに剣士は手裏剣を投げてよこす。
 剣でそれをはじきながら、レギオンは叫んだ。
「誰だ? お前は?」
 すると、剣士は答えた。
「黒河内伝十郎……。わしの獲物を返せ」
 答えると、黒河内は馬に乗ったままでレギオンの頭上を飛び越え、さらに馬首を返しこちらに向かって来た。その手に鎖鎌を振り回している。振り回しながら何度もレギオン達の近くを走る。
そして鎖を投げると、レギオンの刀を絡めとってレギオンの体を引きずろうとする。嬲っているのだ。
 レギオンの中で沸々と血が煮えたぎってきた。
 カノンとはぐれた事による自分への苛立ち、追われるカノンの恐怖の顔、そして久しぶりの血生臭い戦場の空気がレギオンの中の何かを呼び覚ましたようだ。彼は我を忘れ、普段以上に無感情で冷酷な……昔のレギオンに近くなる。
 彼は刀を手から離すと、アームウォーマーの下に潜ませた袖箭から矢を放った。
 思わぬ攻撃に黒河内が怯む。が、しかし、すぐに体勢を整え再び馬を返して来た。レギオンは丸腰だ。
「危ない、レギオン!」
 カノンはサンダ―クロスボウで馬の腹を狙った。黒河内は鎌でそれを撃ち落とし、カノンに向かって襲いかかって来る。レギオンはカッとなり煙幕ファンデーションを投げた。そして、高速で逃げる。逃げながらワイヤートラップを張って行く。

 ヒヒーン!

 トラップにかかり馬が倒れた。その拍子に黒河内も落馬する。

 レギオンは光条兵器の銃撃で馬の腹に打ち込んだ。いななきを上げて馬は絶命する。その馬にさらに何度も銃弾を撃ち込む。

 その姿にカノンは恐怖を感じた。

 怖い……あんなレギオン、見た事無い……
 あたし……どうすればいいの……?

 レギオンは、ブラックコートを纏うと黒河内の背後に一気に回り銃撃その首を飛ばそうとする。

 バシュ! バシュ! バシュ!

 銃弾が情け容赦なく黒河内に襲いかかる。
 黒河内は銃弾を躱しながら塀の中へと逃げた。
 追おうとするレギオン。しかし、そのレギオンを、カノンが制止する。

「やめて!」

「なんで、止めるんだ?」

「もういいから、やめて!」

 その間に黒河内の姿は消えてしまった。