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砂時計の紡ぐ世界で 後編

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砂時計の紡ぐ世界で 後編

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 外は今、一体どうなっているだろう。皆の心にはささくれだったそんな不安が一様に居座り続けているはずだった。
 時折、遠くから聞こえてくる地響きのような唸り。距離ゆえに小さくとも消えぬ、轟音の切っ先。
 それらを喉元につきつけられて──まったくの平静でいられる者など、そういるものではない。
 ともすれば、不安は人を無軌道へと変える。まして自身に迫る恐怖ともあればなおさらだ。それらは、いつ暴発したとしてもおかしくはない。
 その心をなだめ、慰めるように穏やかな曲が部屋の中へと流れている。
 メロディーに載せて紡がれるのは、少女の歌声だ。
 歌い手は──ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、その指先をキーボードの鍵盤に走らせる。やさしいメロディーを、繋げていく。
 鍵盤と、弦の二重奏だった。愛用の楽器を爪弾く者はもうひとり、五月葉 終夏(さつきば・おりが)
 ふたりの演奏者はほかならぬ誰より、この幻の世界で『死』を体験しようとしている少女へと、その不安と戦う姫君へと向けて、曲を演じていく。
 穏やかであり祝祭に満ちていたわずかな時間に彼女へと贈られた曲を再び、奏でることによって。
 公爵令嬢。ダイム姫が、心安らかであるように。
 終夏の渡したブルースハープを手に強く握り、俯くダイム姫を元気付けるために。そのために──彼女らは弾く。
「大丈夫、だよ」
 そう。たった今彼女の肩を叩いた少女が告げた言葉を、体現せんと。
「あ……」
 顔をあげた姫君は、強張っていたその表情が見透かされていることを悟る。彼女を見つめる少女の顔には、穏やかな微笑があって。
「恐い? いいよ、恐くって。死ぬのが恐いのは、誰だって当たり前。でも今は、わたしたちがいる」
「そう。だからきっと、大丈夫。だから、ね? 顔をあげて。お姫様」
 姫の肩に手を置いたまま、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)がゆっくりと言葉をかけた。彼女のパートナー、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)もまた同じように声を重ねる。
「弱気に、ならないで」
「ごめんなさい……。そう、ですよね。皆さんを巻き込んでしまったのは、わたしなのに」
 こほん。小さく咳き込んで、再び姫は下に俯く。
「そんなこと、ありません」
 いや、それを強い口調の声がさせない。ゆるさない。
 ブルースハープを握ったダイム姫の手を、ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)の両手が包み込む。
 彼女の心と掌とが、恐怖に冷え切ってしまうのを妨げるように。パートナーの長原 淳二(ながはら・じゅんじ)南 白那(みなみ・はくな)に見守られながら、掌の体温と言葉をミーナは姫君に伝えていく。
「姫さまのおかげで、ほんのひとときでも見たかった夢が見れたんです。すごくすごく、感謝しているから。だからそんなこと、言わないでください」
「ミーナ、さん……」
「大丈夫だよ、私たちがいるんだから。ね、淳二」
「……だと、いいけど」
 そーいうこと言わないの。淳二と白那がやりとりをする。
「まあ──俺は俺のやるべきこと、できることをするだけだ」
「ん。それでいいんじゃないかな」
 満足げに頷く白那。彼女と淳二の様子に、ミーナは姫君とともにくすりと笑った。
「そう、ね。やれることをやる。やるべきことを──今の私たちにとってそれは姫、あなたを護ることなのだから」
「昴さん」
「今、私の主君はあなた。私自身もこの私の刀に誓い、あなたを守ってみせる」
 九十九 昴(つくも・すばる)。彼女が言葉とともに見せる黙礼にあわせて、九十九 天地(つくも・あまつち)がダイム姫の髪を撫でる。
 ミーナが掌を通じそうしているように、彼女もまた悲劇に直面しようとする姫君へ、体温のぬくもりを伝えていく。
 そして、もうひとり。
「おっと」
「っ? ……まとは、さん?」
 昴の脇を抜けて。この幻の世界だからこそ得られた小柄な身体で、ひとりの花妖精がダイム姫の腕に抱きつく。
「……」
 まとは・オーリエンダー(まとは・おーりえんだー)は無言でぎゅっと、ダイムの腕を自分に引き寄せていた。
 ミーナや天地が顔を見合わせ、苦笑交じりに微笑しあう。
「ね。少なくとも、ここにいるみんなはこんなにも、あなたを死なせたくないと思ってるんです。頼りないかもしれないですけど、これだけはほんとうだと思います」
 窓際で、時折手にしたボウガンの狙いをつける仕草をしながら。本宇治 華音(もとうじ・かおん)が言う。
「だから、信じて。たしかにはじまりはあなたのわがままだったかもしれないけれど──少なくとも、私たちはそれを恨んだりは、していないから」
 あなたを、護りたい。そう思っています。
 昴が、さゆみがその声に頷きあう。淳二も、同様。
「皆さん……」
 一同の見せる仕草に、ダイムの瞳はほのかに潤み、その表情は綻んで。
 彼女は瞼を閉じ、目を伏せる。
 安心。それもあったろう。感極まっていた? 無論そう。だがその行動は、安堵やひとときの感情へと身を任せきってしまうためのそれではなく。
 瞼の裏に、彼女が固めたのはひとつの決意だった。
 きゅっと、その口許が結ばれる。
 自身を想ってくれる者たちへとやがてそこから、言葉が紡がれていく。
「ありがとう、ございます」
 万感を、込めて。
「皆さんに──最後のお願いが、あるんです」
 彼ら、彼女らに願う。求める。
 完全に自分自身が、『現実』に戻ってしまう前に。
「わたしを、連れて行ってほしいところがあります」
 どうしても行かなければならない場所がある。彼女の瞳は、その決意とともに開かれた。