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リアクション
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双眼鏡のレンズには、寒さに凍てついた川面を徒歩行軍してくる盗賊の軍勢が映っている。
それはほぼ、予測されたとおりのルート。想定の、範囲内。
いける。その確信に、清泉 北都(いずみ・ほくと)は思わずほくそえむ。
「まあ、凍ってること前提でわたるよねぇ」
そりゃあそうだ。極寒期の渡河など、わざわざ水に浸かりながら誰がやろうとするものか。
「それじゃあ、みなさん。準備、いいですか?」
双眼鏡を下ろし振り返った北都に、一同頷く。
各地点への合図を、打ち上げる。別に敵から見えてもいい。
警戒されたって、むしろそれで密集してくれるなら好都合だ。
密集していればそのぶん──一度にぼちゃん、なのだから!
「せー、のっ!」
雪原に紛れるべく被っていた白布を振り払い、北都たちは躍り出る。竜が、飛翔する。
「いっけええっ!」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)の乗ったワイバーンが、火炎を放つ。ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)のファイアストームが、北都のヴォルテックファイアが、盗賊たちの足場に着弾する。
盗賊たちに、逃げ場はなかった。じりじりと中心に追い込まれるようにして、周囲の足場を失っていく──亀裂が、広がっていく。
「これで、仕上げですっ!」
上杉 菊(うえすぎ・きく)の小型艇から、とどめとばかりに氷上めがけ無数のミサイルと爆弾弓が放たれる。
そして──遂に亀裂は盗賊たちの体重を支えられる限界を越え、広がる。広がりきってしまえば、あとは崩落するだけ。
砕けた氷が、その上にいた盗賊たちが飛沫と音を立てて派手に水中に落下する。
盗賊たちの身体は、防寒具や鎧によってずしりと重い。当然水になど、浮くわけがない。
身まで凍てつくような冷え切った水から逃れんと、泡を食い彼らは氷上を目指し逃げ惑う。
「それは、させない。……落ちよ」
藁をも掴む思いでたどり着いた彼らを待っていたのは──更なる追撃。モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)の刃が斬り伏せ、盗賊の身体は水中に沈む。
「人の命を狙っておいて。見逃すとでも?」
眼鏡をくいと持ち上げる、モーベット。
「きゃははっ! そーれ、サンダーブラストっ! 感電しちゃえっ」
彼に落とされた者も、そうでない者たちも水中に放たれた電撃に力尽きていく。
パピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)は楽しげに、しかし残酷に平然とそれを行っていく。地上か、空気か。なにかを求めるように水面に伸ばされた腕が、追撃に揺れる波間に消えていった。
追撃はそして、水中の者たち対してだけにでなく。
その後詰めであった、前方にぽっかりと口を開けた大穴に動揺したたらを踏んでいた一団にも攻めかかる。
けっしてそれは、正面からだけでなく。
「出迎え大儀である! その労に免じ、其方らを悉く斬り伏せてしんぜよう――この、(イングランド)王たる妾が直々にな!」
立ちはだかるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が、前面を。
「余所見をしない! ここは戦場! 攻めてきたのはそっちでしょう!」
そしてローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が背後を突く、挟み撃ちの両面作戦だった。
「私たちを攻めるなら……それなりの覚悟を持ってきなさい! 遅いっ!」
前衛を川に落とされ、背後を突かれ、隊列をかき乱されて。盗賊たちの一団は散り散りに潰走していく。
相手は混乱の極致。ローザマリアのナイフが的確に、ひとりひとりを仕留めるのは造作もないことだった。
仮に、逃れた者がいたとして──……、
「おっと」
逃亡を試みたひとりの盗賊の顔面が、鷲掴みにされ雪原に叩きつけられる。
「どちらへ行かれるんですか? まだボクの八つ当たりが済んでいませんよ?」
周囲にいた幾人かの盗賊たちも、無数に伸びる鎖によって大地に縫い付けられ、その動きを止められる。
曇り空からの光を反射して、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)の手にしたサバイバルナイフが鈍く煌く。
組み敷かれた盗賊の左右の瞳が、恐怖に大きく、強く見開かれた。だがそんなものはアルテッツァに対しなんの命乞いにもなりはしない。
「ボクはただ、イツキと共に笑って過ごしたかった。せっかくのその夢を終わらせておいて──上前をはねるなんて、許されるわけないでしょう?」
酷薄に、アルテッツァの口許が狂気の微笑をたたえた。
そして躊躇なく、彼は振り下ろす。
その手の、ナイフを。脳裏に── 樹と、この世界にあったもうけっして手の届かぬ幻想とを浮かべながら。
* * *
西の空、彼女らが駆るのは、天馬。そう……ペガサスだ。
この時代、この地方の盗賊たちがそれを存在しているものとして知る由もない──ゆえにその天翔ける馬の姿は視覚効果として彼らを強く威圧する。
こちらにとっては、大いにつけいる隙だ。リネン・エルフト(りねん・えるふと)は同じく天馬を駆る相棒、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)とアイコンタクトで呼吸を合わせる。
上空から、並んだ二頭のペガサスが急降下する。
超高速での、すれ違いざま。ふたりの武器が、加速による衝撃を帯びて一層の制圧力で盗賊の大群を切り裂いていく。
「まだまだ!」
もちろん、その破壊の線は一筆では終わらない。
「どんどん行くぜ!」
「手加減なんて、しないからっ!」
今度は、十字に。今度は螺旋機動で。次々、彼女らは敵を屠り去る。
彼女らの光輝のバルディッシュに、そして剣に。斬れぬものなどない。見たことのない武器に、戦術に。盗賊たちにはおそらくそう思えているに違いない。
──そして、こちらも。
「そろそろ、セレンの策の時間よ! 皆、気をつけて!」
身の丈以上の長さの槍──モノケロスを操り、振り回し。盗賊たちを叩き伏せていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が叫ぶ。
仲間たちは、身構える。しかし盗賊たちには、知る術はない。これからここに、何が起こるのか。
「さあ……ド派手に行こうじゃないの!」
機晶爆弾の、起爆時刻だ。それを設置し工作した張本人のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)にはそれがどういった効果を発揮し、そして『それ』がどちらの方角からやってくるのかも手に取るようにわかっていた。
仕掛けた場所は、この西の峡谷、その左右を囲む山腹。
そこに、ありったけを詰め込んだ。豪雪地帯ゆえ、砕かれた山から流れ落ち、崩れるのは──土ではなく、雪。
二丁拳銃を撃ち鳴らしながら、彼女もまた叫ぶ。
「うっし! 皆、巻き込まれないよーにね!」
「もちろん!」
そう、雪崩だ。彼女らの策、それは人工的に起こした雪崩によって盗賊たちを一網打尽にすること。
不意に起きたそれを、こんな間近にあって用意もなく逃れられるわけがない。
盗賊たちは飲み込まれ、押し流され。雪の中に埋もれていく。
「こいつもついでよ! たんまりもらっときなさい!」
セレンフィリティの放ったライトニングブラストが、なす術のない盗賊たちを襲う。
雪崩の被害を免れたのは、ごく僅かだった。
「悪いな。この夢の中で蹂躙を行うのは君達じゃない――俺達だ」
その少数の残党も、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)とフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)の弾幕によって駆逐されていく。
苦し紛れの反撃として放たれたいくらかの矢も、不意に 燕馬たちの前に起こった雪交じりの風に吹かれ、力を失い落下する。
「おおっ?」
「……いいタイミングだ。やるじゃないか」
雪崩のおさまった峡谷の上を、燕馬は見下ろす。
その雪原から、手を振っている少年がいる。
先ほどの風は、南天 葛(なんてん・かずら)の補助魔法。
アイスプロテクトの応用で、吹雪を巻き上げて集中させ、矢を失速させる防壁としたのだ。
「む、マズい」
葛は興奮したように、こちらに手を振り続けていた。
そのせいで、背後に気付かない。
「危ないですぅ!」
「別働隊がいたか!」
迫る危機。少人数とはいえ、背後より忍び寄る、武装した男たちに彼は気付いていないのだ。
急ぎ、燕馬たちは向かおうとする。
やっと葛は振り返り、じりじりと峡谷の隅に追い詰められていく。
「葛を……何泣かしとんじゃごらぁぁぁぁぁっ!」
「へっ? ……ですぅ?」
尤も、救援は必要なかった。間に合っていたのだが。
葛のパートナー、ダイア・セレスタイト(だいあ・せれすたいと)が割って入り、盗賊たちを追い立てる。
白い狼は明らかに激怒し、容赦がなかった。
「大丈夫? 葛? 怪我とかしてないかい?」
そしてやっつけてしまうと、ころりと態度を変えて葛に駆け寄っていく。
「──どうやらここは大丈夫そうだ。別のところにまわろう」
「はい、ですぅ」
燕馬はフィーアと頷きあい、その場を離れていく。
もっと、戦力の足らぬところ。もっと守りを固めるべき場所を探して。