リアクション
終/
なにも、こんな日に。こんなところでお茶してなくてもいいんじゃなかろうか。雅羅は思う。
いくら敷地が広くて、天気もいいからって──この、空京大学の構内で。
「こういう日だからこそ、だよ」
晴れた空の下、ティーカップに口をつけつつ、新風 燕馬はしれっと言う。
「あの夢のような幻の世界から戻ってきて一週間ほどだろう。事後の調査やら、検査やらがようやくひと段落したようだし、ね」
「言ってる意味が、よくわからないのだけれど」
言う彼の視線が、丸いテーブルの上をなぞっていく。そこには、彼と。彼のパートナーのぶんと、そして。
「今日ここにくれば検査結果を聞きにあの日あそこにいた皆の顔を見る機会も多いだろうし。……彼女も、そのほうが嬉しいだろ」
「あ……」
そう。お茶しているのはふたりだったはずなのに、雅羅が通りかかったのはたった今なのに。
ティーセットはテーブルに、三つ。
そうか。三つ目は、ダイム姫のための。
「あら」
「あ」
──状況を共有できる者が、やがてもう一人。
「えっと、師王 アスカさん?」
「ええ。三人とも、あの日以来ねぇ」
アスカの肩から下げた大きな鞄からは、これまた大きな板のようなものが覗く。
「なんだい? その大きいの」
「ああ、これぇ? 絵、よぉ」
……絵?
「あの日の出来事を、絵に描いてみたの。冷たい吹雪の風景じゃなくて、お姫様が願った暖かな世界。その、ちょっとした欠片にでもなったらな、って思ってねぇ。やっと今日、乾いて完成したのよぉ」
穏やかでのどかな口調で、アスカは言った。
「アクリト教授に、どこかに飾ってもらおうかなぁ、って。直談判に行くところなんですよぅ」
「そっか。それは……素敵ね」
どこか、この世界を一望できる場所に──ね?
「そういえば、聞いたかしら? 砂時計は分解されて、教導団とウチの大学とに分けて保管されるそうよぉ」
そんなやりとりを、雅羅は聞いている。
歴史はやっぱり、変わっていない。あのあと読んだ書物でも、消えていった少女の史実はなにも変わっていなかった。
いや。そんなことはない、か。目の前の光景をちらと見て、雅羅は小さく頭を振る。
少なくとも、誰からも忘れられた存在ではダイム姫はなくなった。ここにいる彼らや、自分や。あの日、同じ世界にいた皆は彼女のことをきっと覚えている。
忘れていない人たちが、いるのだ。
ふと、風に乗って歌声が聞こえてくる。雅羅は、そちらに視線を送る。
近隣の、子供たちだろうか。その真ん中に、やはりあの日見た顔が芝生へと腰を下ろしている。やさしい歌を、けれど安らかな眠りを祈る歌を歌っている。
ふっと、微笑んでいる自分を雅羅は自覚する。
「忘れない」
そう。絶対に、忘れない。けっして忘れたり、しない。
たとえ本当はずっと過去の人間だったとしても。
あの日、あの時間。同じ時を共有したひとりの姫君と、自分たちはたしかに、『友達』であったのだから。
(了)
ごきげんよう。ゲームマスターの640です。『砂時計の紡ぐ世界で 後編』、いかがだったでしょうか?
今回は初の前後編シナリオということで、後編で皆様の満足のいく内容が書けているかちょっぴり不安だったりもするのですが、どうにか無事に物語の終幕を迎えることができました。
全体的に、姫の護衛を担当してくれる方が多く、ああ、交流しようとしてくれてるんだなぁ……とわりと嬉しかったり。
そんな感じで、姫も悔いなく生涯を終えることができたようです。
それでは、今回もありがとうございました。また、次のシナリオで会えることを祈りつつ。
640