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アイドル×ゼロサム

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《4・歌いたい。それなら、》

「ラ〜、ラ〜ラ〜ラ〜ララ〜ラ〜ラ〜」
「ああ、違うよマピカちゃん。そこはラ、ララララララ、ラだよ。最後、半音あげて」
 ノーンとマピカは、道中も歌の練習に励んでいた。
 前を進む陽太としては、どのあたりに違いがあるのかよくわからなかった。十分マピカは歌が上手いと思うのだが、ディーヴァであるノーンには細かいところが気になるらしい。
 ともあれそちらのスキルアップは任せ、自分は森林地帯を特技の捜索を生かして審査員探しをしているものの。結果はおもわしくないようだった。
「まずいですね。そろそろ出ないと間に合わなくなります」
 時計を見れば13時38分。
 陽太としては、余裕をもって取引へむかいたいのももちろんあるが。開始から40分近く経っているのに、まだ審査員をひとりも発見できていない状況もわずかに焦りを生んでいた。
 うしろの能天気なふたりに代わり、行動予測で周囲を警戒しながらここまで来たのもタイムロスに影響している。
 このままたいした力にもなれずに帰るというのは、さすがに面白くない。なので、
「しかたない。奥の手を使いましょうか」
 そう言って取り出したのは、不可思議な籠。
 事前にこの籠には『審査員』と書いた紙を入れておいた。そうすれば、時間の経過とともに捜索ヒントが書き足されている……筈なのだが。
「さあ、結果はどうですかねっ、と!?」
 勢い良く籠を開けると、そこには――

◇◇◇

 ディスティン商会に所属するミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、
「ん〜。オーディションか、スポンサーするのも悪くないかもね♪」
 という思いから、いまのうちに誰かのために先行投資しておこうと考えていた。
 とはいえ、優勝候補が誰かというのは一朝一夕に実力がわかるわけではないので、同じ百合園で縁のあるヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の応援をしようと、開始からずっとついているのだが。
「ボクが亜美おねえちゃんのちからになるですよ!」
「いや、べつにワタシはひとりでもいいからさ……」
 当のヴァーナーは西川 亜美(にしかわ・あみ)を応援するつもりのようだった。
 川辺地帯の散策についてまわってくるヴァーナーに、亜美はかるく溜め息をつきながら、
「そもそもなんでワタシなんか応援したがるのよ?」
「それは、まえにおねえちゃんがたいへんだったとき。ボクはなにもしてあげられなかったですから」
「ああ、『猿の手』の一件ね。いいのよ、あれはほとんどワタシの自業自得なんだから」
「でも」
「それに、あれからワタシも色々違った目で世界を見られるようになったしね。このオーディションに参加したのもその一環なのよ。だからワタシはひとりで――」
「わかったです! じゃあ、亜美おねえちゃんのあたらしい一歩をおうえんするです!」
「…………ああ、もう。しょうがないわね、わかったわよ」
 結局なしくずしに同行が決定し、ミルディアもそれにつづく。
 ミルディアとしては、自分も『猿の手』事件には多少なりとも関わったため、亜美に対してさほど好印象ではないものの。同じ百合園生でもあるし、件の事件で彼女が絶対悪というわけでもなかった。なので、サポートに回るか否かは保留にしておいた。
 そんななか一旦立ち止まり、あたりに視線をめぐらせる亜美。
 この一帯は、せせらぎが心を癒してくれそうな水の流れと、まんまるな小石ばかりの地面が広がっており。かなり見通しがよく、審査員がいればあっさりわかりそうだが。残念ながらそんな簡単なところにはいないようだった。
「やっぱりもうちょっと、あっちの森林地帯寄りに探してみないとね」
「あ、そうだ! 亜美おねえちゃん!」
「なに? なにか見つかった?」
「そうじゃないですけど。ちょっと歌をきかせてくださいです」
「は? なによいきなり」
「ボク、ディーヴァですから。なにかアドバイスできるかと思って」
「べつにいいわよ、そんな」
 と、そのあとも「歌ってください」「イヤ」という応酬がつづいたが。
 けっきょくはまっすぐなヴァーナーの視線に耐え切れず、渋々ながら亜美は歌い始めた。
 曲はヴァーナーもミルディアも聞き覚えのないメロディだったが。アップテンポで、聞き心地よいものだった。ときおり軽快なリズムにあわせ、笑顔で身体を震わせているところなどは、ふたりにはなんだか意外にうつった。
 やがてアカペラの歌が終わって、感想を求めるかのように亜美は視線をなげかける。
「おねえちゃんの歌スキです〜」
「そうだね。もっと静かな歌をうたうのかと思ったけど、そういう路線もよかったよ!」
 褒められ慣れてない亜美は、ぷいっとそっぽ向いて。
「ま、まあ最近はこういう歌にも挑戦してるのよ」
「あ、でも最初のほうもうすこしゆっくりめに歌った方がもっとステキになるですよ〜」
 宣言どおりの助言もしておくヴァーナーだった。

 そのあとの道中も歌のアドバイスを続けながら、しばらく進み。
 ちょうど森林地帯にさしかかろうかという境目でわずかに歌声が耳に届いてきた。
 亜美たちは顔をみあわせ、足を速めてみれば。
「あ、あれは……」
 歌唱力審査をやっているマピカの姿がやがて見えてきた。隣にはノーンの姿もある。
 ちなみに、初めて彼女らを見かけた亜美たちにはわかりようのないことだが、陽太の姿はなかった。
 あのあと狙いどおり籠からヒントが出てきたので。
 急いでここまで連れてきたところで、陽太は予定の時刻がきてしまったのだった。
「俺が手伝えることは、ここまでです。あとは自分の力を信じて頑張ってください」
 という応援を受けたマピカはいま、一心不乱に歌っている。曲は魔法少女もののアニソンのようだった。
 もともと歌は上手いほうだが、さっきの練習に加え、陽太のサポートを受けて、これはもうがんばらないと嘘だろうという熱血的な気合いのもとに、かなり情熱のこもった歌を披露していた。
「はい、ありがとうございました」
 やがて審査が終了し、はぁはぁと激しく息をするマピカ。
 3分きりの歌であそこまで疲れるとは、どれだけ激しく歌ったのだろうと思う亜美に、マピカのほうが気づいた。
 すると彼女はなぜかびっくりしたような表情になる。亜美はかるく手を振ったものの、逆にマピカは避けるようにノーンを連れて森のほうへ走っていってしまった。
 その行動に疑問符がうかぶヴァーナー。
「亜美おねえちゃん、あの人と知り合いなんですか?」
「ん。まあ、子供のころちょっとね」
「それでは、次の方どうぞ」
「はい。エントリーナンバー・14、ソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)ですわ」
 そんななか、次に並んでいたソフィアが毅然たる態度で一歩前に出る。
「がんばるでありますよ、ソフィアー」
 意気込む彼女に対し、ニヤニヤしながら応援を送るのはパートナーの大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)
 ただしその表情があらわす通り、彼にさほど真剣味はなく。目は亜美のほうにいっている。今度は剛太郎のほうが手を振って、亜美が戸惑う番だった。
「あの人とも知り合いですか?」
「ううん。さっき会場で見かけたくらいよ」
 ソフィアが歌うのは唱歌だった。
 彼女は機晶姫であるので、音の強弱、音程、声色、ほとんどのことをコンピューターで制御することができる。普通の人間からすれば反則に思われそうだが、個性が出しにくいという難点もある。
 そういった己のポテンシャルも一長一短なので、特に審査員もなにも言わずに曲を吟味している。
 やがて曲もそろそろ終わりにさしかからんとしたとき、
「あれ? あれって……」
 ふと、ミルディアが森のなかでうごく影を見つけた。
 参加者の誰かかな、と思い目をこらそうとした瞬間、
 彼女の頬をかすめて、なにか黒いものが真横を通った。
「え!?」
 ミルディアが振り返ると、
 いつの間にか亜美が剣を抜いており、地面には叩き落された黒い矢があった。なにが起きたのかは想像するまでもない。
「なに? だれですかっ!」
 ヴァーナーは矢が飛んできた方向めがけて咆哮のスキルを放つ。
 なにぶん距離がありすぎたため、潜んでいた相手には届かなかったものの。相手は驚いてそそくさと逃げていく姿がかすかに見えた。それが誰かまでは判別できなかったが。
「どうしよう、亜美おねえちゃん。追いかけたほうがいいかな?」
「ほっときなさいよ。こそこそ狙ってくるような相手なんて眼中にないわ。それにほら、順番回ってきたし」
 まったく動じていない亜美が言うとおり、すでにソフィアの歌は終わっていた。
「ああいう気丈なアミちゃんもいいでありますなぁ」
「ほら、いつまで見ているんですか。いきますわよ」
 だらしなく亜美の勇姿に見惚れる(つまり結局ずっと亜美のほうを見ていた)剛太郎をひっぱっていくソフィア。ふたりも、襲撃者のことなど気にしてないらしい。
 唯一、審査員は冷静にどこかへと連絡したのちに、
「過剰な妨害行為に及ぶものは、一刻もはやく排除します。なので皆様は安心して審査を受けてください」
 そう告げて亜美を促していた。

◇◇◇

 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、ヴァルキリーの翼で上空から審査員を探していた。ホークアイを駆使しているので、上からわかりづらい位置もしっかりとらえている。
「よし、これで必要な審査員の位置はわかった。ふたりのところに戻るかな」
 コハクはメモを手に急降下し、パートナーである小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)のもとへと降り立った。
 ふたりは森林地帯を歩きつつ、なにやら相談をしていた。
「ベアトリーチェってメガネ外したほうがかわいいよね♪ だから、審査のときには打ち合わせどおり、変身!のスキルで……あ、おかえりコハク」
「審査員の位置はぜんぶ確認してきたよ」
「よぉし、じゃあいよいよ審査だね! 安心して。ベアトリーチェなら十分オーディションに合格できるよ!」
 美羽はやる気まんまんのようだが。ベアトリーチェとしては勝手に申し込まれてやれやれという思いだった。もっとも、やるからには真剣にやらなければとも思っていた。やはり根が真面目なのだろう。
 そうしてコハクの指示のままに進んでいくと、かすかに誰かの歌声が届いてきた。
 かなり気分を高揚させるもので、一体だれがこんな歌を……と思いながら歩みを進めていき。審査員のところへ辿り着いてみれば、そこには西川亜美の姿があった。
 美羽とベアトリーチェは以前彼女と会ったことがあったが、こんな風に明るい歌を好む印象ではなかったのでかるく驚いた。
 こちらには気づかず、審査が終わってヴァーナーとミルディアにひやかされながら次の審査へ急ぐ亜美を見ながらベアトリーチェは、あの人はきっといま自分を変えようとしているんだなと、そんな風に思った。
「さっきの歌、かなりお上手でしたね」
「え? ま、そうだけどだいじょうぶ! ベアトリーチェは絶対負けないって! ほら、歌もダンスも恥ずかしがらずに思いきり! でしょ?」
「は、はい。わかってますってば」
「ベアトリーチェ。がんばって!」
 美羽とコハクからの応援を受け、ベアトリーテェは審査員の前へと歩み出る。
「えっと。エントリーナンバー・10。ベアトリーチェ・アイブリンガーです。よろしくおねがいします」
「はい。では、どうぞ歌ってみてください」
 審査員に促され、さっそく変身!のスキルを発動すると、
 ベアトリーチェの髪型はポニーテールからツインテールになり、メガネはコンタクトに、着ていた蒼空学園新制服はフリルとレースがふんだんにあしらわれ、すこし短めにされた魔法少女コスチュームへと変わった。
 普段とはまるで違うその雰囲気に、ベアトリーチェはいつもの引っ込み思案な性格がわずかに変わるような感覚になり、そのままマジカルステージ♪を開始する。
 事前に受けた指導を忘れぬままに、リリカルソング♪を熱唱していくベアトリーチェ。
 かわいくてポップな歌のほかにもダンスをまじえている。これは歌唱力のみの評価なのだが、普段より短いスカートを揺らしながらのダンスによって、自分のなかの明るさを引き出そうという美羽の作戦だった。
 さらに、コハクが光精の指輪で召喚した光精霊たちが周囲を飛び回って、スポットライトの代わりをしている。審査員への補助アピールに加えてベアトリーチェの気持ちを高めている。
 まさに三位一体として成立したその歌は、審査員を魅了するに十分であったことだろう。