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アイドル×ゼロサム

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《9・見つめる。やがて、》

「残り時間は、三十分ですか」
 このオーディションの主催者、青井社長は現在ロケバスの中にいた。
 しかしロケバスといってもその内部には、あちこちにモニターが配置されていて。どこの警察組織やスパイの車両ですかと言われそうな勢いだった。
 彼はそのモニターに映る、参加者たちの様子を観察している。
 さっきまでは直に己の目でみていたものの。色々と気がかりなことがあるので、こちらへと移動してきたのであった。
「次は、このあたりを……」
 モニターのひとつに視線を動かし、イヤホンの周波数をそちらへ切り替える。
 そこは、さっきまで自分がいた中央審査場。

◇◇

 CY@Nの前で獅子導龍牙は、
「だから俺様は、昨日その店でカツ丼じゃなく親子丼を食べたわけだ。玉子と鶏肉の絶妙な味付けがまたなんとも良くってなぁ」
 ただひたすら適当な話をしていた。
 しかしこれもれっきとしたアピール行為。
 司会の仕事が得意な彼としては、自分が目立つのでなく他者を引き立てるという行為にうってでているのである。
 誰よりも高みをめざすオーディションでそれはかなりの冒険行為ではあるが、緊張せずにのびのびと話すさまは、これはこれで好印象であるとも言えた。
 CY@Nがどのように評価したのかは彼女にしかわからないことだが、ともあれ審査は終了し次の人物が名乗りをあげてステージにあがる。
「エントリーナンバー・12。仁科響です」
 舞台袖から弥十郎の気楽な応援がかかるなかで、響は告げる。
「今日はよろしくお願いします。きっと貴方よりも貴方らしく振舞ってみませますね。でも、ボクはボクだから。『仁科響』として、貴方を演じます。よろしくね♪」
 わかる人にはわかる、その言葉。
 響が得意とする事は本を読むことであり、その本の主人公に心を同化することができる。そしてこの審査の直前に読んだ本はCY@Nのアイドル写真集。つまり……
『わたしの事、知ってくれているんだ?』
 響はCY@Nを演じはじめたのである。
『ふふふ、ありがとう、嬉しいわ』
 前言どおり、響としてCY@Nを演じていく。本人を前にしてのこのアピールは、かなり勇気がいるが。響は動じることなく、話をつづけ、かるく歌も口ずさむ。
 もちろん何から何まで同じにすることはできないが、表情、声の質感、仕草や体さばきなどなど。かなり細かいところまで同じにしているのであった。
 CY@Nもさすがにこれには面食らったようだが、嫌な気分になったわけではなくむしろ微笑ましく最後まで見届けて、審査表になにやら記入をしていった。
「次は私ですね。エントリーナンバー・19。花京院 秋羽です。どうぞよろしくおねがいします」
 響と交代でステージへと登場したのは、まだ女形の化粧をしたままの秋羽。
 彼は披露するのはもちろん、ここまで温存しておいた特技の日本舞踊。
 良い香りのする香扇子を手に、ゆるやかに、そしてしとやかに舞う秋羽の姿に。会場からは「おぉお……」という感嘆のどよめきが走る。一朝一夕に身につくものではない、洗練された動き。日舞にさほど詳しくないCY@Nにも、その上品さと優雅さは強く印象に残った。
 最後は花束を投げ、その花弁をサイコキネシスで操って空中で舞わせることによるアピールで、締めくくった。

◇◇

 ここで再び、モニターを切り替える青井社長。
 次に神経をそそぐのは、先ほど惨事のあった森林地帯の一角だった。

◇◇

 杏のトンデモボイスからうって変わって、
 今は見事なアカペラの歌が流れている。歌い手は赤城花音。

 『花言葉』

この世界の片隅で 真心の花束を紡ごう
一粒の種から愛を注いで 微笑みを咲かせたいな 
芽生えた気持ち 君に届けたいラブレター
ときめく出会いに 始めよう恋の大冒険

初恋の行方は神様も知らない 真実に躓いても
飾らない言葉の力 輝く向日葵みたいに

伝えよう花言葉の旅路 地平線を越えて響いて
あざやかに色付く大地 何時までも笑いたいよ
解り合おう…消えない願い 諦めないで 
胸に宿る暖かい想い この場所がメモリアル

風に乗る小さな声 素直な答えを聞かせてね


「ふぅ……さあ。やることはやったし。後は審査結果を待つだけだよね」
 歌い終わり、肩のちからを抜く花音。
 代わりに緊張を全身から放出しているのは、天城瑠夏。
 しかし自分がもっとも得意とする歌でヘマをしてしまっては、ここまで頑張ってきたのが水の泡になるというもの。その一心でどうにか心を繋ぎとめて、歌を紡ぎはじめる。
 歌のジャンルはバラード。
 普段言葉足らずの瑠夏だが、歌ではその心のなかを雄弁に語ることができると信じていた。
 焦らず、ゆっくりとしたペースで、自分がこのオーディションにかける思いや、パートナーへの感謝、家族との思い出などを音にのせていく。ところどころで驚きの歌を使い、意外性のアピールも加えていく。
 不安や戸惑いなども包み隠さずメロディで伝えていくその姿に、シェリーは心が温まるのをたしかに感じていた。

◇◇

 そんな感動的な熱唱のあと、
 切ない気分をぬりかえたいシェリーによるポップソングがはじまったようだが。
 青井社長は別モニターに映った、ある人物を発見し。すぐにそちらに切り替えて。
 同時に携帯電話でどこかへかけはじめた。