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アイドル×ゼロサム

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アイドル×ゼロサム

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《10・たたかう。けれど、》

 月島 悠(つきしま・ゆう)麻上 翼(まがみ・つばさ)の思いはシンプルだった。
 悠としてはこのオーディションの告知を知った直後から、アイドルへの思いが胸のうちにわきあがり。いてもたってもいられず参加を決意した。
 普段着ている制服を脱ぎ、女の子らしい私服に着替えていることからも、真剣さが伺えるというものだった。
 そして翼は悠の付き添いで、同行している。
「さあ、あとはここの演技審査だけね」
「うん。時間ギリギリだったけど間に合ってよかった。気を抜かずにいきましょう」
 悠はすでにダンス審査、歌唱力審査、学力審査を終えている。
 もともと身体動かすのが得意な悠は、女の子モードの乙女さを前面に押し出すかわいらしい動きのダンスで好評を得て。
 それにつなげる形で、好きな歌も乙女ちっくな純情ソングを選んで熱唱した。途中、さすがに少女趣味が過ぎたかな? と一瞬考えて歌詞が飛びかけるアクシデントもあったものの。どうにか最後まで歌いきることはできていた。
 学力に関しても、文武両道をモットーとしているので悪くはなかっただろうという手ごたえはあった。
 残るは、この岩場地帯で行なわれている演技審査。
 いまは大洞剛太郎のパートナー、ソフィア・クレメントによるロミオとジュリエットが熱演されている。
『ああ、ロミオ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?』
 有名なそのセリフは、ジュリエットの象徴ともいえるもの。
 彼女が嘆き悲しむさまはメジャーながら難易度は高いが。自前のコンピューターで難なく演じるソフィア。
『お父様と縁を切り、ロミオという名をお捨てになって。それが叶わないなら、私を愛すると誓ってください。そうすれば、私もキャピレットの名を捨てましょう』
 わずかな時間で審査員を感動させられるか否かは、すべて演者の技量にかかっている。
『私の敵といっても、それはあなたのお名前だけ。モンタギューの名を捨てても、あなたはあなたです。モンタギューとはなに? 手でも足でもない、腕でも足でもない、人間のからだのどの部分でもない……』
 ロミオを想うジュリエットの演技は、かなり真に迫っている。
『ロミオ、その名をお捨てになって。あなたとかかわりのないその名を捨てたかわりに、どうかこの私を受け取って』
 順番待ちをしている悠としても、すこし引き込まれるものがあったが。
「悠くん」
 隣にいる翼が、真剣な口調で囁いてきたので我にかえった。
「ん? なに、どうかしました?」
「こっちを、狙っている人がいます」
「え?」
 危うく周囲を見渡しそうになったが、それをしたら当然相手に勘付かれるのでどうにか踏みとどまる。
 そんなことをせずとも紛争地域での経験から、悠にも段々相手の位置がつかめてきた。
「妨害者ね。そういう人がいるとは聞いてたけど」
「こちらから仕掛けたほうがよさそうですよ。今にも誰か攻撃してきそうです」
 言葉を受けて、悠がこくりと頷くと。
 翼はすかさず光条兵器の『ガトリング砲』、ラスターガトリングを構え、うしろの岩陰めがけて乱射した。
「!?」
 隠れていたその人物は、まさか先手をとられるとは思わず。
 反撃もせぬまま身を翻そうとしたが、
「そうはいきません」
 悠の対物ライフルの弾丸が、まさに逃げようとした前方範囲を貫いていく。
 これは悠が得意とする、敵を釘付けにする制圧射撃だった。
 退路をふさがれたそいつは、べつの岩陰に身を隠して弓矢を構えようとするが。
「手を上げろ! 上げても撃つぞ!」
 そこへ、その人物のさらに背後から新たな人物フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)が走りこんできた。
 彼女は宣言どおり、手の上げ下げにかかわらずゴルダ投げを行使して、そいつの手を小銭で打ち、弓矢を取り落とさせる。
 あまりにタイミングがよすぎると思われそうだが、実は彼女は事前に事務所の人に話して、参加者の監視をしていたのだった。
 青井社長自らによる妨害者の通達を受けてここへ趣き、殺気感知、ホークアイ、さらに大帝の目を使いながらここいらを探し回っていたのである。
 動きをすこし止めたあとはバーストダッシュで急接近し、逮捕術でいっきに捕縛して地面に押しつける。
「いまだよ!」
「ああ、わかってるぜ!」
 だめおしとばかりにフィーアが呼び出したのはパートナーの于禁 文則(うきん・ぶんそく)
 なぜか緑の全身タイツで登場した彼女は、往生際わるく逃げようともがくそいつの臀部に無表情で渾身の蹴りを食らわせてやった。
 そいつは「ぎゃ」という叫びをあげて体を跳ねさせる。
 その拍子に、左手にはめていた人形が地面に落ちた。
 フィーアがそいつの青色のレインコートをはぎとると、そこから顔を見せたのは、
 中性的な顔立ちを、若干顔色悪くさせたリンリーだった。

 襲撃者リンリーのことはフィーアたちに任せ、悠は改めて審査に挑まんとしていた。
 すでにソフィアは審査を終えてこの場を後にしており、最後まで襲撃者のことは眼中になかったようだった。
「さあ。いきますよ」
 そして悠がいかなる演技を魅せるかというと。
 審査員が頭にりんごをのっけて立っている、という状況で大体の人はわかるだろう。
 それはウィリアムテルの有名ないちシーン。息子の頭にリンゴをのせ、それを射抜くというシーンだ。
 ただひとつ異色なのは、悠が構えているのは対物ライフルだということ。
 リアリティを追求するならさっきリンリーが落とした弓矢を使ってもよかったのだが、審査員が「使い慣れたものを使ってくれ」と懇願してきたのでこのスタイルをとっている。さきほどの銃技がなければ、そもそも息子役さえ引き受けてくれなかったかもしれない。
『私は必ず、成功させる。必ずだ』
 力強い言霊をまずひとつ、放つ悠。
 息子を危険に晒さなければいけないことや、成功するかどうかという不安、それらを表現するのはなかなかに難しい。割り切りすぎても不自然だし、緊張しすぎては的を射ることはできない。
 じっくりと時間を使って、汗を流し、構える手に意思を込める悠。
 翼がごくりとのどを鳴らした直後、ライフルも鳴った。
 銃弾は、
 リンゴの真ん中を見事撃ち抜いていた。
『やった……やったぞ!』
 もちろんその後の歓喜の芝居も忘れてはいない。
 こうしてできうる限りのすべてを使い、悠は最後の審査を終えた。

 一方、
 縛られて簀巻きにしたリンリーから、フィーアたちは話を聞いて耳を疑った。
「なんだって!? シドって人に雇われただけ?」
「あ、ああ。そうなんだヨ。アイツに脅迫されて仕方がなく参加者を襲ったんダ。だからボクだって被害者なんだヨー!」
 けっこう嘘吐きなフィーアとしては、それが嘘だとは思えなかった。
 そうなると黒幕はシドということになる。しかし、それを実証するのは難しいだろうし。本人はしらばっくれるに決まっている。
 どうにも困ったことになったなと肩をすくめるフィーア。
「な、なあ。わかったダロ? ボクは悪くないんだ、だから見逃してくれヨボゲエッ!」
 ふたたび、文則のケツキックが見事に決まった。
 もんどりうつリンリーに、文則は冷徹に告げる。
「馬鹿か。おまえ、ちゃっかり自分もオーディションを受けてたんだろ。そのうえで妨害してたってことは、シドを裏切る気満々だったってことだぜ」
「まったくだよ。誰に責任を押し付けることもできやしないんだから、これ以上無様なこと言うのはやめとくんだね。人を不幸にしてる時点でアイドルとしては失格だよ」
 助ける気など完全ゼロなふたりに、リンリーはがっくりとうなだれて。
「だったらボクは、どうすればよかったんだヨ……ボクの実力じゃ、優勝なんて無理に決まってたのに……アヤカシ丸。答えてくれヨ、ナア?」
 唯一のよりどころである唐傘お化けに問いかけるが。
 人形は当然のように、なにひとつとして語りはしなかった。

 エントリーナンバー5・リンリー、過剰な妨害行為により強制失格。

 そして、ほどなくしてオーディションの既定時間が終了を告げた。