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「な、充分にヒントはあげたでしょう? 適当に叩けば起き――」
 あとずさったミシェールの目の前を一輪の薔薇の花が掠めた。はっとして一同がそちらを見ると、仮面を着けた男装の麗人がこちらを見つめていた。
 新たな敵かと気を引き締める来栖とミシェール。
「仮面雄狩る、参る!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)扮する仮面雄狩るだった。その名の通り、男性のシンボルを刈り取って宦官にするのが本来の目的なのだが、最近は複数の宗教観が混じっていて、女性の髪の毛もターゲットになっていた。
「その髪、切り取らせていただくっ!」
 と、ミシェールのたわわな紫色の髪の毛を狙う仮面雄狩る。
「え、髪?」
 予想外の狙いにふいを突かれそうになるミシェールを、とっさに来栖が引き寄せた。相手の考えはよく分からないが、関わってはいけない人物のような気がした。
『鳳凰の拳』によるカウンターを狙う仮面雄狩る。ミシェールはどうにか髪の毛を死守するが、相手が本気らしいことを知って恐くなった。
「何なのよ、あなた!」
「我が名は雄狩る。リア充を狙う者は敵なのだ! 宦官になってしまえば、リア充爆発しろという言葉も無意味になる!」
 一瞬の隙を突いて箒に飛び乗るミシェール。すぐさま上空へ飛び立とうとするが、仮面雄狩るが恐くて上手く飛べない。
「何をしているのです、ミシェル!」
 と、来栖に怒鳴られて、ミシェールはムッとした。
「あーもう、意味分かんないっ。ちょっとしたいたずらのつもりでカップルを狙っただけなのにー!」
 危ういバランスで高度を上げていくミシェール。
 仮面雄狩るはぴたりと動きを止めると、ミシェールから視線を外した。彼女のしていることが言葉通りなら、もっと本気でリア充を憎んでいる奴らを狙った方がいいと判断したのだ。
 そうして何事もなかったかのように立ち去っていく仮面雄狩るを見送って、花琳がはっと叫ぶ。
「あー! まだモデルのお誘いしてないのに逃げられたー!!」
 邪魔さえ入らなければ、魔法を解いてもらうついでに花琳の着せ替え人形にするつもりだった。
 悔しそうにミシェールの飛んでいった方向を見つめる花琳。
 里也はすると、呆然としているヤチェルへ言った。
「どうやら、振り出しに戻ってしまったな。どうする? ヤチェル」

 先ほどからリカインの姿が見えない。
 空京を騒がせる魔女を探しに出たはずなのだが、空京稲荷狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)はパートナーのことが少し気にかかっていた。
 しかし、今は傍迷惑な魔女ミシェールとやらを捕まえるのが先だ。
『ティ=フォン』片手に、狐樹廊は相手を探して市内を走り回る……。

 清泉北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)を膝枕していた。
 他の人々同様、魔女のいたずらによって眠らされてしまったのだが、北都はそれを好機と捉えていた。
「……」
 何故なら、クナイの眠っている姿を見たことがなかったからだ。寝顔はもちろん、相手をじっくりと見る機会さえ北都にはなかった。
 さらりとクナイの前髪をかきあげて、その綺麗に整った顔を覗き見る。
 ――長い睫毛に空色の髪。平凡な僕と違って薔薇学生らしい外見。
 思わず溜め息をつきそうになりながら、今度は彼の胸に手を当ててそっと撫でてみた。一見細身のように見えるけれども、意外と筋肉がしっかりついている。
 普段は恥ずかしくて相手を触ることなど出来ない北都は、クナイの目が覚めないのを良いことに遠慮なく触りまくっていた。
 しかし、その一方で疑問が湧き出てくる。
「どうして、僕なんだろう……」
 クナイの相手ならいくらでもいるだろうに、わざわざ自分を選んだ理由が分からない。それは普段から考えてしまうことだったのだけれど、こうして見れば見るほどに自分との差を感じてしまい、北都は悩み始めてしまう。
 好きな気持ちに偽りはないけれど、自分に自信の持てない少年には永遠の謎とも呼べるものだった。

「魔女ちゃん、ナイス!」
 と、マヤーの説明を受けて師王アスカ(しおう・あすか)は叫んだ。わくわくと後ろを振り返ると、そこにはいつもと同じ蒼灯鴉(そうひ・からす)の姿。現在の状況に若干戸惑ってはいるものの、眠ってはいない。むしろ紅茶を美味しくいただいている。
「あれぇ? 鴉……寝てない」
 と、アスカは残念がった。恋人たちを狙った犯行だったため、鴉も被害を受けているはずなのだが、どうやら魔女は自分たちを見落として行ってしまったらしい。
「どにかして鴉を眠らせてもらえないかしらぁ? ねぇ、ベル」
 と、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)へ助けを求めたアスカ。
「鴉が眠ってくれたら、絵も描けるし……」
「そうねぇ……可愛いアスカの為なら一肌脱いであげちゃう♪ さっそく、その魔女とやらを探しに行きましょう」
「ありがとう、ベル!」
 女の子たちは何やら話を進めていくと、鴉を置いて屋敷を飛び出していってしまった。

 アスカとオルベールに置いていかれた鴉は、ふと大広間から廊下へと出た。
 騒々しさはなくなりつつあったが、どうも落ち着かない空気だ。
「眠ってるだけ、か……」
 魔法の解き方には思い当たる節がある。しかもカップルとなると、その線も濃いだろう。
 誰かに伝えてやろうかと、鴉は近くの客間を覗いてみる。
「……あ、どうされましたか? 何か困ったことでも――」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと良いこと教えてやろうと思って」
 中にいたのは執事の園井だった。彼もまた想い人が眠らされてしまって、不安な気持ちを抱えていた。
 ベッドに寝かされたマシュアを覗き込み、鴉はその脇にいる園井へ言う。
「あんた、こいつにキスしてみろよ」
「は?」
「この手の魔法、俺もかかったことがあってな……眠りの魔法の相場は、キスで目覚めるぞ?」
 まるで熟れたトマトのように園井は顔を赤くした。その様子を想像してしまったのか、微妙に口元がにやけている。
「そ、そんなことはできません! ましてや相手は眠っているんですよっ」
「だからキスで起こすんだろ?」
「!!」
 選択肢は二つだ。キスをするか、自然と目覚めるのを待つか。
 園井は深呼吸をすると、改めてマシュアの寝顔を見つめた。クォーターだという彼は整った顔をしており、年齢の割に少し幼い。安心しきった表情で眠っている彼を、本当にキスで起こせるのだろうか……。
「まだ……僕たちは、そんな関係ではありませんから」
 キスをして目覚めなかった時が、園井は怖かった。それはつまり、彼には他に想い人がいるという証拠。
 鴉が静かにその場を立ち去っていく。
「ま、いけると思うけどな」
 ぱたり、扉の閉まる音の後、園井はマシュアの手をそっと握った。少しひんやりしていてドキドキする。――だけど、キスをして目覚めてくれたら。
 室内が静寂に支配されているのを確認し、園井は賭けに出た。

 そっと触れるだけのキス。心臓が飛び出そうなほど高鳴って、そっと顔を離した。
 ぴくりとまぶたが動き、開かれる両目。純粋な日本人ではないことを示すエメラルドグリーンが、園井を見た。
「そ、のい、さん……?」
「おはようございます、マシュアさん」
 ほっとして、嬉しくて、園井はにっこりと微笑みを浮かべる。
 マシュアもつられて微笑みそうになり、ふと手を握られていることに気がついた。途端に恥ずかしくなってきて、お互いに視線を逸らしてしまう。
 園井が手を離そうとすると、マシュアはそれを許さなかった。ぎゅっと握り返して、上半身を起こす。
「あの、園井さん……俺っ」
 驚いて目を丸くしている彼に、キスをした。

   *  *  *

22 :べる:2021/12/27(月) 12:21:09 ID:LuS1FRiA
知り合いのリア充も眠らせて欲しいのだけれど……
良かったらお茶しない?

23 :ミシェール☆ミ:2021/12/27(月) 12:22:10 ID:M1Chel1E
あら、見落としがあったみたいね
すぐにミシェール様が駆けつけてあげるわ☆

24 :べる:2021/12/27(月) 12:23:15 ID:LuS1FRiA
じゃあ、ケーキ屋さんで待ち合わせましょう
地図とこっちの写メ、貼っておくわね

ttp://×××.××××.pa/×××.html

   *  *  *

「サー、ちょっと行きたいところがあるんですけれど」
「何かありましたか?」
「うん、ケーキおごってくれるって人がいるの……です、サー」
 携帯電話を片手に持ったミシェールは、わくわくと瞳を輝かせていた。
「しょうがないですね、いいでしょう」
「あざーっす!」