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 呼び出されたケーキ屋では、オルベールとアスカが待っていた。
「そういうわけだからぁ、彼を眠らせて欲しいのー。お願いできる?」
「ええ、いいわよ。ミシェール様にどんと任せなさい」
 ケーキセットをおごってもらったミシェールは上機嫌だった。
「しかし、その屋敷というのはすでに一度行った場所なのでは……?」
 と、口を挟むスキピオにミシェールは言う。
「いいじゃない、戻ったって。その方がおもしろいわ」
 捕まるリスクすら承知の上で、ミシェールはアスカの頼みを聞き入れるのだった。

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は窮していた。
 目賀家のお茶会へ行こうと空京へ来た途端、妹分のミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が眠ってしまったのだ。
 何者かのヒプノシスかと思って周囲を見渡せば、空中に怪しげな魔女の姿。二人の仲間を引き連れているだけに、さらに怪しい。
「待てぃ、そこの魔女! 俺の妹分に何をした!?」
 と、ミュリエルを背中におぶって、エヴァルトは魔女を追い始めた。

 裏口からこっそり入った目賀家の屋敷は、すっかり混乱も収まっていた。
 大広間でのんびりお茶をしていた鴉を見つけ、ミシェールたちは見つからないよう遠くから魔法をかけた。
 机に突っ伏した彼を見て、アスカとオルベールが静かに駆け寄っていく。
「鴉? ねぇ、鴉ってばー……眠ってる?」
「ええ、眠ってるわね」
 作戦通り、と悪い顔をする二人。
 ミシェールもくすっと笑い、屋敷を後にしようと歩き出す。
「見つけたわ、ミシェール!」
 唐突に名前を呼ばれてはっとそちらを見ると、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が後方から追いかけてくるのが見えた。
「きゃあ、見つかっちゃった☆」
 と、楽しそうな声をあげて箒に飛び乗るミシェール。
 屋敷の窓をぶち割って外へ出ると、来栖が追ってくるセレンフィリティへ『氷術』をかけた。
 とっさに避けて難を逃れるが、ミシェールたちはあっという間に空高く飛んでいってしまう。セレンフィリティはすぐに外へ出ると『小型飛空挺ヘリファルテ』を動かした。

 地上から何者かが追いかけてくる。
「おい、魔女! 俺の妹分に何をしたのか言えっ!」
 悠々と空を飛びながら、ミシェールは彼を眺めていた。
「事の次第によっては、お仕置きでは済まさん!!」
 どうやら、背中に背負っている妹分のことで怒っている様子だ。
「何よー。そんなに彼女が可愛いならキスしちゃえばいいのにー」
 と、大きな声で言い返すが、エヴァルトには大事な部分が聞こえなかった。代わりに、次の言葉は嫌でもはっきり聞こえてしまう。
「ロリコン男!」
 思わず足を止めてしまい、エヴァルトはわなわなと肩を震わせた。
「誰がロリコンでシスコンのペド野郎だぁぁぁぁ!!」
 そこまで言っていないのだが、彼にとってそれは禁句だった。言われなくても、そう聞こえてしまうのだ。
 先ほどよりも早く走り始めた彼を見て、ミシェールたちは方向転換をした。

 空京の街は混乱と、恋人たちの惚気で溢れようとしていた。
 書き込みを終えたミシェル・アーヴァントロード(みしぇる・あーう゜ぁんとろーど)は、辺りの様子を眺めている吉崎樹(よしざき・いつき)を見やった。
「すげぇな、その魔女とやら……」
「うん、そうだね」
 と、相槌を打ってミシェルはその場に倒れこんだ。
「えっ」
 まさかと思ってパートナーの顔を覗きこむ樹。
「おい、ミシェル? ……くそ、お前も眠っちゃったのかよ」
 すうすうと寝息を立てる彼をじっと見つめる。ヒントは分かっているため、すぐに起こそうと思えば出来るのだが……。
「また犠牲者が出たらまずいしな」
 と、樹は呟いて自分の上着を彼にかけてやった。その美しい寝顔を再び見つめて、ちょっとだけ苦笑する。とても可愛らしいミシェルだが、これでも実年齢は三桁をいっているのだ。
「待ってろよ、ミシェル」
 そう言い残し、樹は魔女を探しに行ってしまった。
 残されたミシェルはぱちっと両目を開けて、彼の背中を見送る。
「……え、置いてけぼり?」
 キスを期待して眠った振りをしていたのだ。しかし樹の行動は予想外で、ミシェルは複雑な気持ちになる。
「……まぁ、いいか」
 と、彼の上着に残る温もりを感じつつ、戻ってくるのを待つことにした。

 ナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)は隣から聞こえてきたいびきにびくっとした。
「クリス……?」
 クリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)はいつの間にやら眠っていた。先ほどベンチに二人して腰かけたばかりなのだが。
「寝てる、のか?」
 それにしては妙なポーズで眠っているな、と感心しそうになるナン。それもそのはず、例えるなら投げっぱなしジャーマンのようだった。
「クリスが眠ってしまいました」
 近くの木に身を隠していたレイカ・スオウ(れいか・すおう)は、隣にいるシオン・グラード(しおん・ぐらーど)へ言った。
「これでは、二人のデートが台無しです」
「うーん、確かに……」
 と、頷くシオン。
 ナンとクリス、それぞれのパートナーたちがどのようなデートをしているのか気になって、二人は尾行していた。
「そういえば、魔女がカップルを狙って魔法で眠らせているとか、いないとか……」
 と、ひらめくレイカ。
「それなら、その魔女とやらを探すしかなさそうだな」
「そうですね。やはりここは、ナンくんとも協力し合って――」
「え、それはちょっと……尾行してたなんてばれたら、どんな罰が待ってるか……」
 と、シオンは頬を引きつらせた。想像するのも恐いらしい。
「そうですか? では、二人だけで捜索しましょう」
 レイカがすんなり理解してくれたことに感謝しつつ、シオンは出来るだけ静かにその場を離れた。

 ナンはとりあえず、彼女を膝枕してやることにした。相手がいくら眠っているとはいえ、ちょっとドキドキしてしまう。
 それから、周囲の様子を見て眠っているのはクリスだけではないことに気付く。どうやら、何者かが意図的にカップルの片方を眠らせているらしい。
 ナンは『ティ=フォン』を取りだし、情報を探した。
「……アホか、こいつ」
 そして掲示板に行き着き、ヒントを得たナン。分かりやすすぎる犯人の犯行声明に呆れたが、ヒントには少し抵抗を覚えた。
『眠り姫』、それが魔法を解くヒントだ。
 ナンはクリスの寝顔を見下ろす。先ほどまではうるさかったいびきも、今は大人しくなっている。
 ぎゅっと閉じた唇を、彼女のやわらかな唇にそっと重ねる。
「……」
「……っ」
 クリスは目を覚ましたが、頬を真っ赤にしていた。
「あ、えーと……大丈夫か? クリス」
 と、恥ずかしさを誤魔化すようにナンが問いかける。
「う、うん……大丈夫、だけど」
 クリスは起き上がらなかった。
「……っていうか、起きてた」
「え?」
「……そ、その……直前、ぐらいに」
 ナンの顔が見る見るうちに赤く染まっていった。
 あまりのことに、ナンは今にも倒れてしまいそうだ。
 そんなナンの様子をうかがいつつ、クリスは身体を起こすと彼の隣へ座り直した。
「……あー、その……デートの続き、やる?」
「え、あ……! そ、そうだよな」
 とは言うものの、うぶな二人はなかなか動き出せずにいた。