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2.眠り姫

 天海北斗(あまみ・ほくと)レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)と、手をつないで歩いていた。二人の体温は全く違うが、二人で歩くだけでも楽しい。
 しかし、レオンがふと意識を失って倒れてしまった。
「レオン!?」
 慌ててそばにしゃがみこみ、彼の顔を覗きこむ。呼吸はある……眠っているだけだ。
「……ど、どうしよう」
 きょろきょろと周囲を見回した後、北斗は頑張って恋人を抱き起こした。道のど真ん中で倒れた彼を、そのままにしておくわけにはいかなかった。
 自分よりも一回り背が高く、がっしりした体格の彼をどうにかこうにかベンチまで連れて行く。
 そしてそこにレオンを寝かせた北斗は、ふと心配になった。
 これまでに何度も彼とこうして行動することはあったのだが、急に眠ってしまうのは初めてだった。
 何か悪い病気なんじゃないかと思い、レオンの脈拍を測ってみる北斗。
「特に異常は無し、か……」
 寝顔も安らかだ。
 どうしたらいいか考えあぐねていると、とある噂が耳に入ってきた。
「ミシェールとかいう魔女が、カップルを眠らせて回ってるらしいぜ」
「で、そのヒントが――」
『眠り姫』――?
 はっとする北斗。せっかくのレオンとのデートが知りもしない魔女によって台無しにされたと知り、落ち込んだ。
「でも……眠り姫、か」
 考え直し、北斗はレオンの顔をじっと見つめる。
 おそるおそる顔を近づけて、北斗はレオンの唇にキスをした。
「レオン、起きた?」
「……」
 覗き込んでいる見慣れた顔に、少しびくっとするレオン。
「お、おお……北斗か。あれ、オレ……?」
 と、首を傾げるレオン。
「さっきまで眠ってたんだよ。もしかして、何か夢でも見てた?」
「あー……」
 レオンは起き上がると、さきほどまで見ていたはずの光景を思い出そうとした。何だかとても温かくて、心地の良い夢だったような……。
「ああ、そうだ。北斗の夢、見てたんだった」
 と、いつものように笑顔を浮かべるレオン。
 北斗は目を丸くすると、その内容について尋ねようと隣へ座った。
「それって、どんな夢?」
「ん、詳しくは覚えてねぇよ。悪い夢ではなかったけどな」
 と、はぐらかす彼に北斗は不満そうな様子を見せる。そんな恋人が何だかおかしくて、レオンはその手を再び取って、立ち上がった。
「デートの続き、しようぜ」

 正月に向けて食材や飾りなどの買い出しに来ていた。
「少し買いすぎたかな?」
 と、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は両手に持った荷物を見て言った。
 妻のミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)も同じく視線を降ろして、くすっと笑う。
「そうですわね……重くありませんか?」
「うーん、少し公園で一休みしてから帰ろうか」
 と、涼介。
 二人は公園のベンチに腰を下ろした。荷物を置いた涼介は、近くに見えるスタンドで温かいコーヒーを二つ買って戻ってくる。
 のんびりした午後だった。
 冷えた指先をコーヒーで温めつつ、喉を潤して足を休める。
「こうやって、空京でゆっくりするのって初めてですよね」
「ええ、あまりこちらには来ませんものね」
「そうそう。だから、どうしてもこういった季節行事のものって買えなかったりするんですよね」
 と、脇に置いた荷物をちらりと見る。
 正月は楽しく過ごせそうだと涼介が思った時、肩に若干の重みを感じた。
「ミリアさん?」
 見ると、彼女はすうすうと寝息を立てていた。どうやら眠ってしまったらしい。
「寝ちゃいましたか。ここの所忙しかったので、仕方ないかな……?」
 と、呟きつつ、辺りにも似たようなカップルがいることに気付く。どうやら、魔法をかけた者がいるらしい。
 涼介はなるべく身体を動かさないよう気をつけて、『ティ=フォン』による情報収集を始めた。といっても、数分もしないうちにヒントを見つけてしまったが。
「……」
 寝顔を見ているのも悪くはないが、このままだと風邪を引いてしまう。涼介はそっとミリアへキスをした。
「おはようございます、ミリアさん」
「あ、あら……?」
 すぐに目を覚ましたミリアだが、いまいち状況が理解できていない様子だ。
 涼介はくすっと笑い、妻へ言った。
「こんなところで寝てたら、風邪引いちゃいますよ」
「……私ったら、そんな――」
 と、言いかけたミリアの口を再びキスで封じる涼介。誰が見ていたって構わない、休日を満喫するひととき。
「さあ、暗くなる前に帰りましょう。ミリアさん」

 騒然としたお茶会の席で、大岡永谷(おおおか・とと)は小暮の姿を探していた。
 これほどの異常事態であれば、犯人逮捕に乗り出していてもおかしくないと思ったのだ。
 しかし、その彼が見つからない。
 大広間からどんどん人が移動していき、視界もその分だけ開けていくのだが……。
「まさか、小暮も被害に?」
 その可能性に気付いた永谷は、もう一度広間内を確認してから廊下へ出た。

 リア・レオニス(りあ・れおにす)は突然眠ってしまったアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)を見つめ、心配そうな表情をしていた。
「魔女の魔法だなんて……」
 挨拶程度に顔をのぞかせたはずが、妙な事態に巻き込まれてしまった。視察の途中で立ち寄っただけなのに。
 ベッドへ寝かせたアイシャの顔がよく見えるように、と髪をそっと退かすリア。
 悪いことにはならなさそうだが、リアの心は落ち着かなかった。
 彼のパートナーであるレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)は、情報を得るために廊下へ出ていた。
 大広間の方からマヤーの声が聞こえてくる。
「もう他にはいないかにゃ? とりあえず外に出るのは危険だから、しばらくここで待っていて欲しいにゃ」
 主催者のパートナーだけあって、とてもしっかりしている。しかしマヤーもまた、被害者であることに変わりはない。
 レムテネルが大広間へ入ると、振り向いたマヤーと目が合った。
「少し話を聞かせてもらえますか?」
「にゃん、マヤーに出来ることなら協力するにゃ!」
 と、近づいてくるマヤーにレムテネルは尋ねた。
「魔女のことについてです。外見やその時の状況など、教えてもらえませんか?」
「にゃー……とりあえず、身長はトレルより小さいにゃ。でも胸がでかくてナイスバディだったにゃー」
 と、数十分前のことを思い出す。髪の毛は紫色で、顔はそこそこ可愛かったが性格は悪そうだったと語るマヤー。
「まぁ、こんなことしてる時点で性格悪いのは決まってるにゃー」
「そうですね。後はこちらに任せて、マヤーさんは休んでいてください」
 そう言ってレムテネルは彼女を廊下へ促すと、見送りながら小型HCを取り出した。手に入れた詳細な情報を、魔女を追っている人たちへ伝えるのだ。

 マヤーがトレルの自室へ戻る途中、話を聞きつけた佐々木八雲(ささき・やくも)佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)に出会った。
「と、トレルが倒れたって?」
「にゃん……眠ってるだけみたいだから、そんなに心配はないと思うにゃ」
 と、二人を連れて彼女の眠る部屋へ向かう。
 八雲は「黒川翼」、弥十郎は「黒川大(ひろし)」という名を名乗って、目賀家の厨房に潜り込んでいた。そのためか、二人ともいつもとは少し違う雰囲気だ。
 部屋へ入ると、トレルがベッドの上ですうすうと寝息を立てていた。
 すぐさま彼女のそばへ向かう八雲。
 トレルの表情が安らかであるのを見てとると、八雲はほっと胸をなでおろした。
「本当に眠っているだけみたいだね、兄さん」
「ああ」
 八雲の視線に複雑な気持ちを抱きつつ、マヤーはその辺をうろうろし始める。どうすれば目覚めるのか考えてみるが、何となく思い当たるそれを口にするのが億劫だった。
 それならば、とふとひらめいてマヤーは携帯電話を取り出した。

 紫月唯斗(しづき・ゆいと)はマヤーからの連絡を受け、空京が今陥っている事態についてざっと調べてみた。
「眠り姫、ねぇ……」
 それはミシェール・イズファという名の魔女が引き起こした、傍迷惑ないたずらだった。しかも魔法を解くヒントが実に分かりやすい。
 唯斗はさっさと目賀家へ向かうことにした。