天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

新たな年を迎えて

リアクション公開中!

新たな年を迎えて

リアクション

「よし」
 ぽすっと、鬼羅が兄の頭に手を置いた。
「オレが可愛いオネイサンとの遊び方を教えてやる」
「あ……っ」
 それからぐっと腕を掴んで、有無を言わさず引っ張り出す。
「とりあえず、スカート捲りから始めようか!」
 鬼羅のその発言は、周りをぎょっとさせたが。
「そんなの……おしえてもらわなくてもできる。とくいだし!」
 兄のその言葉にもびっくり。
「こうするんだ〜っ」
「え、ええっ!?」
 突然、兄は歩に接近、スカートの裾に手をかけて、ぶわっとまくり上げる。
「きゃっ、なにするの!」
 歩はびっくりしながらも、スカートを押さえて阻止。
「……やっぱりこんとらくたーははんのうそくどがちがう! ずるい」
「いやいや、契約者相手でも、やりようによっては、勝ち目はある! お前なら出来る! さあ、キレイなお姉さんの園へ向かうぞ〜!!」
 がしっと、鬼羅は兄と握手を交わして、パーティが行われているテーブルの方へと連れていく。
「ま、まってー。みんな、気を付けて〜」
 困りながら追いかける歩。
「いや、子供のいたずらなら仕方ないだろ、子供のいたずらだからな!」
 聡はやけに嬉しそうに、鬼羅達を迎え入れる。
「聡……お前というやつは。でもまあ、止めるのはこっちだけでいいか」
「あ、まて。オレにはそのガキを、オレのように真っ当にする使命がッ」
「お前のどこが真っ当だ」
 静麻は頭を抱えつつも、鬼羅のことだけを押さえる。
「おねーさん、オレもパーティしたいー」
「もちろん、喜んで……えっ!」
「あっ」
「きゃっ」
 飛び込んでいった兄は、小さな体で風の様に間を走り回って、少女達のスカートをめくり上げていく。
「新年、あけましておめでとーーー!」
 聡はふわりとめくり上がるスカートと少女達の姿を堪能しながら、大声を上げている。
「こらーっ」
「まちなさいっ」
 ティリアや歩、白百合団員たちが兄を追い掛け回すが、素早く椅子の下、テーブルの下に入り込んで移動していくため、なかなか捕まえることが出来ない。
「えっと、がんばれー」
 初めのうちは唖然としていた子供達から笑い声や応援する声が溢れてきて。
 いつの間にか、笑顔が広がっていた。
「……あの子にはあげる必要なさそうね。あなたはどうする?」
「……もらう」
 ブリジットの問いに、涙をぬぐいながら弟はそう答えた。
「それじゃ、お兄ちゃんの分もあなたにあげるわ。でも、食べる前にはちゃんと手を洗わないとダメよ」
「うん……」
 弟はこくんと首を縦に振った。
「私からはこれを」
 ルカルカは、持つ者に勇気と力を与えてくれるといわれている『紅蓮の鉱石』を弟に渡した。
「私のおまもり。力が湧いてくるのよ」
 パパとママの分まで、絶対、幸せになってほしいと思いながら、ルカルカは赤い鉱石を弟に握らせた。
「……ありが、とう」
 弟は赤い輝きを放つ鉱石を不思議そうに見て、ルカルカにお礼を言った。
 ちょっと気まずそうだったけれど、ちゃんとルカルカの顔に目を向けて。
「それじゃ、てをあらいにいきましゅ!」
「いこー」
 ソア、みこと、ミーナ、そして輪廻や美羽、凛達も。
 子供化した契約者達は、弟を囲んで一緒に手を洗いに洗面所へと向かった。
「いってらっしゃい」
 ルカルカは淡く微笑んで、子供達を見守る。
 殴られた体にも、心にも。まだ痛みは残っている。
 だけれど、全て胸に刻んでおき、必要な時に思いだせばいい。忘れてはいけない、人々の想いを。

 ユニコルノはアレナと手を繋ぎながら、兄弟と皆の顛末を見守っていた。
「誰しも自分に都合の良い真実を求めてしまうもの。受け入れるには苦しい現実も多いから」
 前に聞いたパートナーの言葉を思い出しながら、ぽつりとそう言った。
「今のわたしには、むずかしくてよくわからない。だけど、間違っていても、誰かを悪者にしないと、辛くて悲しくてたまらない時はきっとある……」
「だれもわるくない、のに……かなしい、ですね」
 小さな声で言い、頷いてアレナはユニコルノと兄を見続ける。
 すこしして、弟は皆と一緒に戻ってきて。
 兄は瑠奈に捕まった。
「あの子たち、あんまり怒られないといいね」
「はい」
 アレナはまた頷いて、ユニコルノと微笑を浮かべ合った。

 瑠奈につかまった兄は、院長に引き渡されて、お尻ぺんぺんされた後。
 子供化した契約者達に預けられて、一緒にお昼寝をすることになった。
 兄弟が持っていた武器は、彼らがもう少し大人になるまで、院長が預かるそうだ。
 すずらんに来る前の兄はとても活発で、明るい男の子だったらしい。
 遊び疲れて眠っている彼の顔は、穏やかだった……。
「お守り、世界がちょっとだけ変わるの」
 輪廻は彼の顔を見ながら、少し迷いつつも、眼鏡を彼の畳んである上衣のポケットに入れた。
「おやすみ」
「また、あそぼうね」
 そして彼の顔を見守りつつ、子供化した契約者達も安らかな眠りに落ちていった。

○     ○     ○


 各校の要人を見送り、子供達と一緒にパーティの後片付けをして。
 お昼寝する子供を寝かしつけた後で。
 パーティを主催した白百合団員達も帰路についた。
「ちょっといいですか?」
 百合園に向かう風見瑠奈を、樹月 刀真(きづき・とうま)が呼び止めた。
「はい……。私だけ?」
「ええ、君と話したいことがあります」
 なんだろうと思いながらも、瑠奈は皆に先に帰っててと言って、刀真と一緒に別のルートで百合園に向かうことに。
「白百合団の選挙も、行われるそうですね」
 刀真の言葉に、瑠奈は「ええ」と首を縦に振る。
「噂は色々と聞いています。そして、今日の白百合団の皆の姿を見て、確信しました」
 刀真は瑠奈に真剣に語りかける。
「俺は備えとは最悪の事態を想定して行うものだと考えています。そして、その備えを無駄にするために努力をする……それからするとティリアの百合園の自衛力を高めるため国軍との連携強化やイコンの配備は最悪の事態の備えとして必要だと思います」
「……はい」
「ただ、その取り組みがもたらす変化は、本来の伝統を重んじる百合園生が感じている不安や戸惑いを増長させる可能性が高い」
 瑠奈は黙って刀真の言葉を聞きながら、前を――街の人々を見ていた。
「そして、白百合会の会長がアナスタシアになった事でこれからの百合園は劇的に変化していくでしょう。その中で、今までの伝統やそれを誇りに思う百合園生達を護りたいと望むのなら……」
 刀真は鋭い赤い眼で、瑠奈をまっすぐに見つめた。
「瑠奈、君は白百合団の団長として立つべきです」
 彼の言葉に、瑠奈はぴくりと反応を示し。そして俯いた。
 風見瑠奈は、守旧派だ。前会長の伊藤春佳や、現団長の桜谷鈴子をとても敬愛している。前生徒会役員たちのことも信頼しており、仲も良かった。
 パラミタにありながら、日本の伝統を重んじる百合園女学院が大好きだ。
 だけれど、生徒会役員には、彼女と親しい人物は1人も残らなかった。
 エリュシオン出身の、新たな会長の下、百合園は変わろうとしている。
 残念、だけれど。それならそれでいいと瑠奈は思った。
 守旧派の人だけが好きなわけではないから。
 百合園生を守りたい、友人を守りたいという気持ちになんら変化はない。
「俺は、君が友だけではなく、友のいるこの地を守るために、危険な場所の指揮に自ら志願し、守り続けたことを知っています」
 かつて、刀真とは同じ立場の指揮者として、別の隊を率いたことがあった。
 その時、ティリアは刀真の指揮下にいた。だが後に、刀真が気にかけたのはティリアより瑠奈の方だった。
 しっかりとした意思を持ち、強く厳しく戦い、守るティリア。
 時に震えながら、恐怖を押し殺して。大切な人の為に前線に立つ、瑠奈。
「ティリアの取り組みは団長じゃなければ出来ないことではありません。寧ろ、別の立場の方が理解が得られるでしょう。俺は君が団長を務めるだけの実力と誇り、心の強さと優しさを持っていると思っていますよ」
 誰が団長になろうとも白百合団は物理的に守旧派の百合園生をも守り続けるだろう。
 だけれど、白百合会役員が変わった今、彼女達の心の拠り所となれるのは、そして先輩達が築いてきた、百合園の伝統を守る存在として、象徴になれるのは――。
 百合園生徒会のもう一人のトップとして相応しい存在は、ティリアよりも瑠奈だと刀真は理解していた。
「でも……自信がない。自信がないの。前線に立って、皆を守ることも、皆と一緒に守ることも、勇気をもって皆と一緒に立ち向かえば出来ないことじゃない。だけど、皆の上に立つということは、私の考えと指示で、誰かを傷つけてしまう可能性があるということ。信頼し合っている仲間なら、恐れることはないのかもしれないけれど、生徒の皆の意思が……百合園の未来が解らなくて……怖いの」
 瑠奈の瞳は不安で揺れていた。
「不安はあるでしょう、当然だと思います……俺も離宮探索では、大丈夫だろうか? といつも不安を抱えていました」
 刀真は瑠奈をまっすぐ見続けて、言葉を続けていく。
「君を含め、周りの助けがあったからこそ、成し遂げられたんです。君も先輩である桜谷鈴子さんや錦織百合子さん、ティリアを始めとした白百合団の仲間達と共に進めば、大丈夫ですよ」
 少しだけ、表情を和らげて刀真は瑠奈に言う。
「勿論、俺も可能な限り、君の力になります。俺も君の事は好きですから」
 瑠奈は少し赤くなって、刀真から目を逸らして。
 百合園へ足を進めながら、しばらく考え込んだ。
 そして。
「……あなたが白百合団員だったら。傍で助けてくれるのなら、いい返事が出来たと思うけれど」
 瑠奈は刀真に切なげな笑みを見せた。
「少し出しゃばりすぎましたね」
 彼の言葉に、くすりと瑠奈は笑うと。
「考えてみます。ありがとうございます」
 頭を下げて、一人で考えたいからと刀真とそこで別れる。
 そして、瑠奈は一人で百合園へと歩き出した。