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第1章 新年を迎えて

 2022年の1月。
 始業式、新学期まであともう少しのある日。
 百合園女学院生徒会執行部、通称『白百合団』に所属する女生徒達は、児童養護施設『すずらん』に、新年の挨拶に向かった。
 すずらんには、白百合団員だけではなく、他校の要人達も顔を出すとのことだ。
 白百合団に所属していない百合園生でも、向う者もいるはずだ。
 今、すずらんに残っているのは、戦争で両親を亡くした子供達ばかり。
 寂しい思いをしている子供達に、楽しい時間を贈ることが出来ているだろうかと思いながら。
 白百合団の団長、桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)と副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、学校に残って、話し合いをしていた。
「新年明けましておめでとうございます!」
 職員も生徒もほとんどいない百合園女学院に、幼く見える可愛らしい少女が顔を出した。
「明けましておめでとう」
 対応に出たのは、優子だ。
「ラズィーヤさんはご不在と聞きましたが、優子さんにお会いできまして幸いです」
 そう、輝く笑みを見せたのはノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)レン・オズワルド(れん・おずわるど)のパートナーだ。
「昨年は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします」
 ぺこりとノアが頭を下げるのと同時に、優子も頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
 顔を上げて微笑み合った後、ノアは校門へと向かう百合園生をちらりと見た。
「先ほどすれ違った生徒さんたちが『選挙』がどうだとか話していました。白百合団でも選挙が行われるんですね」
「そうだな。生徒会の選挙と違って、団の方は信任投票だ。人気だけでは任せられないからな」
 なるほどと言いながら、ノアは百合園の制服姿で帰宅していく少女達に目を向けた。彼女達はとても無防備に見える。
 白百合団には、彼女達を守りきるための強さが必要だ。
「今の大陸情勢を考えると強い力は求められますが、本来の学生の領分から考えると学生がそこまでの力を求める必要があるのか、何の為に百合園女学院に進学したのかって根本的な部分とも向き合わなければいけませんよね」
 誰も戦う為にこの学校に入ったわけじゃない。でも戦う道を選ばざるを得ない時がある。誰が悪いわけじゃないけれど、その道を他の誰かに進んで歩んで貰いたいと思うわけがない。
 そんな風に言葉を続けていく。
「……なんか、レンに似てきたな、キミも」
 くすりと笑みを浮かべた優子に、ノアもまた笑みを見せる。
「はい。私とレンさんは空京大学の所属なので選挙に対して口出しは出来ませんが、何かあった際には必ず協力します。勿論、それは私達だけじゃなく他の学校の皆も同じだと思います」
「ありがとう。白百合団は対外的な仕事が中心だ。他の勢力、学校との強調も今後も重視いけたらと思っている」
 ノアはこくりと頷いてこう言う。
「大丈夫。百合園女学院の強さは目に見えるものだけじゃない。これまでの事件や冒険を通じて培ってきた人脈も百合園の強さでもあると思いますから」
「その強さを活かせる者達に、任せるつもりだ」
「はい。……それでは、失礼します」
 ノアは再びぺこりと頭を下げると、優子に見送られながら百合園女学院を後にする。
「明けましておめでとうございます!」
「おめでとうございます」
 すれ違う百合園生にも、新年の挨拶をしながらノアは歩いていく。
 百合園は契約者以外のお嬢様も沢山所属している。護るべき存在が多い学校だ。

「あたし、春から短大生なんですけど、白百合団に所属できますか?」
 マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)はこのパラミタの百合園女学院が好きだった。だから、白百合団の選挙が行われると聞き、自分も何か手伝えないかと、生徒会室を訪れていた。
 マリカは色々な意味での“強い人物”への憧れがある。学院に貢献しながら強い人物を間近に見る機会が得られるであろう白百合団に所属する事は一石二鳥……もとい、自分の良い修行になると考えた。
「百合園女学院の生徒でしたら、どなたでも所属できますわ。短大生でも、春から新設される専攻科の生徒でも」
 鈴子はそう答えて、マリカを暖かく迎え入れた。
「では、最初の仕事として、選挙のお手伝いをさせてください。白百合会の選挙では選挙管理を行わせていただきました。その経験を活かして、お手伝いできたらと思います」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「あ、選挙の方は、棄権させていただきます」
 選挙を執行するものとして、中立であるため棄権するとマリカは鈴子に言った。
「立派な姿勢ですわ。白百合団の方の選挙は、白百合会の方の選挙とは違いまして、信任投票となります」
 白百合団の役員、昇格は、任命制だ。
 投票数は勿論のこと、生徒達の意見も重視される。
「投票を棄権されるかどうかは、ご意思で決めていただいて構いませんが、マリカさんもご意見をお持ちでしたら、聞かせてほしいですわ」
「わかりました。あたしの意見は……」
 マリカは鈴子に、気持ちを語りだす。
 今まで、白百合団で精力的に活動していた人達とあまり関わりがなかったこと。
 だから、噂で聞いた範囲での意見になることも、きちんと話して。
 候補者一人一人に対しての、自分の気持ちを伝えたのだった。

「失礼します」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、白百合団に……いや、ミルミ・ルリマーレンについていって、『すずらん』でわきゃわきゃ楽しむつもりだったけれど。
 その前に、と。信任投票の投票用紙を持って百合園に寄った。
 そして、投票箱に用紙を入れようとした時。
「何か意見はありますか?」
「言いたいことがありそうな顔をしてるぞ」
 現在の白百合団のトップである鈴子と優子にそう問われると、箱に入れる前に用紙を広げて2人に見せた。
「革新派なんでしょうか、私。個人的には無派閥捩れの位置な積りなんですが」
 少なくても、用紙に書かれていたアルコリアの意見は守旧派とは言えない意見だった。
 ティリアの方針を妥当な意見だと考えている。
「私が千人力働いて百合園の武力面が補えるなら難しく考えなくて良いんですが。東西分かれて戦ったときの様なのはごめんですよ」
 戦う意思のある者が前に出るのは構わないが。
 争いを好まないような人まで前に否応なく出なきゃならないのは違うと思う。
 ならば、そういう状況を強いてきた当時の西シャンバラの人々を恨むのかといえば、それも違う。
「武闘派の方や、私のような戦闘狂でも無い者が、それぞれ自衛できる力を持てればと願います」
「概ね同感だ」
 答えたのは優子だった。
「戦争をしない為に、一切の武器を持たないという考えと。戦争をしない為に、巨大な力を持ち攻め込ませない、という考えがある。だが、一切の武器を持たず、無抵抗であっても攻められる世界ならば、選択肢は後者しかない。前者の考えは尊いが、後者が守らねばその思いは命を断たれることで世界から消えてしまう」
 白百合団は、守るために力を持つと生徒達自身が決めて作り出した組織だ。
 時代の変化に合わせた、防衛力を求めることは必要なのだ。
 と、優子はアルコリアの前で語った。
「戦いなんて螺子のずれた人たちがギャーギャーやればいんですよ。……それで、闘いたくない人達が闘わない選択を選べるなら良いと思います」
「でも」
 アルコリアの言葉に、今度は鈴子が言葉を発する。
「その螺子がずれた人、あなたやここの神楽崎優子さんも、百合園の生徒なのです。白百合団の守るべき存在です。あなたが千人力の力を持って、敵の罠にはまり操られてしまったら。白百合団員は10人力の力を持つ団員100人であなたを助けに行きます。生徒を助けられる力が必要なのです。例えば無茶な行動をした本人が犠牲になっても良いと思っていても、学友達はそうではありません。優子については言うまでもなく。あなたも……ミルミの大切な人ですから」
 だから、白百合団は強くあらなければならない。
 それは確かなことなのだと、鈴子は言う。
「ただ、その強さは、自衛、防衛力だけではないと、私は思います。……ご意見、参考にさせていただきますわ」
 そう微笑んで、鈴子はアルコリアをミルミの待つ『すずらん』へと送り出した。

「紅茶、淹れてきたわ。どうぞ」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、トレーにティーカップを乗せて生徒会室に現れる。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
 ソファに向かい合って座っている鈴子と優子の前、それから優子の隣にも並べて。
 茶菓子を中央に置いた後で、優子の隣に腰かける。
 亜璃珠は特殊班員ではあったが、役員立候補は考えなかった。
「これから団を率いる者に必要なのは、皆を守るために何が出来るかを、皆と協力して考えられる力だと思う。今まではトップが強かったからよかったけど、ね」
 そう亜璃珠が微笑みかけると、鈴子と優子も微笑みを見せた。
「これからはまず意識を高める、それが大事なんじゃない」
 本来、白百合団は救護を主とした組織で、構成員もそれに準じているはず。
 元々、百合園女学院は生徒の自主性を重んじる学校で、『戦う』という選択肢があるのも、自分達で出来ることを探したからだったと思う。
 守る力が欲しいという思いに対して、イコンなり何なりの選択肢を用意するのは大いに結構。
「結局のところ、必要に駆られれば綺麗ごとでは済まさないもの」
 亜璃珠のそんな考えに優子が「そうだな」と相槌を打つ。
「ただし、本来百合園の生徒とはどういったものかも考えないといけない、とも思う。そうでなければ、逆に力のない大多数の生徒を危険にさらすだけとも……」
 過去の出来事を思い浮かべながら、亜璃珠は語った。
 ティーカップに手を伸ばして、紅茶を飲んだ後。
 そっとカップを戻し。
 鈴子と優子を見て亜璃珠は問う。
「二人はどう思う?」
「亜璃珠は百合園の事をよく考えてくれているんだな」
 くすりと笑みを浮かべた後で、優子は亜璃珠の問いにこう答えた。
「私は、白百合団がこうあるべきだ、白百合団をこうしたい、という考えは、今は持っていない。一般の百合園生と思考が随分違うみたいだし、皆に無理をさせてしまいがちだからな。団を卒業しても、個人として百合園を守り続けたいとは、思っているけどね」
「白百合団の為に……あなたが最後に出来ることが、役員の選任でしょ?」
 亜璃珠の言葉に、優子はただ頷いた。
 そして鈴子の方に目を向ける。
「白百合団はあらゆることから百合園生を守るために、様々な力を磨く必要がありますわ。それ以前に、大前提として『守りたい』という気持ちがなければ、白百合団員になる意味がありません。そして『守りたい』と思う学院と生徒達でなければ、白百合団に力は備わりません。その学院を作ることは、団の方ではなく、主に白百合会の方の役目ですわね」
「結局のところ、百合園の生徒を守りたいという強い意思を持っていて、生徒達の支持を得られるものが、白百合団を率いるのにふさわしい存在ということだ。亜璃珠の言う話し合う能力も勿論必要だが、白百合団はその性質上縦社会だ。会議室で現場の指揮は取れない。事件発覚と同時に、機敏で的確な判断が必要になる。だから役員を決断力、実行力のない者の集まりには出来ない。そのあたりにも注意して選任するつもりだよ」
 鈴子と優子は亜璃珠にそう話した。
 それから、上級生の3人は茶菓子を食べながら、雑談をして皆の帰りを待つのだった。