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第2章 『すずらん』でご挨拶

 ヴァイシャリーの住宅街にある、児童養護施設『すずらん』は、都会の幼稚園ほどの広さがある施設だった。
 白百合団に所属する百合園生は、少し早く施設に顔を出して、パーティの準備を進めていた。
 子供達は遊んだり、手伝いをしながらパーティの開始を待っていた。
 夕方近くになると、百合園の生徒達や他校の要人達も、土産を持って施設に訪れはじめる。
「明けましておめでとうございます」
「今年もどうぞ、よろしくお願いいたします」
 白百合団の副団長代理であるティリア・イリアーノと、特殊班班長の風見 瑠奈(かざみ るな)が、要人達を出迎える。
 2人はそれぞれ、紫色の大人っぽいドレスと、薄紅色の可愛らしい振袖を纏っていた。
「あけましておめでとうございます」
 その後ろから、役員候補である3人の百合園生……班長のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)と、秋月 葵(あきづき・あおい)。それから、特殊班員のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が柔らかく深くお辞儀をして、迎え入れていく。
 ロザリンドは綺麗な振袖姿。葵は青いドレス。レキは薄桃色の和服を纏っていた。
 レキは挨拶を終えると、パーティの準備の為に厨房に戻っていく。
「パーティ会場はこちらです」
 葵は礼儀正しく挨拶をした後、会場の方に皆を導く。
 要人といっても、葵自身もロイヤルガードなため、良く知っている人物や顔見知りばかりだった。

「百合園女学院でも、去年生徒会選挙が行われまして、新たな体制が築かれました」
「白百合団の方も、新体制に移行するようね? 教導団としても注目しているのよ」
「百合園女学院の生徒会は2つに分かれてるのデスネー。興味深いデース」
 ティリアは、教導団の李 梅琳(り・めいりん)大尉、葦原明倫館のティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)と新年の挨拶に続き、互いの学校のことについて話をしていた。
「可愛らしい和服ですわね。振袖といいましたかしら?」
「ええ、振袖です。主に未婚の女性が着る和服です。この振袖は特に気に入ってるんです〜」
「髪型も可愛い、結い方教えてもらえるかな?」
「喜んで。お2人にも似合うと思います。機会がありましたら、私の和服お貸しいたしますね」
 瑠奈は空京大学の代表ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)、イルミンスールの代表アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)と親交を深めていた。
 そして。
「前校長の御神楽様のお加減は如何ですか?」
 ロザリンドは、蒼空学園の代表テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)に問いかける。
「今ではすっかり元気になり、蒼空学園を離れて、鉄道王を目指しているわ」
 それからエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)とは新校長の話を。
「ルドルフ様は新校長として手腕を見せながら、美しさも忘れずにいるようでして」
「彼は勤勉家である上に自分を驕らないからね。そう言ってもらえると、ルドルフも喜ぶと思うよ」
 天御柱学院の山葉 聡(やまは・さとし)にはこんな風に。
「天御柱学院の皆様は新体制として組織改編でしたでしょうか?」
「ああ。それについての詳しい説明は、冬休み明けになるって言われたけどな」
 3人共、穏やかな笑みをロザリンドに見せる。
 そうして、白百合団上級生達は礼節を大切に、他校の要人と親交を深めながらパーティの開始を待った。

○     ○     ○


「おおっ、ラジコンオレにもやらせろ〜♪ ……って、違う、違うだろ、オレ!」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は頭を抱えていた。
 彼女は先日、白百合団の所属希望申請を出して、白百合団員となった。
 そして、この新年の挨拶とパーティの話を聞き、手伝いに訪れたはずだ。はずだったが。
「えぇと……どこかで何かを飲んで、気づいたらこう……」
 いつの間にか、身体が縮んで子供になってしまっているのだ。
「ああなんか、食べ物の匂いに普段よりつられる……考えもまとまらねぇし、頭と心も完全に子供化してるぜ、これは……」
 もういい、深くは考えず、遊んでしまおう! そう思ってしまう。
「でもこれは、白百合団に入っての初めての仕事みたいなもんだし……えぇと、この姿でできること……こと……」
 手伝いに行っても子ども扱いされるだろう。料理もまともに運べない。
「あ、クッキー作ってるみたいだな。子供達に紛れていけば、大丈夫か?」
 手伝いながら、それとなく犯人探しでもしようかと、そう思いながらシリウスは厨房の方へと向かう。

「もういい? もうかたちつくっていい?」
「うーん、もう少しね。もうちょっとだけ待ってね」
 ルプス・アウレリア(るぷす・あうれりあ)は、子供達と一緒に、クッキーを作っていた。
 冷蔵庫で寝かしたり、焼いたりしている間、子供達は待ちきれないらしく、そわそわうろうろとしており、数分毎にルプスの服の裾を引っ張ってくる。
(ああ、ルアがいてくれたら)
 同じ緋桜 ケイ(ひおう・けい)をパートナーに持つルア・イルプラッセル(るあ・いるぷらっせる)とは、普段一緒に行動をしているのだけれど、今日は別の用事が出来てしまい、ここに来ることは出来なかったのだ。
 ルプスは負けず嫌いで、強気な少女ではあるが、実は結構人見知りが激しく。
 子供達とどう接したらいいのか、わからずに困っていた。
(でも、ルアがいたら、きっとつまみ食いとかして、邪魔してそうよね)
 ふうとため息をついて、ルプスは腕時計を見る。
「そろそろ良さそうよ」
 ルプスがそう言うと、厨房にいた子供達が一斉に冷蔵庫に集まる。
「わーい」
「あたし、おにんぎょうさんのかたがいいっ!」
「オレは、イコン型〜♪」
 生地を取り出して、伸ばして。
 気に入った型をつかって、子供達は形を作っていく。
 その中に、シリウスも混ざっていた。すっかり子供化している。
「人形タイプはね、首のあたりが難しいのよね。薄くならないように注意してね」
 ルプスは口調がきつくならないように注意しながら、子供達を助けてあげる。
 何度目かの型抜きなので、子供達も随分慣れたようだった。
 小さな子供は踏み台の上に乗ってもらって、ルプスが伸ばした生地に、型だけを押し当ててもらう。
「くるまはぼくのね!」
「わたしはおはなのー。できあがったらこうかんしようね」
 子供達は明るい笑顔を浮かべながら、型抜きを楽しんでいく。
 そんな子供達の顔を見て、ルプスはほっと息をついた。
 上手く子供の相手が出来るか不安だったけれど……子供達は本当に嬉しそうだった。
 そして。
「焼きあがるまで、あと少しまってね」
 オーブンは危ないので、仕上げはルプスが1人で行う。
「はーい」
「おねーちゃんも、あとでいっしょにたべようね!」
 元気な言葉を聞き、ルプスの顔にも自然に笑みが浮かんだ。

「いっしょにあそぼ〜」
 ローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)は、ブロックで遊んでいる子供達の中に駆けて行った。
 ローリーはさっきまで、20代半ばの成人女性の姿だったけれど。
 今は何故か、8歳くらいの子供の姿になってしまっている。
 子供達に食べてもらおうと、パイを作っている最中に、ちょっと喉が渇いて。
 牛乳を飲んだつもりが、なんだか変わった味の液体を飲んでしまったのだ。
 そして、気づいたら体が小さくなっていた。
 オーブンに手が届かなくなって困っていたら。
『続き、作りますよ。皆と遊んで待っていてくださいね』
 ローリーと走らずに近づいてきたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が引き継いでくれた。
「なにしてあそぼうか? パンま……いや『パイ生地こねこね祭り』やる〜?」
 パイはアレナに任せて、広間で遊んでいる子供達と一緒に遊びながら、ローリーはパーティを待つことに。
「えい、えい、えいっ! すごいだろ〜」
「ほんとだ、すごいすごい。さっきのおにぃちゃんとおなじくらいすごい」
 子供達に囲まれて、けん玉をしている子供がいた。
「おもしろそ〜」
 ローリーも興味津々近づいてみる。
「せかいいっしゅーだぞ〜。えいえいえいっ」
 4歳くらいの子供――幼児化した橘 カオル(たちばな・かおる)は、けん玉を巧みに操って、小皿、大皿、中皿と乗せていき、最後にけん先にさした。
「おおー」
「すげー」
「ね、ね、どうやんのどうやんのーあっ」
 子供達は感心したり、やってみようとするが、カオルのように上手く皿に乗せることは出来なかった。
「ロリちゃんもやってみる〜。えいえいのえい」
 ローリーもけん玉を借りてやってみるが、皿の上には乗っからなかった。でも気にせず、くるくるけん玉を回して、玉をむしろ弾いていく。
「むずかしいねー」
「なかなかのらないね〜」
 ローリーと子供達が四苦八苦しながら、そんな会話をしていると。
「あんまりちからいれないほうがいいのー」
 カオルより3歳くらい年上の女の子――李 梅琳(り・めいりん)が近づいてきた。
「ゆっくりやるんだよ。カオルみたいにうまくなるには1000ねんくらいかかるけどね!」
 梅琳は、ローリーの手を掴んで、一緒にゆっくりと玉を大皿の上に乗せた。
「よぉぉし、もっとすごい技、みせてやるー!」
 梅琳の自慢げな言葉がカオルはとっても嬉しくて。
 観覧車とか富士山とか、知っている限りの技を次々に披露していく。
 さっきまでは大人の姿で、普通にけん玉や独楽の技を披露していた。
 でも、一息つこうとして、貰った飲み物を梅琳と飲んだ途端。身体が小さくなってしまったのだ。
「カオル、ふぁいと、カオル、がんばれー」
 手の大きさと感覚が違くなったせいで、失敗も何度もしたけれど、梅琳は頼もしそうにカオルを見ていた。
 トン、トン、トンと、カオルは連続技を慎重に行って。
「はいしゅうりょー!」
 大技を完成させると、けん玉を掲げてポーズをとった。
「すごいねー」
「まほうつかったの?」
 子供達は不思議そうな顔をしている。
「すごいすごい〜。カオルのくせに。あとでおしえてー」
 口ではそんなことをいいつつも、梅琳は本当に嬉しそうに拍手をしていた。
「もちろん、おうちで、じかんかけておしえるよ」
 カオルははいっと、梅琳にけん玉を渡して、梅琳よりも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「メイリンはぼくのおよめさんになるんだー」
「うんー。そうだね」
 カオルの言葉に、梅琳は自然に返事をした。
「ロリちゃんびっくり」
 ローリーはびっくりして、けん玉の玉を落してしまう。せっかく成功しそうになってたのに。
「おおー。プロポーズしてるぜ」
「こどもどうしもけっこんってできるの?」
「ゆびわはきゅーりょーさっかげつぶんじゃないとダメなんだよ! でも、きゅーりょーもらってないから、ダメなんだよ」
 子供達はそんな会話を繰り広げている。
 カオルと梅琳は手をつないで幸せそうにしていた。
「ん? あっちにみんなとあそんでないこがいるね」
 ローリーは部屋の隅で、こちらに背を向けて座っている2人の子供に気づいた。
「ちかづかないほうがいいよ。あぶないことしてくるから」
 女の子が困った顔で言う。
「んと、パイがやけたらもっていってみようかな」
 その2人は近づき難いオーラ―を放っていた。近づいたらなんだか大変なことになりそうな、そんな予感さえする。
(いやなことでもあったのかな? アレナぱいをもっていったら、こころ、らくになるかな……)
 そんなことを思い、兄弟を気にしながらローリーは子供達と遊んでいく。