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リアクション
【女王討伐 1】
レキのイナンナの加護を受けながら、最初に飛び出したのは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)と桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だ。
恭司が奈落の鉄鎖によって重力の軽くなった体をバーストダッシュで飛び上がらせ、ロッククライミングの要領で天井の穴に捕まってドームの天井に張り付き、同時、煉は女王の方へと接近し、アンボーン・テクニックによる魔法の刃でその発達した顎を狙った。
だが、それよりも早く、自身への接近に反応した女王は、小さく痙攣したかと思うと口を開き、衝撃波を放った。その範囲は広く、殆ど頭上であるはずの天井にまで届き「ぐう……ッ」と恭司の苦痛の声が響いた。
行動予測によって、辛くもそれを避けた錬は、恭司と共に一旦通路へと退くと「どうだ」と白竜へ問いかけた。
「効果はありそうですよ」
出発の際に、理王に渡されていたデータだ。その実証のため、煉達はあえて注意をひきつけていたのである。
「ただ、相殺できる範囲はあまり広くなさそうですね」
「音量の問題じゃなく、か?」
樹月 刀真(きづき・とうま)の問いかけに、白竜は頷く。
「ハードの問題かもしれません」
携帯音楽プレイヤーでは、データを再生しきれていないのだ。スピーカーでもあれば別かもしれませんが、と続けると、「無いもの強請りしても仕方が無いです」と刀真は肩を竦めた。
「効果範囲はどの程度ですか?」
「前方1メートル、半径2メートル、ぐらいですかね」
「それなら、緊急避難場所としては十分であります」
その目測に答えたのは丈二だ。
「調査団の護衛は大岡殿たちにお任せし、流れ弾等の危険を避けるため、我々はできるだけ前へ出るべきでは」
「そうだね」
丈二の提案に頷いたのは透乃だ。
「私は接近してないと攻撃できないから、近くに回避ポイントがあるとやり易いよ」
他の近接型メンバーも、その意見には賛成のようだ。続く問題は、妨害音波だ。
「切り替えのタイミングが難しそうですね」
「いや、切り替えはいい。衝撃波に専念してくれ」
呟いた白竜に、そう言ったのは敬一だ。
「音波の方はまだ対策のしようもある。切り替えが遅れるほうが、デメリットが大きい」
そうやって、互いに打ち合わせること数秒。
次に前へ出たのは、敬一、丈二、剛太郎と、それぞれのパートナー、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)、ヒルダ、大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)だ。
まず、最もフライシェイドの攻撃を受け付けにくい、パワードスーツで固めた剛太郎が前へ出ると、ショットガンのスプレーショットで派手に弾を撒き散らしてひきつけ、続いて丈二がスプレーショットで上を、敬一はクロスファイアで正面を、そしてヒルダがソニックブレードで足元を、という面での弾幕で一気にフライシェイドの群れを屠ると、その間隙で、藤右衛門と緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)のファイアストームが唸り、残るフライシェイドを焼いていく。
そうして、前方のフライシェイドが殲滅され、開いた穴から、煉と透乃、月美 芽美(つきみ・めいみ)が飛び出した。
「いくわよ……っ」
神速をもって、最初に接近した芽美が放った龍の波動を受けて、女王が一瞬弱まったのを見計らい、間髪いれず透乃の烈火の戦気を纏った疾風突きが頭を狙う。そしてそのタイミングに併せて煉の薔薇の細剣で剣戟を繰り出した。が、その瞬間、口と思しき部分が閉じ、俯くようにした頭を庇うように、大きな顎が交差し、盾の様になって庇ったのだ。
ガギンッと、攻撃の激突した顎が、金属かのような音を立てる。勿論ダメージが無いわけではないようで、びりびりと全身を震わせていたが、再度至近距離から攻撃を繰り出そうとすれば、その顎が三人を追い払うように勢いよく開くと共に、再び衝撃波を放ったのである。
「く……っ」
咄嗟に下がった三人だったが、それに交錯して白竜が前へ出ると、妨害音波で衝撃波を相殺した。
「ありがとね」
「かなり硬いな……魔法の方が有効かもしれん」
透乃が簡単に礼をいい、激突時の硬度からそう分析して煉は呟く。
「或いは関節を狙うか、ね」
それなら物理でいけるはず、と芽美の意見は拳聖らしい。
「いずれにせよ、隙を作る必要が――」
ある、と言い終わらない内に、突如、頭の中をかき回されるかのような不快感に襲われ、四人は思わず膝を突いた。妨害音波だ、と気付いたときには、四人のみならずドームに近い通路側までその影響が走っていた。
「ぐぅ……っ」
耳に響くわけでも、痛みをもよおすものでもないが、精神をがりがりと引っかかれているような強烈な不快感が襲ってくるのだ。そしてそれは、耳を塞ぐ程度では収まりそうにも無い。苦痛に思わず声が漏れた、その時だ。
「落ち着けッ」
音波に負けじと、敬一の声が響いた。
「ただの音だ、気をしっかりと持て……!」
その声、言葉は皆の士気を高揚させ、それによって奮起した透乃の熱狂が、前線の混乱を和らげた。そして、それを後押しするように、鯨ひげのヴァイオリンに乗せて歌われる封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)幸せの歌が、音波の効果を侵食するようにして和らげる。
「大丈夫ですか、父様!」
その間に、前衛に攻撃の及ばないように、自身の清浄化によっていち早く立ち直った桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)がタクティカルアームズのビームによって女王の注意を逸らさせている間、丈二の弾幕援護を受けながら、前衛は一旦通路まで撤退した。
「あの装甲を破るのは、かなり難しそうだね」
透乃が難しい顔をするのに、煉も頷く。音波と衝撃波の範囲が予想以上に広く強い。この様子からすると、関節を狙ったとして、どれだけのダメージがあるか不安なところだ。それに仮に虫と同じ生態を持つのであれば、最悪頭部が残れば暫くは攻撃できる、という可能性もある。
「狙うなら口ですね」
そんな中、口を開いたのは刀真だ。
あえて積極的に前線に出ず様子を観察し、百戦錬磨の経験から、そこが弱点だと推測したのだ。生物にとって最も柔らかい場所であり、恐らくそこが衝撃波を発生させているのだ、と刀真は語るが、問題が一つある。
「どうやって狙うんだ?」
問うたのは羅儀だ。イレイザーという衝撃波を使う敵との遭遇経験から、女王のそれも、エネルギーを溜めて放出する類だと羅儀は悟っていたが、問題は音波で、こちらはタメ無しで発動できる類のもののようなのだ。
「狙えるのは、恐らく一瞬でしょうね」
それは、衝撃波を放つ、その瞬間だ。そしてそのタイミングを、最も効率よく狙えるのは――
「……へ?」
一同の視線が、狙撃手、キルラスに向けられたのだった。