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【●】光降る町で(後編)

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【●】光降る町で(後編)

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第一章:手を尽くして




 時は少しばかり遡る。
 太陽がその天頂で輝いているというのに、全てを天蓋で覆ったトゥーゲドアの町は、夜のような暗闇の中にあった。

 町を覆うアーケードに飾られていたランタンから落ちた光が、まるで夜空を逆さまにしたかのように、地上で輝く幻想的な光景の中、それに歓声を上げ、美しさに魅入っている観光客や町の人々を横目に、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は少年――ディバイス・ハート、より正確に言えば、その幼い彼の口を借りている『声』の主に、「何者か知らないけど」不愉快さを滲ませた。
「勝手に子供の体を借用するなんて、趣味が悪いわねぇ」
 スカーレッドと同じように、子供の体を勝手に借りる真似が気に入らないようで、腕を組んで片目を眇めて見やると、少年の方は困ったような顔をして軽く肩を竦めた。
「『他……媒介、ない……から、な。父親、も……いな、い』」
 相変わらず途切れ途切れの声は、ますます酷くなりつつあるようで、単語がかろうじて拾える程度になっている。それでもニキータは追求を止めず、ツカツカと歩を進めた。
「父親、ってその子の父親のこと?」
 どういう意味よ、と詰め寄ったが、少年は口元で何事か呟くように言ったが、それが誰かに聞き取られる間もなく、よろよろと後退したかと思うと、そのままストーンサークルの柱に凭れかかって、かく、と俯いた。
「ちょっと……っ」
 慌てて駆け寄ったが、駆る肩をゆすられて顔を上げた時には、ディバイスの表情は戸惑いを濃くしていて、既に声の主の気配はそこには無いようだった。
「大丈夫?」
 どこか気分でも悪くなってやしないか、と心配げなニキータの声に、ディバイスは首を振る。念のため久我 浩一(くが・こういち)がサイコメトリで確認したが、声の主はどこかへ抜け出ていったようだ。
「余り強い憑依ではなかったようですね。目的は果たした、という感じです」
 だが、一方的にメッセージを残していった以外に、何かした風でもない。それ自体が目的だったのかもしれないが、そこまではさすがに判断つきかねるようだった。
「何か、覚えてることはある?」
 ニキータが問いかけたが、ディバイスは申し訳なさそうに「いえ」と首を振った。
「何も……ただ、すごく冷たくて、くらい……感じがしたんだ」
 子供のつたない語彙では言い表せないような何かだったらしく、凍えた体を温めようとするように身を縮ませたディバイスの手を、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)がやんわりと掴んだ。そのままぎゅう、と握るその暖かさに、一瞬驚いた様子のディバイスも表情を緩める。

 そんな彼らの横顔を見ながら、その間にも合唱隊が引き連れた楽団が響かせるメロディを背に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は掌を握り締めた。その因果関係はまだ不明だが、タイミングから考えて、彼女の歌った原文での歌が無関係ではないだろうことは、彼女にも判っているのだ。
「歌はもう止したほうがいいんじゃないか?」
 複雑に表情を揺らすリカインに、パートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が声をかけた。結果を意図していたわけではないとはいえ、大きな影響を与えたのは確かだ。これ以上祭りに何らかの影響を与えるのは、と懸念する声に、リカインの目に僅かに躊躇いが浮かんだが、それに対して「待ってください」と憤慨するように声を上げたのは、同じくパートナーの天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)だ。
「お姉さまの歌は素晴らしいです。このまま歌は続けるべきですっ」
 お姉さまのせいのように言わないでください、と語調を強めるルナミネスに、キューが宥めようと声をかけたが、意外にもそこに、賛成する声が上がった。
「わたくしもそう思います。いきなり止めてしまった方が、不味いかもしれませんわ」
 口を挟んだのは沙 鈴(しゃ・りん)だ。調査団に同行している大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)から、突然状況が変わってしまうことで、何事かを引き起こす危険性があるかもしれない、という指摘があったようだ。
「それも一理あるねぇ」
 同意を示したのは、一連の様子を窺って、足を止めていた氏無だ。
「ただし、原文の歌は力が強すぎるようだから、祭りの維持に努めてもらえるかい?」
「わかりました」
 こくり、とリカインが頷く。
「必ず、地輝星祭の歌姫の役、やり遂げてみせます」
 迷いない言葉に、にこりと笑いかけて、氏無はちらりとその視線をスカーレッドへと戻す。
「そういうわけだから、こっちは頼むよ」
 そのまま返事も待たず、再び踵を返した。




「ストーンサークルへの関係者以外の立ち入りを禁止するべきではないですか?」
 氏無が去った後、そうスカーレッドに進言したのは琳 鳳明(りん・ほうめい)だ。
「封印のこともありますし、いざと言う時の為に、できるだけ遠ざけていた方がいいと思うんですが」
「そうね」
 スカーレッドも頷いた。何より彼女の”退路の確保”の手段は、その扱う獲物のせいもあって、周囲に危険が及ばないとも限らない類のものだ。とは言え、現状、ストーンサークルの周囲は大勢の観光客や町の人々がいる。これを混乱させないように遠ざけるのは中々に骨だ。どうしたものか、と考えるように腕を組んだスカーレットに「その方法ですが」と鳳明が手を上げる。
「ネットライブの撮影のため、って理由をつけちゃうのはどうでしょう」
 そうして露骨に機材を置けば、野次馬を別にすれば自然に人は遠慮するだろうし、近づこうとする者に対しては、無理なく人払いをすることが出来る。「良いわね」とスカーレットも頷くと、地上へ残っていた調査団の面々と共に、若干わざとらしいくらいに機材の配置を動かしてスペースを作り、理王達と共に簡易スタジオの体裁を作っていく。
 その手伝いをしながら、やや躊躇いつつ、鳳明はぽつりと口を開いた。
「……祭そのものを中止させる、と言うわけには行かないんでしょうか」
 このまま続けてしまうのは、危険な気がする、と、感じる不安そのままを口にした鳳明に、スカーレッドは目を細めた。
 勿論、鳳明恐れているのは危険に対してではなく、その危険がここに集まっている一般人たちに及ぶことだ。スカーレッドや氏無、そして他の仲間たちが、皆を守るのに全力を尽くすだろう事はわかっているが、それでも「万が一」はその可能性をいつでも覗かせている。その可能性を何処まで減らせるかが重要なのだが、スカーレッドは難しい顔で首を振った。
「あなたの気持ちも判ってよ。けれど、祭は中止できないわ」
 顔色を変えた鳳明に、スカーレッドは指を立てる。
「理由は幾つかあるけれど、最も大きいのは、彼女の歌と同じね」
 その規模がどうあれ、これまで長い間、絶えることなく継続されてきた祭である。特に、この地輝星祭は儀式的意味合いの強いことから、それを途中で止めてしまうことによって、別の何かが起こらないとも限らない、というのだ。
「クローディスが言うには、継続を必須とされているものには、それを途切れさせると決壊、あるいは逆流するケースが多いそうだから」
 危機的状況の発生確率の問題で、中止はしない、ということらしい。そのあたりは、女王討伐を計画された時からの決定のようだ。理屈はわかっても、それで素直に納得する、と言うのは難しい、と顔に書いてある鳳明に、スカーレッドは少し笑って、その頭を軽くぽん、と叩いた。
「どちらにしても、危険はついて回るわ。私たちは、状況状況で、最善を尽くすだけよ」
「はいっ」
 ね、と笑いかけられるのに反射的に敬礼を返す鳳明に更に笑みを深めたスカーレッドに、機材の配置を終えたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が声をかけた。
「とりあえず、この場は遠ざけられそうだが……」
 言葉を切ったものの、その懸念に思い当たることがあってか、スカーレッドは僅かに苦笑した。
「悪いけど、この場への増援は見込めなくてよ」
 この場に居る者だけで何とかしなければならない、と言う事になるが、問題はそれだけではない。少なくともスカーレッドは調査団の戻ってくるまでは、この場を動けないのだ。この場より他は、別の誰かが担う必要性がある。
「任せるわよ」
 その一言に頷きながら、クレアは周囲にざっと目を走らせながら軽く息を吐いた。
「だが、この人数ではとてもではないが外まで手が回らない」
「心配ないわ」
 外にどの程度人員が配備されているのかは、詳しくは知らされていない故のクレアの一言だったが、返答はあっさりしたものだ。信頼、と言うには余り好意的とも言いがたい苦笑を浮かべて、スカーレッドは肩を竦める。

「あれは”ああいうの”が専門分野だもの」




 同時刻、大通りを避けて町の外へ向かう「あれ」こと氏無は、ストーンサークル側へ残った面々との連絡を取るために、通信機を手にしたところだった。
「町の外周は、住宅街外周に一円、それから畑にそって一円の防衛ラインを引いてるところだよ」
 クレア達に向け、町の外側の防衛状況を開示している氏無の言葉に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は足を止めずに「それは」と声をかけた。
「あくまで外部からの襲撃に対しての防衛、ですよね」
 問い、というより確認といった様子に、氏無が目線だけで言葉の続きを促すと、ルカルカの隣に並ぶダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がその後を引き継いだ。
「女王の討伐が達成された今、次に危険なのは外より内部の筈」
「面倒な言い回しはいいよ」
 どうぞ、と僅かに普段の面倒くさそうなそれから、微妙に口調の違っている氏無が端的な説明を求めるのに、こくり、とルカルカが頷く。
「封印されている「何か」がどう影響を与えてくるかわかりません。万が一に備えて、町の人が避難できるよう、避難用のトラックを手配します」
「いざと言う時には、調査団救出のため町の中へもトラックを突入させても構いませんか」
 ルカルカと、続くダリルの進言に「うん」と短く答えると、歩みも止めず氏無は通信機を弄ると、恐らく部下にだろう、二、三命令を出すと、視線だけでルカルカ達を見やった。
「南側の大通りに、緊急時バイパスを作らせる。突入の場合はそこからよろしくね」
 はい、と硬く頷く二人だったが、氏無は軽く肩を竦めると少し笑った。
「ま、調査団の退路に関しちゃ、傷の赤……スカーレッド大尉がいるからねえ。そう心配しなくても良いとは思うけど」
「それなら寧ろ、調査団以外の観光客用に、トラックを回した方がいいかもな」
 進言、というより半ば独り言のように言ったのは夏侯 淵(かこう・えん)だ。
「最も逃げ遅れるのは、町の中心部に居る者達だからな。それに、あの少年も」
 言いながら、淵の顔が僅かに曇る。
「責任を感じて、動きたがらないかもしれんな」
 ストーンサークルの封印を正した時や、祭で歩いていた時もそうだったが、自分の持った能力が引き起こす何かを、いつも気に病んでいる印象があった。この上更に何事かあれば、ディバイスの感じる重荷はいかほどか。そんな思いに眉を寄せる淵に、同行していた樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も複雑な面持ちをしたが、そんな中でルカルカは「まずは助かることが先決よ」と毅然と言った。
「無関係、ってわけじゃないもの。責任を感じるのは仕方がないけど、取り戻すことだってできるわ」
 生きていれば、何度でもそのチャンスはある。そして。
「私たちはそのチャンスを、ディバイスくんに作ってあげられる」
 でしょ、と仲間たちに笑いかけたルカルカに、淵も表情を緩め、氏無は「良いこと言うねえ」と笑った。

「……という訳だから、こっちも心配はいらないよ。後は――」





「――町の中、か」

 氏無からの通信を受けて、クレアが呟くように言った。
 調査団、ストーンサークル、そして町の外と役者が揃った以上、残った場所は今まさに祭の真っ最中である、トゥーゲドアの街中そのものである。
「フライシェイドの襲撃の時と違って、どこから何が起こるか判らないしな……町の代表者に話を通しておくべきか」
「それなら、長老の方へは自分が行きますよ」
 クレアの独り言を拾って、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が名乗りを上げた。
「自分なら面識がありますし」
 話もしやすいでしょう、と続けるのに、クレアも頷いた。
「頼む」
「俺も行く」
 同じく名乗りを上げたのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
「確かめておかなきゃならないことがあるからな」
「……意思、か」
 クレアが複雑な顔で言うのに、垂も同じような表情で頷いた。この町が、何らかの封印の上に成り立っていることは既に判明している。そして、これまではその封印の恩恵を受けていたが、女王が討伐され、事態が動き始めた今、その恩恵は何処まで通用するかわからないのだ。そうなれば、この町はその封印をどうするにしても、避けて通れない問題があるのだ。そしてそれは、通りすがりとも言える垂たちが、肩代わりすることの出来ない問題だ。
「いずれにしても、このまま通り過ぎてくれる問題じゃあないしな」
 自らがその選択を迫っているわけではないとはいえ、複雑な心情は拭えない。それでも、強い決意と共に、垂はまだ何も知らないまま、地上に輝く星を眺めて言う人々を見やった。選ぶのは彼らだが、その選択を守るのは自分たちの役目だ。
「俺たちは、俺たちの仕事をしよう」




「盾が盾の役目を果たすなら、こっちも最善を尽くすとしようか」
 ザカコ達が、長老たち町の代表者の集う場所へと向かうのを見送って、黒崎 天音(くろさき・あまね)が口を開いた。
「まずは、スカーレッド大尉に幾つか確認したいんだけど」
「何かしら?」
 話を振られて首を傾げると、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の二人を呼んで、自分の友人であると紹介した。
「彼らに、現時点での教導団が所持する情報を開示しても構わないかな?」
 その言葉に一瞬ぴくりと目素細めたスカーレットだったが、ほんの少し面白がる様子で首を傾げると「構わなくてよ」と頷いた。
「開示レベルについては、あなたの判断に任せるわ」
 自身の責任において判断しなさいな、と言外に含む物言いに、判っていながら天音も笑みで頷き、それから、と続ける。
「ネットライブでも、ある程度の情報を開示して、その上で新しい情報を集めたいんだけど」
 掲示板で、現在も行われている情報交換を、更に一歩踏み込んで活発化させようというのだろう。考えるような間をあけ、スカーレッドは「条件があるわ」と切り出した。
「開示できる内容は、調査団と所有情報と同程度まで。そして、教導団の名は出さないこと」
「ソースは開示した方が良くないか?」
 その条件に、反射的に首をかしげたのは理王だ。ネット上でやり取りされる情報は、その情報元がはっきりしないものは信用され辛い。それを承知故の疑問だったが、それには「調査団の名前を出せば良いわ」と答えが返った。
「元々、彼らの情報よ。功績を横取りするわけにはいかないでしょ?」
「了解」
 頷いた理王だったが、思い出したように「あ、こっちも確認なんだけど」」と声を上げた。
「何?」
「避難経路なんかが判ったら、そっちは公開してもいいか?」
 その方が、いざって時に良いと思うんだけど、と続けた理王に、スカーレットが考えるように口元に手を当てていると、『良いんじゃない?』と返答は別の方向から帰ってきた。
『避難に関することなら、教導団の名前があったほうが効果的でしょ』
 適材適所で行こうじゃない、と続いた氏無の言葉に、ため息めいたものを吐き出し「そうね」とスカーレッドも頷き、ぱん、と天音は小さく掌を鳴らした。

「それじゃ、手札は並べ終わったことだし。一枚一枚めくっていって、真相を引きずり出すとしようか」