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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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「――!?」

 ミスノは目を見開いて驚いた。それは鎌が愚者の身体を切り裂いたはずなのに、手応えがなかったことに。
 まるで残像を斬ったかのような感覚が手を通してミスノに伝わる。ミスノは不思議に思い鎌を掴む手を見て首を傾げたが、すぐに全身の肌が粟立つような殺気にそんな感情など吹っ飛ぶ。
 殺気を発するのは前方の愚者。ミスノは素早く顔を上げ、愚者を見る。

「……おやおや、どうしたのですか? お嬢さん」

 愚者は穏やかな目でミスノに笑いかけた。いつの間にか、愚者から感じた殺気も嘘のように消えていた。
 ミスノは額に浮かぶ大粒の汗を拭い後退すると、実力がはっきり分かるかたちで対処されたので大人しく黄昏の大鎌を収めた。
 愚者はそれを見ると、先ほど話をしていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に顔を向けた。

「申し訳ありません、話を続けましょうか。……あの魔剣について、でしたよね?」
「ええ。どういう原理なのか、契約者の魔法の力でそれは実現可能なのか」

 ローズの問いかけは医学を学ぶものとしては死んだ者が生き返るってのは興味が尽きないテーマ。
 しかし、ローズが魔剣に拘るのはもう一つの個人的な理由があった。

(それが分かれば……! それがわかれば、お父さんとお母さんと、今度こそ三人で幸せになれるかもしれない……!)

 両親のが共に亡くなり、その死に目にすら会えなかったローズにとって、それは必然の願い。
 表情と声はどうにか平常をたもっているが、心のなかでは縋るような思いで愚者に問いかけていた。
 でも、とローズは考える。

(……でも、でもそれで本当に良いんだろうか? 私が摂理を曲げて、お父さんを生き返らせて……お父さんもお母さんも喜ぶんだろうか?)

 二度と取り戻せないと考えていた幸せな家庭と、その自分がしようとしている行為に対する疑問。
 煮え切らない感情がローズの心のなかで混じりあいぐちゃぐちゃになり、自分自身を責める。
 そんなローズの心の内を知ってか知らずか、愚者は残念そうに口を開いた。

「残念ながら、私にはどうやって死者を蘇らせているのか詳しいことは分かりません」
「! ……そう、ですか」

 落胆した表情をするローズを見て、愚者はですが、と言葉を続けた。

「これだけの役者がこの刻命城に集まっているのです。上手くいけば、その魔剣の効果が嘘か真か知ることが出来るでしょう」
「それは……つまり……」
「ええ、効果が真実ならばその後にでも魔剣を回収し解析でもすればいい。そうすれば、死者を蘇らせることについて分かることもあるでしょう」

 愚者の言葉を聞いて、ローズは押し黙る。
 続いて、六花が愚者に質問をした。

「愚者さんの目的は『それ』ですか?」
「……それ、と言いますと?」
「魔剣が本当に効力を発揮するか、です」

 六花に続き、ヴィナが問いかける。

「死者を蘇らせると言う触れ込みらしいけど、その場面を見たことがある人がいるとでもいうのかな?
 いなかったら…その触れ込みも極めて怪しいんじゃないかな。――あなたは、使用人達が魔剣を使う所を傍観したいんじゃないかな?」

 ヴィナの質問に愚者は首を小さく横に振った。
 それを見て、ヴィナが言葉を投げかけた。

「……もっとも、どんな理由であれ、傍観が一番厄介だと思うんだけど。信用する術、ないしね」
「……信用されようがされまいが、私は傍観を続けます。いや、続けなくてはいけないのです」

 愚者は静かな声で言うと続けて、質問は以上ですか? と言った。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は小さく片手をあげ、愚者に質問をする。

「最後に、私からいい?」
「ええ、どうぞ」

 リカインはそう言ってから考える。
 本腰を入れて傍観者を徹底観察しようと試みたのはいいがどうしようか、と思う。が、先ほどまでの問答を聞いてみて、愚者は色々と聞いたところで答えてくれそうでもない。
 なのでリカインは、素性にはあまり関係のない質問をすることにした。

「どんな劇が好きなの?」
「……どういう意味ですか?」

 リカインの発言の意図を読み取れず、愚者は顔をしかめた。

「いや、舞台ではストーリーテラーとしてほぼ名前だけの役がいたりもするけれど、たまには本筋じゃなくてそっちが主役になるお話なんていうのはどうだろう? って思って。
 ……傍観者が主役の作品が完成したら是非とも見てもらいたいし」
「私に、ですか……?」

 愚者の問いにリカインは頷くことで答えた。
 愚者はそれを見るやいな、気味の悪い笑顔を崩し、思わず吹き出した。

「……そんなに可笑しい?」
「いえ、申し訳ありません。あまりにも予想外でしたので、つい」

 そう言うと愚者は目尻の涙を拭い、質問に答えた。

「劇、ですか。私は何でも好きですよ。音楽劇に大衆演劇、能と何でもござれです。
 ただ、一ついうならば――結末はどれもが悲しいものであって欲しいとは思います」
「そう、分かったわ。蒼空歌劇団、よろしくね」
「ええ。また、機会があれば足を運ばせていただきます」

 愚者はそう言うと、契約者たちに向けて大きく礼をした。

「……では、私めはここから去らせてもらいます。他の場所からも傍観したい故」

 愚者は踵を返し、ここから去ろうとする。

「ああ、一つ言い忘れていました。あの魔剣についてですが」
 
 が、途中で思い出したかのように呟いた。

「死者を蘇らせる、というのが一般的ですが、もう一つ伝承があるのです。
 その伝承とは――多くの者に強く記憶を刻むことで使用した人の心を救う魔剣、と伝えられていました。
 ……さて、どちらが正しい伝承なのでしょうね」

 微笑を浮かべそう言い終えるやいな愚者の姿は、まるで闇に溶け込むかのように消えていった。