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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 五章 隠者の従士 前編

 刻命城の周辺。茜空に照らされる明かりは頼りなく、薄暗いこの孤島のなかで最も夜に近しい雰囲気の場所。
 空に漂う霧が最も濃く光を遮断しているその辺りを、東 朱鷺(あずま・とき)は隠者の従士を探しながら歩いていた。

「姿が見当たりませんね。やはり隠者というだけあって隠れるのがお得意なのでしょうか?」
「そうみたいだねぇ。ワイの殺気看破とホークアイにも捉えられんし、よほど卓越した腕前の忍者なんやろう」

 朱鷺の疑問に答えたのは、少し前を歩く七刀 切(しちとう・きり)だ。
 全長百九十センチメートルにも届く大太刀、一刀七刃を抜き取り周囲の警戒にあたっているがどうやら見つからないらしい。
 そんな二人の会話を聞き、切と同じように哨戒にあたるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は元気良く言葉を発した。

「いかな敵が現れようとも私はお二人のお力になれますよう、精一杯頑張ります!」

 フレンディスにとって今回共闘することになった二人は明倫館の尊敬する先輩方。
 緊張のあまり、言葉を発するのに力がこもるぐらい、仕方のないこと。
 そんなフレンディスの様子を見た切は、苦笑いをしながら声をかけた。

「まあまあ、そんなに肩肘張らずに。とりあえず、楽しくいこうや」
「はい!!」

 フレンディスは体内に収まりきらない気合を逃すように熱い返事をする。
 その二人を、帰らずの古城と呼ばれることもある刻命城に誘った本人の朱鷺は、二人のやり取りを見ながら静かに微笑む。
 ――その時だった。

「お命、いただきます」

 不意に隣から聞こえた淡々とした女性の声に、朱鷺が驚いて顔を振り向く。
 そこには黒い忍び装束に身を包んだ妙齢の女性――隠者の従士が今にも朱鷺に斬りかかろうとクナイを振り上げていた。

「危ねぇ!」

 隠者の従士に気がついた切が、首にぶら下げている奇構機『フリューゲルブリッツ』を使用。
 切は自分の時間の流れを周りの時間の流れと切り離す。
 周りの時の流れがゆっくりなうちに、朱鷺と隠者の従士の間に身を割り込み、一刀七刃でクナイを受け止めた。

「……まるでこちらの時間が止まっている間に、そこに現れたような感じです。不思議な力をお持ちのようで」
「止まっている、まではいかないけど。まあ、そんなところだよ」

 切はクナイを弾き、隠者の従士はその力に逆らわず、後方に跳躍。
 素早く体勢を立て直し、ゆらりと陽炎のように構えながら、契約者たちと対峙した。

「……キミが隠者の従士。随分隠れるのがお上手なようですね」

 朱鷺のその問いかけに、隠者の従士は頷く。

「ええ、隠れることこそ忍者の本領。幸いなことにここはこんなにも暗いですから、隠れ良い。
 ……暗闇ほど静かで怖いものはありません。けれど、味方につければこれほどまでに頼りになるものは他にはないですから。ほら、こんな風に」

 言葉の終わりと同時に隠者の従士は闇に溶け込み、忽然と消えた。
 そして、今度はフレンディスの前に姿を現し両手のクナイを振るう。

「読み読みですよ……!」

 が、忍刀・霞月を構え、注意を払っていたフレンディスに攻撃を弾かれ、また後方に退却した。

「なるほど、もう奇襲は成功しませんか」

 隠者の従士はそう呟くと、二本のクナイを交差して本格的な構えをとった。
 つられた契約者たちも各々の武器を抜き取った。
 ライパースタッフを手に持った朱鷺が隠者の従士に警告を行う。

「キミに一つだけ忠告があります。朱鷺たちは葦原明倫館の三科の免許皆伝三人組+二人の仲間たちです。
 ……あまり油断していると、すぐにでも死んでしまいますよ」
「あなたたちがあの名高い葦原明倫館の免許皆伝を受けた人ですか。ならば、初めから本気でいくしかないようですね」

 隠者の従士がキッと目を険しく細め、契約者たちを見据えた。
 しかし、朱鷺が先ほど言い放った情報は全くの嘘情報だったりする。
 それは葦原明倫館の三科で帰らずの古城から戻ったとなれば学校の宣伝にも役立つ、と考えての行動だった。

「ええ、本気で来てください。でなければ、先ほども申したとおり死にますよ」

 朱鷺はライバースタッフを掲げる。
 ライバースタッフから発せられたいい香りが戦場を包むのと同時に、契約者たちのすばやさを上昇させた。
 その効果を受けながら朱鷺に+扱いされたルビー・フェルニアス(るびー・ふぇるにあす)はあまり良い顔をしなかった。
 が、ルビーの隣で同じく+扱いされたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は顔を険しくし、思慮に耽っていた。

(……吸血鬼の女とネクロの愚者か。俺としては気に入らねぇな……。
 それよか気になるのは魔剣についてだな、蘇らせるっつー事は理屈的に反魂の術と考えるとする。
 だがその力をさっさと使わねぇ時点で発動させる何かが足りずそれを欲する為に連中が動き始めたと見ていい。
 寿命を全うして死んだっつー話だから、肉体という器が足りてないのか?)

 ベルクは考える。ネクロマンサーとして死と深く関わってきたからこそ。

(いや、まずその前に多くの者に強く記憶を刻む必要があるのが事実なら、連中は俺達と戦う事で俺達の記憶に『城主』という存在を刻ませるのが狙いって所か?
 いずれにせよ……あの愚者か吸血鬼の女を舞台に引きずり降ろす必要があるって事か)

 ベルクはそこで自分の考えに一段落をつけ、暗黒龍の杖を握り締めた。