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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 魔術師の従士 前編

 多くの契約者を乗せた大型の飛空挺が、辺りを漂う濃厚な霧を掻き分け孤島の端へと着陸。
 すぐさま開けられたハッチから次々と契約者が降りて行き、全員が降りきったとき山葉 涼司(やまは・りょうじ)の大きな声が木霊した。

「出来るだけ早く刻命城へのルートを確保してくれ、頼んだぞ!」

 涼司の頼み声に数人の契約者がサムズアップを返し、独自に行動を開始する。
 ある者は門番を倒しに、ある者は辺りを警備する従士へ、そしてまたある者はどこかでこの戦いを傍観する愚者のもとへと走っていく。
 その中で孤島でも霧がいくらか濃い場所――魔術師の従士のもとへと向かう契約者たちの一人、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)はぽつりと呟いた。

「刻命城の伝説と愚者の誘いか。どちらにせよ蘇りの魔剣なんて物を放っておくことは出来ないな」

 少しばかり強い風に魔法使いのマントをなびかせ涼介は駆ける。
 霧に包まれた空間を通る度に肌に付着する水滴を指で払い、アウィケンナの宝笏を握る手に力がこもる。

「……もしかすると刻命城の面々も妄執と愚者の甘言によって操られているだけかも知れない。それなら今を生きるものとして彼らの救済をしてあげよう」
「――その必要はありません。わたくしたちは自らの意思で戦うことを選んだのですから」

 一寸先も見えない濃厚な霧の先から、女性の声がした。やばい、と涼介の直感が危険を告げる。
 涼介はアウィケンナの宝笏を両手で構え、前方に赤色の魔法陣を展開。轟々と音をたてて燃え盛る炎が生まれた。

「ヴォルテックファイア――ッ!」
「ブリザード」

 涼介の声と女性の声が重なる。と、同時に生まれた炎と氷の渦は涼介の手前で相殺され、気流を生み出し辺りの霧を霧散させた。
 霧がかかっていた空間は晴れ、数十メートル前方で杖を構えているのはどこか上品な雰囲気を漂わせるヴァルキリーの淑女。黒色のイブニングドレスに身を包む魔術師の従士が姿を現した。

「ずいぶんな挨拶だね。従士さん」
「そちらこそ。先ほどの魔法で氷漬けにする予定でしたが、まさか相殺されてしまうとは」

 魔術師の従士はやれやれといった風に肩をすくめ、涼介たち契約者に視線をむけた。
 その中の一人、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は集団から一歩前に踏み出し、魔術師の従士に話しかけた。

「従士さん、出来ればあなたのお話聞かせてくれない?」
「……話、ですか?」
「うん、なぜこのようなことになったのか。あなたたちが苦しんでいるなら救ってあげたい、それが私が剣を取る理由だから」

 クレアのその問いかけに、魔術師の従士は目をぱちくりと見開いた。

「……珍しいことを言うのですね、貴方様は。でも残念、わたくしたちは苦しんでなんかいませんの」
「ほんとに?」
「ええ……どちらかと言えば希望に包まれていますわね。もしかしたら、城主様が生き返るかもしれない。それだけで、わたくしたちは希望を持てます」

 魔術師の従士はそう言うと、杖をかざし、いくつもの青色の魔法陣を周囲に展開させた。
 魔術師のの従士周囲に次々と現れる魔法陣は幾つものつららを生み出し、先端を契約者たちに向けている。

「ですので、そのお邪魔をしにいらしゃったあなたたちにはお引取り願わなければいけません。たとえ、この命が尽きようとも」

 切れ長な目を細め、青色の瞳でクレアを睨む魔術師の従士は、静かにけれど強く言い放った。

「……そう、なら私もあなたたちを止めるためにこの身を賭して立ち向かうわ。……最後にひとつだけいい? 従士さん」
「ええ、どうぞ」

 クレアはワイズマン家に古くから伝わる剣である賢騎士の剣を抜き取り、刃先を魔術師の従士に向けた。
 そして、青い大きな瞳で魔術師の従士を見据えながら、先ほどとはうって変わった硬い口調で名乗りを上げた。

「我が名はクレア・ワイズマン。ザンスカール家に仕える守護騎士なり。貴公の名はなんと申す」
「……名前ですか。随分昔はあったような気がしますわね……けれど、もう捨てたものです。
 今のわたくしには名前も家名もない、あるのは城主様から授かった魔術師という称号だけですわ。なので魔術師、とお呼びして頂けると幸いです。クレア・ワイズマン様」
「……分かったわ、魔術師さん。私はあなたを救うために戦う。どうしても、止めてくれって叫んでいる風に、私には見えるから」
「ええ、どうぞ。わたくしは貴方様たちを止めるために戦います。わたくしたちの希望を消そうとしている貴方様たちを」

 魔術師の従士の言葉の終わりと共に十二の魔法陣から生まれた幾つものつららが契約者たちに襲い掛かる。
 クレアは契約者たちの先頭に立ち、オートバリアを発動。聖なる気は契約者たちを包み、魔法への抵抗を生み出す。
 そして、クレアは自分の身を丸まる覆い尽くすほど巨大な盾、ラスターエスクードを使いつららから身を守る。

「来い――不滅兵団!」

 クレアの背後。涼介は指先で鉄の色をした魔法陣を描き、魔力をこめて光り輝かせる。
 涼介の呼びかけに呼応するかの如く、クレアの前方に全身が鋼鉄の軍勢が召喚。飛来するつららをクレアに代わり受け止める。
 その間、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は攻撃や防御とは違った魔法陣を片手で描く。
 詩穂が相手が空中戦を得手とするヴァルキリーと見越して、自分たちを対等の条件にするための魔法だ。

「空飛ぶ魔法!」

 詩穂がそう唱えると同時に、契約者たちに飛行の効果が付随される。
 しかし、詩穂の魔法はそれだけでは終わらない。空飛ぶ魔法を描いた手とは反対の手で詩穂はもう一つスキルを発動。
 護国の聖域、詩穂が行使したのはそう呼ばれるスキル。優しい光を生み出し、味方の契約者たちに魔法に対する防御力を底上げを行う。

「さあ、反撃開始よ!」

 詩穂が勢いよくそう言うと、呼応してエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が集団から飛び出し魔術師の従士に向かって駆けた。
 途中、飛んできたつららを翼の剣でなぎ払う。つららが砕け散り、無数の氷の粒となる。
 エレノアの顔に飛んできた小さな氷の粒は、事前にアイスプロテクトをかけていたお陰で、肌に触れる前に融けてなくなった。

「魔法に対して準備は万端ということですね。なら――」

 その様子を見ていた魔術師はつららを生み出す魔法陣を継続しながら、指先で青の魔法陣を描いていく。
 魔術師の従士の魔力をこめて青く光り輝く魔法陣は、彼女の身体ほどの大きさと質量を持った氷の刃を精製していく。

「これはどうですか?」

 氷の刃はつららの弾幕に混じり、エレノアに向けて飛来する。

「こんなもの……!」

 エレノアは氷の刃を翼の剣で砕く、が。砕かれた複数の氷の破片は鋭い切っ先をエレノアに向けたまま、彼女に飛来する。
 剣を振り切った詩穂は避けられない、と判断するが――。
 素早く身を割り込んだ騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、ルーンの槍による素早い一閃で全てを打ち落とした。

「大丈夫、エレノアちゃん?」

 詩穂はルーンの槍を構えなおし、背中越しに声をかける。

「うん、大丈夫。ありがとね、詩穂」

 エレノアは礼を言うと詩穂の隣に立って、魔術師の従士と対峙した。

「これでもまだ、ダメですか……そろそろ形振り構ってられなくなりましたね」

 魔術師の従士は背中からうっすらと輝く光の翼を生やし空へと飛行した。