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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 六章 正義の従士 前編

 刻命城に向けて歩きながらグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は自分の疑問を口にした。

「不特定多数に記憶をさせたとして、肉体や死者自身の意志はどう復活するんだ? 色々気になるが、ここは手っ取り早く実物を調べたいな」

 グラキエスは魔剣を調べてみたいという好奇心に駆られ、思わず足取りが速くなる。
 そんなグラキエスの様子を察して、パートナーのロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が声をかけた。

「まあまあ、エンド。そう急ぐことはないでしょう。ここは確実に従士を打ち倒してから、安全を確保して進むべきですよ」
「……そうだな。ありがとう、キース。そのために障害は確実に排除して行こう」

 少々残酷なことを口にしてから、グラキエスは速度を緩める。
 グラキエスが纏う魔鎧に変化したアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は力強く言い放った。

「敵はヴァルキリーか……。以前は主を危険に晒してしまったが、二の轍は踏まぬ!」
「ああ、ありがとう。アウレウス。頼りにしてるよ」
「はいっ! 主には傷一つ付けさせません!!」

 そんな三人の隣でレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)も静かに力強く呟いた。

「死者のために生者を犠牲にするなど、あってはならない。魔剣を破壊し、その目的を阻止しなければ」

 決意に近い思いを口にしたレリウスも、気持ちに急かされ思わず足取りが速くなる。
 それをパートナーのハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が宥めようと声をかけた。

「落ち着けって、レリウス。そう急いだっていいことなんかねぇんだ。な、落ち着けって」
「…………」

 ハイラルの言葉を聞いて、レリウスは黙ったまま、足の速度を緩めた。
 それを見たハイラルははぁ、と疲れたようにため息を吐いて肩を落としつつ、傍のロアに声をかけた。

「キース……お互い苦労するよな……。無茶されないようにサポート頑張ろうぜ」
「ヘイル君。そんなに心配してては、胃がいくつあっても足りませんよ?」
「ああ、多分もたない。レリウスもそうだけどグラキエスも結構無茶な奴だし、状況が悪くなって無茶されたら多分俺の胃がヤバイ。
 レリウスだけでもいっぱいいっぱいなのにもう一人増えたら本気で穴開くわ」

 ハイラルは腹部を抑え、時計周りにさする。ロアはその行動を見て少し苦笑いをし、前方に佇む人影を指差した。
 あれは正義の従士だろう。グラキエスとロアはもうその人影に向かって走っていっている。

「ああ、くそ。……もう胃がキリキリしてきた」

 ハイラルはそうぼやき、ロアと共に二人の後を追っていった。

 ――――――――――

 岩石を連想させるごつごつとした黒の甲冑を纏い、二メートルにも及ぶ無骨な槍を両手に持つ女性。
 その飾り気のかけらもない装備が一層と彼女の端正な顔立ちと、金属の鎧の隙間からちらりと見える白磁の肌を引き立てる。
 彼女は――正義の従士。刻命城の従士のなかでも指折りの実力を有した誇り高き聖騎士だ。

「キミたちが、今回の侵入者か」

 正義の従士は硬い声でそう呟くと、自分と対峙する契約者たちに槍の矛先を向けた。
 
「……今なら見逃してもいい。怪我をしたくなければ、すぐに帰るんだ」

 正義の従士の警告に、契約者たちは答える代わりに各々の武器を抜き取った。
 その中で一歩、集団から前に踏み出したのは瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。
 両手を強く握り締め、堅強な拳を作り上げ、正義の従士に向けて言葉を発した。

「『正義』──枢要徳、七つの美徳において『憤怒』に対応するとも言われてる一つやな……」

 相手の得物はランス──槍だ。そして中世の時代に見られるような鎧を身に纏っている。
 鎧とは武器を防ぐもの。しかし相手の攻撃力を常に上回なければならないので必然、重い使用になってしまう。
 対策として、武術においては鎧通しというものがある。これは鎧相手では決定打に近いものになる。

「にしても……『正義』、か。なあ、自分の正義ってなんや?」
「……正義とは、生きてさえいれば自然と心に芽吹く信念。そんなこと、人に問わずともキミの心の内にもあるだろう?」
「オレか? オレにはそんなもんあらへん。悪役まっしぐらな感じや」

 裕輝はあっけらかんとした様子でそう言うと、自らの矜持を口にするため言葉を紡いでいく。

「所詮、人っっちゅーもんは己の自分勝手な考えを押し付け、押し通そうっちゅーもんや。どんな生物にもそんな大罪を持っとる」

 妬みの渇望、と呼ばれる秘宝が、裕輝のとある感情に反応する。
 その感情とは彼がこれから口にしようとしている、彼のほぼ全てを支配する感情だ。

「せやけど、敢えていうなら、公私混同して、言うなれば妬みこそオレの正義。
 妬み隊隊長であるからこその、この正義や。妬み恨み辛み嫉む──綺麗事全部纏めて否定してやったるわ。否定人間でもあるからのぉ、オレは」

 裕輝の身体が黒いオーラ的なモノが漏れ出す。
 それは彼の莫大な感情が、妬みの渇望により、目に見えるものになったものなのかもしれない。

「七つの大罪で言ーなら、まさしく『嫉妬』。
 槍三倍段言うけども──対武器のオレの闘い方。しっかりその身体に教えたろうやないかい」

 バシッと力強く拳を合わせ、裕輝はにやりと口元を吊り上げた。

「そうか。ならば、キミの正義とはそれなのだろう」
「えらい物分りがええんやな。これはこれは、妬ましいことで」
「……人の正義に口出しできるほど、私の正義は立派なものではないんでな」

 そう呟き悲しそうに目を伏せた正義の従士に、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が厳しい声で問いかけた。

「何が正しいとか悪いとかは言うつもりは無いけど、貴方も『主に仕える誇り高き騎士』だと言うのなら何が主の為か考えて見ては?」
「……考えたさ。その結果がこれなんだ」

 正義の従士は自身の心を抉るその質問に、小さくけれど力強い声で答えた。

「私の正義は、ただの己の信念に過ぎない。自分の生きる希望を見出すための、正義だ」

 正義の従士はそういい終えると目を瞑り、静かに開けた。
 その顔には先ほどまでの悲観にくれた様子は微塵もない。初めて対峙してきたときの、険しい従士の顔に戻っていた。

「……問答はこれまでだ、侵入者。あとは互いに武具で語り合おう。私は自分の正義のために、キミたちを倒す」

 再び、槍の矛先が契約者たちに向けられる。御凪 真人(みなぎ・まこと)はエンペラースタッフを構え、強く言い放った。

「正義って言うものは俺も信念の様なものと思います。自らが正しいと思うこと、それが正義なのだと。
 だから正義なんて人それぞれ。それは己が心の中に有るものです。俺たちの意思をぶつければ良い。だから、俺たちの正義で君の正義を倒します」

 真人の言葉に続いて、パートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)も続けて言葉を発した。

「私は私の大切な人達の為に全力であなたの正義を叩き折る! そして、私は……いえ、私たちは自分たちの道を貫く!
 例えあなたが強くても、何度でも立ち上がって貫き通すわ!」
「いい覚悟だ。なら、キミたちの正義とこちらの正義、どちらがより強固なものか、はっきりさせよう……!」

 二人の言葉に、他の契約者たちも武器を握る手に力がこもる。
 ただ、その中で一人だけアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)は怒りや悲しみの感情を込め独り言の様に呟いた。

「正義など、この世には存在しない……悪も正義も元を糺せば只の自己満足ですから……」

 アルティナは言い終えるやいな、聖剣ティルヴィング・レプリカを構えバーストダッシュ。
 魔法的な力場を足元に展開し、低空を飛ぶように移動しながら、正義の従士に迫った。
 スウァフルラーメが所持していたとされる、聖剣のレプリカの刃が正義の従士に肉薄。
 それと同時に、正義の従士は槍を力強く振るいアルティナを迎撃。聖剣と槍。互いが交錯し、甲高い音を戦場に反響した。

「…………」

 二人は言葉を語ろうとせず、呼気だけを響かせ、互いに武器を奔らせる。
 舞のような剣戟。洗練された技術により美しさを伴ったその剣舞は、けたたましい金属音を打ち鳴らしていた。
 パートナーの夜月 鴉(やづき・からす)は、必死に戦うアルティナを見つめながら思った。
 彼女の独り言のような言葉を聞き、思い出してしまった、アルティナの凄惨な過去について。

(ティナは正義による死も悪による死も知っているから正義も悪も信じられないんだ。だから、ティナは自分の感情を含めた『何もかも』が信じられないんだ)

 一瞬の油断が命取りになる、命を晒しているかのような戦場に身を置きながら、アルティナの顔に浮かぶのは無表情。
 だから、何もかもが信じられないアルティナのために、鴉は何とかしたいと思う。全力で、アルティナを支える決意を固める。

「……俺は昔と未来に興味は無い。興味があるのは今だ」

 鴉は顔を引き締め、二対のカットラスを抜いた。半月状の片刃の刀身がぼやけた明かりを受けて、静かに煌いた。

「だから今、俺はティナを全力で支えよう――!」

 鴉はポケットからティ=フォンを取り出し、スキルサポートデバイスを使用。
 スキル使用などの行動の効率を上げるプログラムが起動。それを肉体に反映させる為のデバイスをティ=フォンに接続。
 ティ=フォンの液晶にさまざまな文字が羅列され、プログラムを発動。鴉の全ての行動のサポートを開始した。
 身体が軽い。鴉は歴戦の防御術で立ち回りながら、正義の従士と戦うために疾走した。