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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 四章 剛毅の従士 前編

 刻命城、外苑の荒れ放題の花畑のすぐ近く。
 胴着を着用し黒い手袋を両手に嵌めた精悍な顔つきの青年――剛毅の従士。
 彼は自分のもとへいち早く辿りついた榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)に目を向けた。

「……おまえらだけか? オレの相手は」
「違うよ。他の人だってすぐにくるだろうけど。従士さんと一騎打ちがしたくて早めに来たんだ」
「一騎打ち、だと……?」

 剛毅の従士は朝斗の後方で待機するルシェンに視線を移した。
 ルシェンは彼の視線に気づいたのか、目を伏せ片手をひらひらと上げて答える。それは自分に戦う意思がない、というメッセージだ。

「一騎打ちか。オレも舐められたものだな」
「舐めてなんかいないよ。亡き城主への忠誠心、そして己自身が持つ誇りの為に戦う……その姿勢に敬意を表した、僕なりの行動だ」
「……おまえみたいな子供にオレが倒せるとでも?」
「戦いの場では男も女も、ましてや子供も関係ないさ。自分の信じる物が在るからこそ此処に立っているんだから」

 そう強く言い放った朝斗はエターナル・スピリッツを両手に装着し、構えをとる。
 その双拳に埋め込まれた宝玉は、朝斗の心に呼応して強く光る。それは力の象徴。自身が強者であることを示す輝きだ。

「これでもまだ、僕はあなたにとって取るに足らない相手か?」

 剛毅の従士を見つめる朝斗の双眸には強い意志が宿っている。
 それを見た剛毅の従士は息を飲み、先の先の構えを取った。

「……いいや。先ほどまでの暴言は全て撤回しよう。おまえ、名前は?」
「朝斗。榊 朝斗だ」
「朝斗か……いい名前だな。おまえのような強者にめぐり合えたことをオレは天に感謝しよう」

 剛毅の従士の言葉の終わりと同時に、まるで機を待っていたかのように一陣の強い風が吹いた。
 と、同時。二人の強者はお互いに向けて地を蹴り、駆けた。

「オレのスピードについてこれるか……?」

 剛毅の従士は魔法的な力場を足元に展開。強く踏み込み、一直線に朝斗へ突撃。
 負けじと朝斗も両脚に装備したシュタイフェブリーゼを用い、特殊な力場を展開した。
 前へと進むベクトルが増大し、風よりも早く疾走。ほぼ同じ速度で二人が交錯する――!

「……ッ!」

 小さく呻き声を上げたのは朝斗だった。
 行動予測で相手の攻撃を予測していたお陰で首の皮一枚で顔面に放たれた拳を回避。頬に拳圧で傷が生じる。

「おらぁぁァァッ!」

 猛々しい朝斗の咆哮が大気を震わせる。と、共に放たれたのはシュタイフェブリーゼ』の噴射を利用した蹴撃。
 至近距離で放たれたその蹴りを剛毅の従士は片方の腕で受け止める。が、推進力を増し威力を底上げした一撃に彼は吹っ飛ばされる。
 剛毅の従士は空中でバーストダッシュを用いて体勢を立て直す。そして、何事も無かったかのように地面に着地した。

「まだまだ……ッ!」

 朝斗はすかさずシュタイフェブリーゼの噴出による勢いを加えて蹴りを放った。
 シュタイフェブリーゼの推力が蹴りに付与するのは一瞬。それを朝斗は日々の訓練により培った肉体でバランスを崩さず実現。
 そして生まれた真空波は斬撃の如き鋭さを有して、剛毅の従士に襲いかかった。

「素晴らしい蹴りだ。だが」

 剛毅の従士は目を瞑り集中。そして拳の一点に闘気を溜めると、それを真空波に向けて振りぬいた。
 彼の拳から放たれた気の塊は真空波と衝突。二つの力は弾け拡散した衝撃波が、辺りに飛び散った。

「まだまだ甘いな」

 それを合図に二人はまた行動を開始。剛毅の従士は朝斗に接近すると同時に拳を振りぬく。朝斗はこれを辛うじて受け流す、が。
 剛毅の従士は続けて鬼神の如き猛々しさでラッシュを繰り出す。それは朝斗に行動をさせないため。

「どうした。防戦一方ではオレを倒すことは出来ないぞ?」
「そんなこと……分かってる……ッ!」

 一発いっぱつが必殺の威力の拳を朝斗は受け流し、回避し、朝斗は柔の動きで防御に徹する。
 朝斗は機が熟すのを待っていた。そして、やがてその時は訪れた。ラッシュをかわしつつ、覚えることに徹した剛毅の従士の呼吸の差異。
 剛毅の従士は拳を引くときに少しだけ息を吸い込む癖がある。

「ッ!?」
「――今だ!」

 朝斗は剛毅の従士が拳を引くのと同時に一歩踏み込む。

「様々な想いを受け取り、引き継いだ以上……僕だって負けられないさ。『柔と剛』の動き。これもその『想い』から得た僕なりの力でもあり戦い方だ……!」

 やっと訪れたチャンス。朝斗は拳を強く握り必殺の一撃を放つ。

「腕は銃身、拳は銃口、打撃は銃弾。疾風突き改め……銃拳『打突』ッ!」

 まるで銃の構造のように精密な動きから放たれた一撃は、人体の急所である剛毅の従士のみぞおちに炸裂。
 と、同時にまるで拳から力が弾けるかのような感覚と共に息も出来ない激痛が剛毅の従士の身体を巡りまわる。

「……が、はッ! おまえの必殺、受け……取った」

 だが、剛毅の従士は倒れない。身体をこれでもかというほど大きく捻り、拳を振りぬいた反動で動けない朝斗にむけて強く呟いた。
 
「ならば、オレも……同じく必殺の一撃で応えよう」

 剛毅の従士は拳を放つ。絶大な威力を乗せた一撃。心身の調和が取れたモンクのみが体得できる必殺の拳。
 則天去私。そう呼ばれるモンクにとって到達点である最高の技だ。
 朝斗はその直撃を受ける。何かが折れる重い音と共に、呻き声を洩らすことさえ許されず、大きく吹っ飛んだ。

「朝斗!」

 見守っていたルシェンが吹き飛ばされた朝斗のもとへとかけ寄る。呼びかけても返事は無かった。
 ルシェンは目の縁に涙を溜めて、キッと剛毅の従士を睨んだ。

「……死んではいない。骨が砕かれる音はしたが、命まで壊れる音はしなかった。気絶しているだけだろう。
 適切な処置を施せば、すぐにでも目を覚ます。さて――次はどいつが相手だ。おまえら全員か?」

 剛毅の従士は朝斗との戦いを終えて、いま自分のもとへと辿り着いた契約者たちに目をやった。
 その中で一歩踏み出し、手をあげて答えたのはギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)だ。

「次は俺様とサシで勝負してもらうぜ、剛毅の従士!」
「また一騎打ちか。……まぁいい。おまえらの目標はオレだけみたいだからな。これだけ引きつければ十分か――来い」
「ハッ、話が早くて助かるぜ」

 ギャドルは好戦的な笑みを浮かべて、剛毅の従士へと駆ける。
 互いの武器は同じ。さすればある程度相手の動きは読めるというもの。
 ギャドルはドラゴンアーツによる拳を放つ。そのドラゴン特有の怪力と身のこなしを組み合わせた一撃は、岩や壁を打ち抜くことができる。
 剛毅の従士もギャドルの一撃に合わせて、自らの腕を振りぬく。衝突した拳と拳は重い音をたて、互いの腕を跳ね上げた。

「ハッ、さっきの戦いと言い――やるねぇ、あんた」
「おまえこそ。オレの一撃を直に止めた奴なんて主以外見たことがない」

 二人は軽口を叩き、少し間合いを取る。そしてまた、ほぼ同時に踏み込んだ。

「オラオラオラァァーッ!」
「負けん……!」

 互いに放つのは等活地獄。鬼神の如き猛々しさを持った技だ。
 けたたましく鳴る音は拳と拳が強く衝突する異音。二人の連打は同じスピード、同じ威力を持ってぶつかり合った。

「これだよ、これ! 戦いってのはこんな風に熱くないといけねぇよなァッ!!」

 ギャドルが心底嬉しそうに口元を吊り上げて、咆哮する。
 同感だ、という風に剛毅の従士も口元を僅かに綻ばせて答えた。
 お互いに自らの拳のみで数多の戦いを潜り抜けてきた者同士。ラッシュを終えて、二人は大きく身体を捻り、思い切り右腕を振りぬいた。
 正面からの全力攻撃。僅かに地力で勝ったのは剛毅の従士だった。

「いい拳だ。だからこそ、これで終わらせる」

 右腕を弾き飛ばされ大きくよろめいたギャドルに、剛毅の従士は先ほど朝斗に放った必殺の一撃の構えをとる。
 体内に溜まりきったエネルギーを左の拳の一点に集中。放つのは自身の最高の技でもある則天去私。
 剛毅の従士はギャドルのがら空きとなった胴体に左腕を大きく振りかぶり――。

「そこまでじゃ」

 落ち着いた声と共に巻き起こった風が、剛毅の従士の行動を妨害した。
 ギャドルはその隙に間合いを取るために大きく跳躍。風を起こした本人であるパートナーのルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)の傍へ降り立つ。

「ここから先は共闘じゃ、ギャドル。満足したじゃろう?」
「なに? 共闘? ハッ、少しは楽しませてくれたしな。俺様の足を引っ張らねぇように気をつけろよ?」

 ルファンの言葉にギャドルは口元を吊り上げながら了承した。

「……その二人には楽しませてもらった。いち拳闘士として礼を言おう」

 そう言い小さく頭を下げた剛毅の従士は、拳をあわせ先の先の構えをとる。
 それを見て天神山 保名(てんじんやま・やすな)が、これから起こるであろう激闘に思いを馳せて嬉しそうな表情のまま名乗りをあげた。

「呵々! おぬしのような武人と戦えるとはワシはつくづく運がいい! だが、亡き主への忠誠心故に魂を縛られるとは……美徳じゃが憐れよ。
 ワシが主を解放しよう。――我が名は天神山保名! 白狐神拳の使い手じゃ! 主も名を名乗れい!」

 保名の呼びかけに応じ、剛毅の従士も叫んだ。

「オレに名前などはない。が、名乗る称号ぐらいなら持ち合わせている。――刻命城従士の一人、剛毅の従士だ」