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ぶらり途中テロの旅

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ぶらり途中テロの旅
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第一章


 機晶都市ヒラプニラ。
 普段は技術者や職人などの集まる山岳地帯だが、駅ではその様相とは違った光景が広がっていた。
 ラフな格好で談笑する者。大きな鞄を抱えた者。カメラを首に提げた者。中には三脚まで用意している者まで居る。
 なぜこのようなことになっているのか、その要因はすぐにわかった。ゴールデンウィーク真っ只中のヒラプニラの駅に、トラベラー憧れの的が滑り込んできたからだ。
「本物のSLだわ!」
 吉井 真理子(よしい・まりこ)は興奮を押さえきれず叫ぶ。
 速度を落としながら汽笛をあげ、前を横切る蒸気機関車。地球でもパラミタでも珍しいその姿を収めようと一斉に切られるシャッター。
「これに乗って旅行できるだなんて夢見たい! あっ、私も写真撮らなきゃ!」
 列車を正面からとらえるため駆け出す。煙がどうとか聞こえた気がしたが、有頂天の吉井さんには関係なかった。
 全速力で到達したホームの端。どこが良いかと見回すと、絶好のポジションに陣取る先客、鈴木 麦子(すずき・むぎこ)
 瞳を輝かせ一心不乱、停車して蒸気を吐き出す雄姿をフィルムに焼き付け、
「す、すごいですー! 写真でしか見たことないので感動です!」
 恍惚として嘆声をもらす。
 そのうっとりとした表情に、吉井さんははやる気持ちを抑えて少し大回り。向かうは麦子の隣。そこなら全景を収められ、彼女の邪魔になることはない。何事もマナーを守るのは大切である。
 たどり着くとすぐさまカメラを掲げ、激写を開始。二人のシャッター音が喜びを奏でる。
「旅の思い出が、また一ページ増えたわ」
 一頻り撮り終って隣を見ると、今度はビデオカメラを手にしている麦子。乗り込んでいく人たち、それを見送る光景も撮影している。本当に鉄道が好きなのだろう。
「『鉄子』って初めて見たわ」
 地球では鉄道ファンの女性を称する単語。麦子は紛れもなくその一人だ。
「あっ、そろそろ出発の時間だわ」
 時計を確認し、自分の乗り込む車両へ舞い戻る吉井さん。
 その道中、窓から車内を覗いて歓声をあげる、異様な外見の人物を見た。
「あらやだっ、著名な方がたくさんいらっしゃるじゃない!」
 口調、服装は女性のもの。しかし、中身はどう見ても男。その上、ナヨナヨした動きが気持ち悪さを増している。百合園の怪人こと、鍛冶 頓知(かじ・とんち)だった。
「カメラを持っている人も一杯だわ。これはツーショットを取って貰うチャンスよね!」
 早速とばかりに周囲を見渡す頓知。探すはカメラマンと被写体だ。
「か、関らないでおきましょ」
 そそくさと車内へ逃げ込む。賢明な判断。首を突っ込んでもろくな事がなさそうである。
 そして、毒牙は犠牲者を生む。
「まあ! あの方は桜井 静香(さくらい・しずか)さまね!」
「僕っ!?」
 乗車の順番待ちをしていた百合園の校長。不運極まりない。
 標的を定めると、一目散に駆け寄る頓知。腰をくねらせて走る姿は多数の人々の顔を歪ませる。もちろん、その矛先である静香も同様に。
「な、何なの!?」
「ボクの憧れなのよ! 一緒に写真を撮ってもらえないかしら!」
「だ、誰か、助けてっ!」
 迫力に動けず、咄嗟に叫び声を上げる静香。それに呼応し現れた巨大な影。
「おかしいわ。全然近づけないじゃない」
 頓知は懸命に足を動かすが、地を蹴る感触がない。
「もしかして、浮いてる?」
 訝しく思い背後を確認すると、グレイゴーストが服をつまみ上げていた。
「それ以上近づくと、解っているな?」
 搭乗者、佐野 和輝(さの・かずき)の警告が発せられる。
「ひ、ひえぇぇぇぇーーー」
 突如現れたイコンに、頓知はなすすべもない。
「どうかしましたか!?」
 ここまで騒がしくなれば、駅員や警備員も気付き、駆けつけてくる。そして、
「お前が元凶か! 今すぐこっちへ来い!」
「ボクはまだ何もしてないわよー!」
 警備員にしょっぴかれる頓知。
「ほら発車時刻だ。桜井、乗るぞ」
「う、うん」
 和輝に促され、乗車する静香。実際、何もしていない彼女(彼?)が少し可哀想な気がした。

――――

 ホームの端にて。
「さっさと歩け!」
「ボクは一緒に写真を撮ろうとしただけよ!」
「それだけでイコンを出されるはずがあるか!」
 後ろ手を取られ、駅員室へ連行中の頓知。抗議の内容は正しいのだが、聞き入れてもらえない。
 助けを求めてさまよわせる視線。
「ああ、麦子だわ! 助けてちょうだい!」
 そこには主の麦子がいたのだが、
「乗れないのは寂しいですから、せめて車体に手形だけでもつけておきましょう!」
 ペタリッと黒光りするボディに手形を刻んでいた。しかも場所は車両の先頭、機関部。
「おい、お前! 何をしている!」
「ひゃあっ! ご、ごめんなさい!」
 怒鳴り声へ反射的に謝ると涙が滲み出す。
「あううー、ぐすっ……お金が無くて乗れないんです……ちょっとくらいいいじゃないですか……」
「いいわけないだろ! お前もこっちへ来い!」
 襟首をつかまれ、大人しく従う麦子。
「うぅぅ……せっかくの蒸気機関車なのに……」
「静香さまとのツーショットが……」
「無駄口を叩くんじゃない!」
 二人には駅員室での説教が待っている。

――――

「まったく、人ごみを歩く時は特に注意してくれ」
「ごめんなさい」
 座席へ付いた静香に、和輝は苦言を呈した。
 ヒラプニラでの仕事を終え、帰路に就いた矢先の出来事。和輝はその護衛任務中だ。
「まあ、仕事も無事に終了、気が緩んでも仕方ないか」
 顎に手を当て思案する。
 帰り道とはいえ、珍しい蒸気機関車での旅行。大人しくしていろと言う方が酷ではないだろうか。
「アニス」
「和輝、どうしたの?」
 呼ばれたアニス・パラス(あにす・ぱらす)は首を傾げる。
「桜井と遊んでいいぞ」
「ふえ? 今日もお仕事じゃないの?」
「いつも仕事ばかりだからな。たまには息抜きも必要だ。今日くらいは大目に見るさ」
「遊んでいいの? やったー!」
 人の機微に敏感なアニスを傍に置いておけば、有事に先手を打つことができる。後はアニスが不安がらないよう、近くで見守っていればいい。打算的な考えだったのだが、両手を挙げて大喜びする無垢さに、多少罪悪感を覚えてしまう和輝。
「なんにしろ、最後まで何事もなければいいだけの話だ」
 ヴァイシャリーに着くその時まで、十分に楽しんでくれと、一歩下がった位置で武装確認。空の【飛装兵】に同じ車両に乗った【親衛隊員】。【優れた指揮官】は車内で事件など起こさせる気は微塵もなかった。
「それじゃ、何して遊ぼっか?」
 和輝の心情を知ってか知らでか、アニスは静香に輝いた目を向け、チクタク首を振る。
「ねえ、あたしも混ぜなさいよ」
 そこに話しかけるカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)。腕を組んで高圧的だが、視線はなぜか天井を見つめている。
 車内の空気が少し引き締まった。しかし、アニスは変わらず笑顔を浮かべたまま。
(大丈夫だ)
 和輝の右手が軽く上がると、その気配はすぐに治まる。
「誰?」
 アニスの質問に静香が答える。
「カノン・エルフィリアさんだよ。レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)さんと一緒に、今回の仕事のサポートとして同行してもらったんだ」
「へぇー、そうなんだ」
「高飛車な話し方ですまないな」
 肩に手を置き、レギオンは忠告する。
「カノン、クライアントの前だ。言葉遣いには気をつけるんだ」
「そ、そんなことわかってるよ!」
 食って掛かる物言いにやれやれと首を振るレギオンだが、静香は、
「僕は気にしないから。それより、一緒に遊ばない?」
 笑顔で誘う。
「そこまで言うなら、あ、遊んでやっても、いいわよ」
 ぎこちなく同意するカノン。本心は仲良くなりたくてたまらないのだろう。そっぽを向いた表情が破願していた。
「何して遊ぶか考えよう!」
 アニスの先導で話し合う三人。レギオンも考える。
「俺はどうするか……帰りは特にすることもないからな」
 警備は和輝が、静香はアニスとカノンが。そうなると――
「あら、わたくしのお相手は誰がしてくださるのかしら?」
 今まで会話に参加していなかったラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の相手が空いていた。
「拒否権は」
「あると思われますの?」
「だよなぁ……」
 どうして俺がと思うが、一応雇われの身。ほったらかすことは出来ない。
「それで、俺に何をしてほしいんだ?」
「わたくしが望むのは一点ですわ」
 扇子で口元を覆う。
「わたくしは、困っている静香さんを眺めていたいですわ。先ほどの様に」
 目を細め、静香を眺めるラズィーヤ。
「開放的になった結果、失敗する静香さん。これほどの楽しみはなくってよ」
「……恨むなら自分の境遇を恨めよ、桜井」
 気の毒に思うが、何もしてやれないレギオン。静香を見ると、アニスに腕を取られてせがまれている。
「そうだ! プール行こう、プール!」
「プ、プールはちょっと……」
 やんごとなき事情を抱える静香は渋る。その表情に嘆美するラズィーヤ。
「まあ、今の顔、素敵ですわ」
「でも、プールって出発してからしばらくは誰かが貸し切っているらしいじゃん? 泳ぐならその後だよ?」
「それなら別の場所かぁ……」
「あら、残念ですわ」
 カノンの情報で話が逸れ、ホッとする静香にラズィーヤは残念がる。
「桜井……不憫だ」
 レギオンは同情するしかなかった。

 その後、話がまとまり向かったのは車両内のカジノ。
 しかし、『世間知らず』『無邪気』『高飛車』、そんな三人が賭け事に向いているはずも無く。
『ま、負けた……』
 椅子に座って落ち込む三人。
「あらあら、本当に可愛らしいですわ」
 喜んでいたのはラズィーヤだけだった。