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第9章 デート あらぶるトラブル

「な、ナディムにわたくしのパフェを最初に食べる権利を差し上げますわっ!」
 尊大な口調とは裏腹に、スプーンを差し出す美雪の手は震えていた。

 ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)ら一行とデートすることになった美雪は、カフェに行きたいと主張した。
 アイドルとして大人っぽく売り出している美雪だが、実年齢はまだ13歳。
 大人びたデートに憧れるお年頃。
「一度で良いからお洒落なカフェに行ってみたかったのです!」
 という美雪の主張に、ナディムたちが異を唱えるはずもない。
 カフェに入って、一番最初に大きなチョコレートパフェを頼むのはあまり大人っぽい行為ではないかもしれないな、と美雪にそっくりなセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)は思ったが、それは言わないでおいた。
 一方、普段からマネージャーに、甘い物は制限されている美雪にしてみれば、これは大冒険。
 折角のデートだからと、ちょっとだけ羽目を外していつもなら絶対頼まない、店で一番甘そうなメニューを頼んでみたのだ。
 更に、美雪にはもう一つ野望があった。
「あーん」、だ。
 目の前の彼氏に、甘いものを「あーん」って言いながら食べさせてみるというその野望を、彼女は今、まさに果たそうとしていた。
 運ばれてきた甘い甘いパフェの、更に一番甘そうなチョコレートのたっぷりかかった一口目。
 そうっとスプーンですくい上げると、赤面しつつ、でも得意そうに嬉しそうに、ナディムに差し出す。
「な、ナディムにわたくしのパフェを最初に食べる権利を差し上げますわっ!」

 それと時を同じくして。
 ナディムや美雪と同行していたマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は、ふいに以前ナディムと交わした約束を思い出した。
(――そうだ、いつかナディムと一緒にクレープを食べるんだった!)
 そしてマーガレットが注文したのは、マロンクリームがたっぷり入ったモンブランミルクレープ。
(これもクレープの仲間っぽいし、いいよね)
 運ばれてきた美味しそうなミルクレープを一口大に切ると、ナディムの片腕に自分の腕を絡ませ密着して、ミルクレープを食べさせようとする。

 更に同時期に。
 ナディムから飲み物の注文を頼まれたセリーナは、店員お勧めの苺シェイクをチョイスした。
 『2人分』と頼んだつもりが、やって来たのは『2人用』。
 専用の大きな器にハート型のストローがひとつ。
 ひとつのストローなのに、飲み口はふたつの2人用。
 面白そうなストローなので、セリーナはナディムと一緒に飲むことにした。

 そしてナディムは、甘い物が苦手だった。
「あーん、ですわよ」
「はい、どうぞ!」
「ナディムちゃんは、こっちからねぇ」
「う……うぉおおお……」
 人からの好意を無碍にしてはいけないという心情のナディムにとって、今の状態はまさに天国ならぬ地獄。
 他人からどう見られようと、地獄。
 カフェの他の客からの冷たい視線を浴びながら、脂汗を流すナディムだった。

 そんなこんなでナディムが四苦八苦していた時、それは起こった。
 ころり。
 美雪の飲んでいた水の氷が転がって、彼女の胸元に入ったのだ。
「ひゃうっ!?」
 突然の刺激に、軽くパニックになる美雪。
「え、な、な、なんですのこれっ!?」
「落ち着け、美雪のお嬢さん。ただの氷だ」
「やぁっ、でもでも冷たいぃい! 取って、ナディム、取ってくださいっ!」
「へ!? いやでもそこは」
「いいから、早くぅうっ!」
 美雪の剣幕に押され、仕方なくナディムは彼女の控え目な胸元に手を伸ばす。
 服をつまみ、少し隙間を作ってその間に指を入れていく。
「あっ……」
 美雪の動きが、止まった。
「えーと、これは……」
「そ、それは違いますわぁああ!」
 美雪の大声が、店内に響き渡った。


「うらなうと、さん?」
「いや、違うって」
「せんと! せんとくんなのねー!」
「だから違うって……」
 春山 るみねとデートすることになった占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)は、困惑していた。
 片想いをしている高峰 結和(たかみね・ゆうわ)に頼まれ、しかもそれが彼女とそっくりなアイドルでは、断るはずもない。
「るみねちゃん、だっけ。どこに行きたい?」
「いつもあれしろこれしろってせかされてばかりで、疲れちゃったんです。自分のペースで、ゆっくり考えてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
「うふふ」
 嬉しそうな様子でふらふらと公園に歩みを進めるるみね。
 それを複雑な気持ちで眺めながら、後を追うだった。
「わぁ、わんこさんがたくさんいますー! あのね、触ってもいいですか?」
 歩いた先にあったのは、ドッグランだった。
 犬に向かって駆けだするみね。
「気をつけろよー……ったく」
 占卜大全は柵にもたれ、るみねを見守る。
 結和にそっくりな、しかしいつも彼女が占卜大全の前で見せないようなるみねの屈託のない笑顔を見ていると、何か調子が狂ってしまう。
 これは、何だろう。
 愛したい?
 襲いたい?
 いや。
 ……護って、あげたい?
 自分の中に生まれた新しい気持ちに、静かに戸惑う占卜大全。
 だから、るみねの顔が目の前まで近づいていたことに気が付かなかった。
「うわっ!?」
 占卜大全の大げさな反応に、満足そうにるみねは笑う。
「な、何だよ」
「ぼーっとして、好きな人のことでも考えていたんですか?」
「は、はぁ!?」
 普段ぽわわんとした様子のるみねの、唐突な鋭い言葉に盛大に慌てる占卜大全。
「もしかして、私とアイドルを代わってくれたあの……」
「い、いやいやいや……ってゆーかるみねちゃん、下! 犬!」
「え? ……きゃあっ」
 犬が、るみねのスカートを引っ張っていた。
「や、わんこさん、止めてくださいぃ……っ」
「あー、無理に引っ張ったら駄目だ」
「きゃ」
 犬に引っ張られ、るみねは眼鏡を落とす。
「ほら、大丈夫か?」
 占卜大全が落ちた眼鏡を拾おうと地面に屈みこんだその時!
「きゃうぅうっ!」
 びりびりびりっ。
 ぼふん。
(へ?)
 るみねのスカートが、裂けた。
 バランスを崩したるみねは転び、その先には占卜大全がしゃがんでいて……
「わ、わんこさんっ、駄目ぇえっ!」
(ごめんそれ犬じゃない!)
 るみねのスカートの中に顔を埋めた占卜大全は、心から謝罪するのだった。
 僅かな犬への感謝と共に。


「ありがとう。一度、こうゆうお店に入ってみたかったの」
「いえいえ。沙良殿が喜んでくれれば、それが一番です」
 ショッピングモール内の、小さなラーメン屋。
 沙良・サラーと戦部 小次郎はカウンターに並んでラーメンを注文していた。
 半日、ゆっくり沙良に付き合ってショッピングモールを回った小次郎は、少しずつ彼女の嗜好を理解していた。
 ごくごく普通の女の子。
 だが、事務所の方針により『ちょっとお嬢様』なキャラを演じなければいけなかった彼女は、普段は思うままに振る舞う事を許されず、他の子よりちょっと高級なお店だったり、レベルの高い日用品を身につけていなければいけなかった。
 だから今、ファンシーな雑貨だったりすべて均一値段の小物を見て回るのがとても楽しい。
 ついつい散財してしまったのにすごく安かったの! と驚く彼女に、知らず小次郎も笑顔が零れる。
 そろそろお昼にしましょうか、という小次郎に、沙良は恥ずかしそうに希望の店を提案した。
 そして。
「ふふ、ラーメンとライスがセットだなんて、面白い。餃子も頼んでいいかしら?」
「いくらでもお好きなだけ頼んでください」
「替え玉……って何かしら?」
「ああ、それは麺を全て食べてからですね……」
 珍しそうにメニューを見ていた沙良に、悲劇が起こった。
 つるっ。
 ばしゃん!
 店員が運んでいたラーメンが、滑って彼女の服に落ちた。
「きゃあつつつつつっ!」
「うわっ! すいません!!」
「さ……だ、大丈夫ですか」
 慌てて上着を脱ぐ沙良。
 しかし。
「沙良さんっ、服が……」
「あっ、しまった、インナー忘れてきちゃった!」
 上着の下は、下着だった。
 沙良の、雅羅に似た大きな胸が小次郎の目に飛び込む。
 上着を着ようとするが、熱くて着れない。
 かといって脱げない。
 慌てる沙良に、小次郎は自分の上着を着せる。
「あ、ありがとう……」
 しかし騒ぎはそれだけでは収まらなかった。
「今、沙良って言ってなかった?」
「そういえばあの子、KKY108の子に似てない……?」
 騒動で注目を集めてしまった沙良の正体が、周囲にバレつつある。
(まずい!)
 小次郎は慌ててカウンターに札を置くと、沙良を抱え上げる。
「親父さん、釣りはいりません!」
「え……?」
 沙良をお姫様抱っこしたまま、走り出した。