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リアクション
★ ★ ★
「ふふふふ、ここしばらくは、すっかり忘れていたわ。そうよ、わたくしは大魔王を目指して、世界を征服するはずだったのよ」
あらためて自らの野望に目覚めた日堂 真宵(にちどう・まよい)は、ひとまず大図書室に行くことにした。地図帳で、自分が征服すべき世界を確認しようというのである。
「まず、シャンバラ全土。当然、ここはわたくしの領地ですわよね」
さっき自分で作った、日堂真宵ハンコをぺたんと地図の上に押していく。
「ザンスカール!」
ぺったん!
「キマク!」
ぺったん!
「ヴァイシャリー!」
ぺったん!
「ちょっと、ハンコの音が喧嘩売ってるようにも聞こえるけど、今は許しといてやるわ。ヒラニプラ!」
ぺったん!
「ツァンダ!」
ぺったんこ!
「葦原島!」
ぺったんこ!
「空京!」
ぺったんこ!
「ついでに海京!」
ぺたんこ!
「ははは、もうシャンバラ王国は征服してやったわ。軽い軽い!」
腰に手を当てて、日堂真宵が高笑いをあげた。
「さあ、今度は、パラミタ大陸の征服よ!」
征服するも何も、ただハンコを押しているだけなのだが。
「はははは、順調順調!」
再びハンコを振り上げて本の地図に印をつけようとしたとき、凄まじい殺気を感じて日堂真宵は凍りついた。
「こ、この殺気は……、司書長……」
いきなり日堂真宵の頭の上に死亡フラグが目に見える形で立った。
「あー、そーいえばー、かれえをたべないとー、いけないんだったあー。ははははあ。いそがなぐっぢゃあー……」
ぎくしゃくした動きで大量の冷や汗をかきながら、日堂真宵が大図書室の入り口へとむかった。
「べーだ!」
大図書室を出たとたん、あかんべーをして日堂真宵は一目散に逃げだしていった。
★ ★ ★
「ふう。なんとか逃げ切ったわね。やーい」
数ある学生食堂の一つに逃げ込んで、日堂真宵はやっとほっと一息ついた。
「さあ、皆サーン、どんどんおかわりしてくだサーイ」
なんだか聞き慣れた声がする。また、アーサー・レイス(あーさー・れいす)がカレーの布教をしているみたいだ。
「何してんのよ」
「オー、いいところに来マシター。真宵も、盛りつけを手伝ってくだサーイ。こちらがスリランカのカレー、こっちがバングラディッシュのカレー、こちらがタイのカレー、あっちがハワイのカレーデース」
ずらりと並べた寸胴を自慢そうにアーサー・レイスが紹介する。物珍しさも手伝ってか、意外と学生たちにも好評のようだ。
中には、珍しくリン・ダージ(りん・だーじ)の姿もあった。
「あたしだって、いつまでもおこちゃまじゃないんだから。カレーなんてへっちゃらよー」
大見得を切って、リン・ダージがパクパクとカレーを食べていく。ちょっとだけ目尻に涙がにじんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「オー、ついにカレーを食べてくれたのですね。その心意気やよしデース。特別に、この特製カレーをサービスいたしマース!」
「どんとこーい!」
何やら赤いカレーをサフランライスに盛りつけるアーサー・レイスに対して、リン・ダージが胸を叩いた。
★ ★ ★
「なんていうか、無性に何かしたかったかのだよ」
「まっ、東雲が変なことをしだすのは、いつものことだぜ。でもな、なんなんだ、その変な編みぐるみは……」
なんだかちょっとへこんでいる五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)に、上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)が訊ねた。
いつ作ったのは分からないが、なんだか着ぐるみほどの大きさの編みぐるみが部屋の中に脱ぎ捨ててある。
見た目、奇妙な謎生物のような形をしているが、五百蔵東雲いわく、熊の編みぐるみのつもりだったそうである。
「その美的センス、驚嘆に値するぜ」
溜め息をつきながら、上杉三郎景虎が言った。
「まあ、そのできじゃあ、落ち込みたくもなるだろう」
「ううん、そこは問題じゃないんだよ」
五百蔵東雲の言葉に、問題じゃないのかよと上杉三郎景虎が心の中で叫んだ。
「この編みぐるみがあまりにもいいできだったんで、ちょっと中に入ってみたくなっちゃったんだよね。それで、これを着て世界樹の中を散歩してみたんだ」
「大胆だな。まさか、イルミンスールの七不思議をまた一つ増やそうとしたのじゃないだろうな」
変な噂でも立てられたらたまらないと、上杉三郎景虎が詮索した。
「こんなかわいい編みぐるみが、七不思議になるわけないじゃないか」
上杉三郎景虎の心配をまったく理解せずに、五百蔵東雲が言った。
「それどころか、あるゆる族の人のハートを射止めちゃったらしいんだ。でも、むこうは俺のことを、ステキなゆる族だと思っちゃったらしいんだよね。それが心苦しくて逃げてきちゃった」
「正解だ。これ以上揉め事を起こすな。中の人がばれた時点でどうなったことやら……ああ、恐ろしい」
よかったと、上杉三郎景虎が安堵の息をついた。
「で、結局、逃げる途中で編みぐるみが解けちゃった。途中で、カレーが爆発するし、何がなんだか……」
「もういい、忘れろ。その方が平和だ」
そう言って、上杉三郎景虎はカレー臭い編みぐるみをゴミ箱に捨てた。