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リアクション
★ ★ ★
「きゅう……」
「あら、リンちゃんったら、こんなところでなにをしているんですかあ?」
カレン・クレスティアから逃げてきたチャイ・セイロンが、通路のど真ん中で倒れているリン・ダージを見つけて驚いた。
「うーっ、辛いよー、ポンポン痛いよー」
どうやら、調子に乗って激辛カレーを食べてしまい、自爆したらしい。
「待っててくださあい、今、薬を……」
チャイ・セイロンが、取りだした胃薬をリン・ダージに飲ませようとしているところへ、アーサー・レイスと日堂真宵が寸胴いっぱいに入ったカレーを引きずりながらやってきた。
「さあ、まだまだあるわよ。食べてもらおうじゃない。世界征服の第一歩は、ゴチメイからよ!」
嬉々として、日堂真宵が迫ってくる。
その反対側からは、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に追いかけられて、編み目がほとんど崩れて顔が半分顕わになりかけた五百蔵東雲が走ってきた。
リン・ダージのそばに、全員がさしかかったときだった。日堂真宵の持っているカレーが爆発した。
周囲一面、激辛カレーが飛び散る。
「うぎゃあ!」
解けかけた編みぐるみがバリアとなった五百蔵東雲以外の全員が、カレーまみれになってのたうち回った。
ひらりと、一枚の紙が廊下に大の字に倒れてピクピクしている日堂真宵の上に舞い落ちた。
『本は大切に イルミンスール魔法学校大図書室一同』
★ ★ ★
「さあ、モンスターが現れた。どうする?」
マスタースクリーンを前にして、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が言った。
ここは、突如ゲームマスターに目覚めた悠久ノカナタが突発的に作ったイルミンスールゲーム同好会である。今日は、新作シナリオ『イルミンスールの迷宮』をプレイ中なのだが……。
プレイヤーは、たまさか通りかかった暇人のマサラ・アッサム(まさら・あっさむ)とペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)とビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)の三人だけである。
「ランスを構えて、チャージです!」
相手を確かめることもせず、ビュリ・ピュリティアが言った。
「仕方ないですね。では、攻撃の前に、パワーブレスをかけますね」
判定が行われる前に、ペコ・フラワリーがすかさず補助魔法をかけた。結構、手慣れている。
「はいはーい、ボクは……見てるよ」
「お前は遊び人か!」
「うん」
すかさず突っ込む悠久ノカナタに、あっさりとマサラ・アッサムが答えた。
「ランスで敵を蹴散らしましたー」
「これこれ、ちゃんと判定をせよ。敵を倒しましたですめば、マスターはいらぬ」
悠久ノカナタが、ビュリ・ピュリティアに言ってサイコロを振らせた。
ころころころ……。6。
「こちらは……3だな。敵は倒れた」
「わーい」
「じゃあ、アイテムをかっぱぐかな。魔法剣ゲットだあ」
傍観していたマサラ・アッサムがやっと動いた。どうやらローグなのか?
「ダイスチェック」
ころころころ……。
「1だよ」
「檜の棒を手に入れた」
「なんだよ、ボクは魔法剣ほしいのに……」
「ええい、お前たちは確定ロールしかできんのか!」
愚痴るマサラ・アッサムに、さすがに悠久ノカナタが切れかかる。どうにも進行がぎこちない。
「だいたいにして、ちゃんとしたパーティーを組むのであれば、後三人はほしいところだ。なんで、そこまで人数が集まらない!」
「宣伝不足ですね」
「まあ、宣伝不足だな」
「わーい、宣伝不足♪」
全員に突っ込まれて、悠久ノカナタか少しへこむ。
「次回セッションこそは……。いつか、パラミタ中で遊べるバラミタオンラインゲームを実現させてみせるぞぉ!」
野望は始まったばかりの悠久ノカナタであった。
★ ★ ★
「ベア、どうしたんですかあ?」
「んっ? ああ、御主人か」
宿り樹に果実でソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に声をかけられて、雪国ベアはふっと遠くを見つめた。なぜか、ちょっとカレー臭い。
「きょ、今日は、調子が悪いな」
そうつぶやくと、思い切りストロングのブラックコーヒーを一口啜って思わず咳き込みそうになる。
「ほんとに変です。何かあったのですか」
本気で心配して、ソア・ウェンボリスが訊ねた。
「あれは、俺様の青春だったのかもしれねえ……」
勝手に、雪国ベアが自分語りを始める。
「それは、ふわふわの編みぐるみのクマのゆる族だった。俺様は、その姿を見て、一目で惚れちまったんだ……」
「ベ、ベア。なんだかいつもと口調も少し違いますう!?」
戸惑うソア・ウェンボリスを無視して、雪国ベアが続けた。
「まるで、クレーンゲームの中に山積みになったたった二種類のゆるストラップのように、俺様たちは似合いだった。だから、俺様は声をかけようとしたんだ。だが、あの子は、そんな俺様の手をすり抜けていっちまいやがった。だから、俺様は、追いかけたさ。――うふふふふ、つかまえてご覧なさい。――ははは、こいつう」
「ミ、ミリアさん、お薬を、お薬を早く!!」
「しかし、別れは突然訪れた。カレーと共に、彼女は自爆しちまったんだ。なんで、自分のチャックを開けたかは分からないが、彼女は消えちまった。後に残ったのは、このカレー臭い糸が一本のみ……。そこで俺様は夢から覚めた。あれは夢だったんだ。そして、俺様は、いつまでも、夢を夢見るハンサムボーイだというわけ……って、おい、御主人。御主じーん。でてこーい!」
いつの間にかいなくなっていたソア・ウェンボリスを探して、雪国ベアは周囲をキョロキョロと見回した。
隅の方のテーブルで、豪奢な紫の鬣を持った竜娘が、そんな雪国ベアの姿を面白そうに眺めていた。