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老魔導師がまもるもの 後編

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老魔導師がまもるもの 後編

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6/そして封印を

「そう……そうですか。じゃあ、魔導師のお婆さん、意識が戻ったんですね?」
 もう既に何人、呪いに呑み込まれ暴走した相手を退けただろう。次の戦場へと向かう足を止めた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が和輝から受け取った通信は、素直に朗報と呼べるものだった。
 重傷を負った、正確な封印方法を唯一知る老婆の意識の回復。
 そしてそれにより伝えられた、封印の術式。必要としている情報を得られたことは、なににも代えがたい。
「教会の周囲四地点に、ありったけの力を注ぎ込む? ……同時に? はい、……はいっ」
 パートナーのノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)も、陽太の表情の変化を読み取り、顔を綻ばせる。
 教会の周りの、霊脈の流れに対し楔となる地点は四つ。
 そこに、同時に強大な魔力を打ち込んで、一時的に霊脈を遮断。大地のエネルギーをせき止め、逆流させる。
 呪律に汚染された霊脈の力が、教会の地下へと向かい遡ってきたところで、固定。その場に押しとどめ、呪いそのものとともに封印してしまう。
 それが、老婆の提示した方法。陽太たちのなすべき作業であり。
『決行はおおよそ十分後。今から座標を送る。チェックした地点に向かってほしい』
「了解です」
 通信機を仕舞い、ノーンと頷きあう。
 タイミングまでのカウントは既に始まっている。どこか一か所でも脆弱であれば、せき止められた霊脈は決壊してしまう。
「がんばろーね、おにーちゃん」
「ええ」
「ちょーっと待った!!」
「?」
 座標を確認し、歩き出そうとする二人を、闖入者の声が呼び止める。
  息切らせて走ってくるその人物は、高塚 陽介(たかつか・ようすけ)
「封印のやり方、わかったんだって!?」
 よほど急いだのだろう、肩を上下させる彼は、くい、と自分自身を親指を立てて指し示し、言う。
「俺も行く。俺のやる気、見せつけねーと」
「やる気?」
「本気ってことだよ。こっちの話だから気にすんな!」
 そして言うだけ言って、先頭に立ち走り出す。
「あ、ちょっと」
 どっちに行くかわかってるんですか? あちらはこちらを呼び止めたけれど、陽太の制止の声は彼には届かない。
「やれやれ、行きましょうか、ノーン」
「おー」
 仕方がないから、追いかける。幸い方角自体は間違ってはいない。
「なかなか、張り切ってるみたいですね」
 先を行く彼の背を見失わぬよう、ふたりもまた走り出す。

 それなりの距離を、走ってきたはずなのだが。
 残念ながらなかなかしぶといと言わざるを得ない。──そんな状況に刹那は内心、次の手を考え始めなくてはならなかった。
 荷物を抱えているとはいえ、追っ手はひとり。白髪のメイド……ウェイトレスだが、こうも撒けないとは。
「待ちなさいっ!」
 距離は、ほんの少しずつではあるけれど詰められはじめている。負傷者を背に抱えている分の、どうしようもないハンディの差だ。既に何本もの矢が、至近距離を掠めていった。そろそろ、避けならが逃げ続けるのも限界だろう。これ以上近づかれれば、いかに森林の中を疾駆しながらとはいえ相手も手練れ、命中させてくるに違いない。
 いっそ、逃げるのをやめるか。仕留めることを考えるか? その選択肢が脳裏をよぎる。

 すさまじい、わけのわからない悲鳴にかき消されたけれど。

「!?」
「な、なんですかっ!?」
 追う側、追われる側双方の歩みを止めるほど、その叫びは凄絶で。けれどどこか間が抜けていて。
「な……ミサイル!?」
 両者の間に、何発ものミサイルが着弾する。同時、ズタボロの男が焼け出されてくる。
 もはや立つこともままならないその男は、手近な支えを手さぐりに探し、ゆうこの身体そのものに辿り着く。
「ちょ、ちょっと! また、あなた……!!」
 にべにもなく払いのけられ崩れ落ちる男はそう、ハデスである。
「助け……お助け……」
 そうやって生じたチャンスを逃す刹那ではない。一気に跳躍し、木々の間を次々飛び移り、ゆうこの前から姿を眩ます。
「待ちなさい! ……ああ、もう、また邪魔を……あなたはいつもいつも!!」
 迫る、ミサイルの第二陣。ボロボロでゾンビのように迫ってくる男。それを狙ってか現れた、新たな敵。
 さしあたって、ゆうこはそれらの相手をせねばならなかった。



「彩夜っ」
 正確な、封印の地点が判明した。
 急がなくては──加夜たちとともにそこへ向かい走る彩夜は声を聞き、そちらに視線を向ける。
「おっす! 手伝いに来た!」
 そちらから、走ってくる影が三人分。シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)と、彼女のあとに続くフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)のペア。
「ちょーど、むこうの封印にまわってくれって指示があってさ。そっちも気をつけていけよ」
 並走しながら、シリウスが言う。
 木々の影から現れる黒づくめたちを、ベルクが、セルファが迎撃し、かかる火の粉を振り払っていく。
「……よかったな、ばあちゃん、無事で」
「──はい!」
 眼前に、無防備にも現れたやつには拳一閃。フレンディスとシリウスの拳が、仮面よ砕けよとばかりに叩き込まれる。
「──彩夜! こいつ、持ってけ!」
 ここで、一旦お別れだ。彩夜たちは、更にまっすぐ。シリウスたちはこの一帯を確保しなくてはならない。
 まだまだ、こいつら黒づくめの一党がいるのだ。封印の邪魔を、させないためにも。
「お守りだ! しっかりな!」
 投げ渡されたのは、蒼空の絆。
 両手に抱いて受け止めて、こくり頷いて。
 敬礼をするように二本指を軽く振るベルクや、彼とともに戦うフレンディスや。シリウスに、深々と頭を下げ、踵を返し彼らと分かれ行く。

 そうだ、やるんだ。
 お婆ちゃんの代わりに、わたしたちで。
 この呪いから皆を、開放するんだ。



「もう……やめろ! やめてくれっ!」
 紅坂 栄斗(こうさか・えいと)の後方では、封印の準備が進められている。
 そこを、邪魔させるわけにはいかない。
 パートナーの槍を、向けさせるわけにはいかないのだ。たとえ、自分の身を呈することになったとて。パートナーであるからこそ、ルーシャ・エルヴァンフェルト(るーしゃ・えるう゛ぁんふぇると)の槍を他人の血で汚すわけにはいかない。
「ルル……目を覚ましてくれ、ルル……っ!」
 黒髪の魔鎧はしかし、応じることなく無言のまま、無数の突きを繰り出すばかり。
 理性と引き換えに引き出された本能の獰猛さ、感覚の鋭敏さを以って、ルーシャは栄斗を攻め立てる。
 同じく槍使いとやりあう笠置 生駒(かさぎ・いこま)が、押される栄斗に気付き、振り返る。
「大丈夫!? 待って、今手伝いに……っ!」
「いい! これは俺たち自身の問題なんだっ!」
 自分と、ルルと。相棒である同士で決着をつけなくてはならない問題だから。
 それに生駒は生駒で、槍使いの黒づくめの相手をしながら、他にも無数の黒づくめたちも足止めをしている。
「じゃが! そのままではジリ貧じゃぞ! 意地を張らずにワシらと時間を稼げ!」
「ジョージ、そっち!」
 生駒とともに立ち回るジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)もまた、合流を促す。
 ありがたいことだ。そしてそれがなによりベストな選択だと、承知したうえで。
「いいんだ! 皆を守ることに専念して!」
 足許の草を踏みしめ、生駒の守る皆から離れるように両者はにらみ合い、駆ける。倒木を踏み台に空を舞い、刃と穂先とをぶつけ合って、また距離を置く。
「「!!」」
 その間を、一つの影が滑空し、横切る。
「パッシェムさん? どうしてここに!?」
 栄斗の、もうひとりのパートナー。守護天使、パッシェム・ウォウルガート(ぱっしぇむ・うぉうるがーと)
「こだわってるわりに苦戦してるみてーだねぇ、栄斗。ま、無理もないか」
 パッシェムは、栄斗の隣に降り立つ。
 向けるのは、ニカッとした笑み。片目でウインクをして見せながら、言う。
「手伝いがいらないってのは──俺でもそれはダメかい?」
 軽薄そうに言いながらも、しかし栄斗の肩に置かれた彼の掌は温かく、心の底から頼もしく感じられた。