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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

 敵対者としての男を攻撃しているカノコと、そして何処からともなくやってきて、暗闇の中、正確無比の攻撃を仕掛けている彼の攻撃からカノコを全力で守っているロクロは、息つく間もなく、絶えず動きまわっていた。
動きを止めない訳ではない。動きを止めれば即座に攻撃がやって来る。それはどうしようもない程に正確に。その一撃で簡単に命が削がれるだけの致命傷を狙う攻撃だった。
だから自然、彼女を守るロクロも、そして彼に守られているカノコも。精神的な疲労があった。
「何であの人あないはっきり攻撃出来るん? カノコ達があくせく働いてるいうんに、何であのけったいなお兄やんはしっかり休んでるん? 卑怯やぞぉー! がおー!」
 疲れを見せない為の虚勢。
相手に付け込まれない為の嘘。
カノコの出来る、最大限の防御手段。
しかし、武器を構える手は震え、走り続けた為に膝は笑っていた。もう立っているのがやっとな程に。
「カノコ……ボクたちこれ、勝ち目あるのかなぁ……」
 本当に困った。とばかりに呟くロクロの頬を、カノコが掴んで顔をずいと自分の顔の前に寄せたのは、それが喝を入れる行動に他ならないから、である。
「相手に疲れを見られたあかん。それが命取りになる相手なんよ……!」
「うにゃぁ……ごめん………」
「そういう事になるな。ああ、全く以て、それの言う通りだよ。俺様はしっかりとお前たちの動きを見ている。恐怖を感じ、虚偽を知り、そして姿を知っている。この意味がわかるだろう? どうだ? 自分以外が、自分の心臓を握っていると言うこの空気。相手に自分の心臓を触れられているという感覚は」
 男の持っているのは鎌だった。カノコとロクロの首筋に、それがゆっくりと回って行く。
大きく開いた腕の様に、親友の証として交わす肩組の様に。その鎌は二人の首元に回り込み、すかさず彼等の動作を奪ってしまう。
「愉快だろう? 楽しいだろう。君たちの持つ全てを持ってしたところで、暗闇の中にいる俺様達には敵うまい、“神々に愛された憎悪される子供等”よ。神々に好かれると言う事は、光と闇の中に共存できる術を失い、光にのみ寄りかかると言う事それそのままの事になり下がる訳だ。本当に可哀想だと思うよ。神など所詮はペテン師だと言うのに」
「自分が言うな! ペテン師はどっちや!」
「おっと。それ以上動くと寿命が縮む。それはあんまりに面白くないだろう? ただでさえ、詰まらないと言うのに」
 口調は弾んでいるが、表情は至極詰まらなそうだった彼。その彼の首元に、新たな刃が光を放つ。
「どうでも良いけど、いい加減彼女を離してくれるかな。大事な友達、なんだよね」
「ほう……」
 男の瞳が僅かに光った。
その刃の先。その刃の出所を探す為に視線を宙に泳がせるが、背後を取られている為に彼にはそれが誰なのかがわからない。
「三月ちゃん……出来ればカノコさんも、ロクロさんも、早く回復した方が良いよね……」
「そうだね、体力ではなく気持ちの上での休養が必要かもしれない。だからまず、二人を自由にして貰わなきゃいけないでしょ?」
 杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)。心配そうに見つめる柚と、完全に男の背後を取った三月。手にする刃か即ち、三月から伸びていた。
「それで、俺の後ろを取ったつもりか?」
「事実取ってるからね、それにしても君、どうにもウォウルさんにそっくり過ぎる気がするんだけど、何? 血縁者?」
「まただな。ウォウル、ウォウル。それは本当に俺様に似ているのか、僅かばかりではあるが興味深いな」
 男は言いながら、自分が持っている鎌の、刃の無い部分、槍で言えば石突の部分で三月の持つ刃をゆっくりずらし、そして彼の戦闘領域から離脱していた。
「三月ちゃん!?」
「……大丈夫だよ。逃げられただけだ。それより柚、早く二人に回復を!」
「わかった!」
 再び詰まらなそうな顔を浮かべるその男に、今度ははっきりと対峙した形でもって三月が声を上げる。
「あなたは誰なの? 敵だと言うのはわかるけど、だけどそれ以外の目星がつかない。全く見当がつかないんだ」
「生憎だが言葉はないのだよ。残念だが、それは俺様にも言える事なのだよ」
 手にする鎌を地面に穿ち、両手を自由にした彼は高らかに笑った。
「人間。お前たちは俺様の様な存在を不気味に思うか?」
 問われた事に対し、暫くの間を持った三月は一度だけ頷いた。警戒したままの笑顔で以て。
「そうだろうな。でも、ならば少しは、下等な人間にもわかるだろう。俺様たちからすれば、人間やその眷属であるお前たちの方がよほど気味が悪い。おまけに気分まで悪くなるときたものだ。人間どもが恐怖する事は、あくまでも表面的で直線的な恐怖に過ぎず、しかし本質として最も奇異され、畏れられるはお前ら人間なんじゃないのか? たまにいるだろう? 存在そのものが微妙で、存在そのものが不安定で、存在そのものが不愉快極まりない存在が」
 三月は返事を返さない。武器を構えたまま、切っ先を向けたままに、その言葉の続きを待った。
「そうだとも。人間、今お前が考えた“それ”だよ。人間」
 しかし男は、三月が何を思ったのかを決めつけたままに話を進める。
「良いじゃないか。それはそれとして事実だ。だから、本質的に恐ろしのは、偽善と欺瞞を振りかざし、神やら何にやらに理由と原因と結論の終末を望み、あまつさえ責任を転嫁しているお前たち人間なのだよ」
 詰まらなそうな顔が一変し、悪そうな笑顔に変わる。
「お前が守ろうとしているそれは、果たして本当の物なのか? 嘘偽りはないのか? そこに欺瞞は? そこに偽善は? そこに真意は? そう。知らんだろうさ。それを自己解釈の名のもと、利己的で自己満足的で保守的な思考にすり替える人間にすれば、そしてその眷属たる存在であるならば、初めからそんな疑問は生まれない。そんな旗は立つわけがない。だってそうだろう? 立ったらお前たちは折れてしまう。信じてきたもの。信じている物が音を立てて崩れ去る。無様な物だ」
「違う――違うよ」
 三月の後ろ。声がした。
「私は本当に、皆が幸せになれば良いと思う。みんなが困っていたら、助けたいなって思う。だからそれは違うよ。疑えないんじゃない。疑わないんだよ。私はそう確信しているもの」
 柚の言葉だった。
「誰もが思う事もある。でも、信じなきゃ始まらない事だって、中にはあるんだよ。そうでしょ、三月ちゃん」
 決して後ろを振り向かず、背中を向ける三月はしかし、にやりと笑って返事を返した。
力強く一度頷き、そして一言返すのだ。

「そうだよ。柚」

 男への初撃。踏み込む彼は、限界まで体を小さくしながら、敵の懐へと潜り込む。
「そう。あなたたちが何者かは知らないけれど、これだけは言えるね」
 薙ぎ払い、敵を捕らえる軌道を描いた彼の切っ先は、空を切ってしかいない。が、あらかじめ予想していたのだろう彼は別段驚きもなく、言葉を続ける。
「見た目はウォウルさんにそっくりだけど、あなたは彼とは全然違う。人間はね、あなたが思っている以上に強い物だと、僕はそう思うんだ」
 男の表情が本当に一瞬だけ、苦悶に満ちたものとなった。