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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

 一同が楽器の演奏をしてみたり、将又他愛もない話しをしていたり、という中で、彼はぼんやりと部屋の中を見回していた。
勿論、特別何が変化する訳でもなく、何が変化したわけでもなく、彼としては何を感じる事もない、ただただ賑やかな部屋の中。
そんな彼が突然顔を上げたのは、自分が座っている椅子の近く。廊下と部屋との隔たりである筈の扉の向こうから、物音が聞こえたからだ。人の話し声の様な、ただの物音の様な、どちらとも取れない様な音はしかし、確実に彼等の居る部屋へと近付いていた。
 扉が開くタイミングと同時に、彼――ドゥング・ヴァン・レーベリヒの首筋に衝撃が伝わる。
「きゃー! ドゥングー! おっひさー!」
 叫び声にも似た声。悲鳴のような、歓喜の様な声。声の主は、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)。思い切り彼の首元に両腕を撒きつけ、体当たりよろしく彼に抱き着いていた。
「……何だい、あんたかい」
「んー、連れない態度ねぇ」
「酔ってんのか?」
「まっさか! これで酔ってる様に見える?」
「ああ、見えるよ……それより何の騒ぎだ。いきなり部屋に入って来るなりそれはねぇだろう? ほら、見てみろ。みんな白い目で見てる。ああ、俺じゃあねぇよ、俺じゃあねぇ。こいつだこいつ」
 随分と疲れた様な表情を浮かべながら、抱き着いているリーラを指差すドゥング。
「良かったわね、黒猫。あなたの様な下劣なクソ猫に魅力を感じてくれる心根の優しい女性がいて」
「……それどういう意味よ」
 リーラがドゥングから離れ、ラナロックの近くに詰め寄る。
「別にどうでもいいんだけどさ、あんたそう言えば毎回ドゥングの事を『クソ猫』とか呼ぶけど、何なの?」
「え?」
 これは流石に、ラナロックも驚いたらしい。
「あんた、何様?」
「あの、その……えっ?」
「リーラ!」
 かなり意外な反応が返ってきたからだろう。リーラに詰め寄られ困惑しているラナロックを助けたのは、後から部屋に入ってきたリーラのパートナー、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だった。
「すまないな、ラナ」
「あの、いえ……」
「リーラ。今日は此処に何しに来たか分かってるんだろう?」
「ドゥングで遊びに来たのよ」
 胸を張り、悪びれもせずに言い切った。
リーラの言葉に頭を抱えたのは、真司とドゥングの二名。と、今度はドゥングに向いてリーラが声を上げる。
「第一ね、ドゥングもドゥングよ! 好き放題言わせてるから、あんたいつまでたっても『クソ猫』呼ばわりなのよ! わかった? 男ならもっとがつんと言ってやんなさいっての!」
「いや、いや待てよ……。俺は毎回訂正いれてるしだな、何も好き放題御言わせてる訳じゃ……」
 彼の言葉もお構いなし。彼女は更に声を荒げた。
「ダメダメ! そんな意志なんかじゃ全然駄目! 全くだめ! 通じてないんだから意味ないじゃない!」
「おいリーラ。色々突っ込みどころが満載過ぎるから一個ずつ言うけどな? いきなり話を散らかすお前がまず悪い」
「はっ!?」
 慌てて話しに割って入ってきた真司に向かい、彼女は本気で「何を言ってるの?」と言った体のまま声を上げる。
「私が何をしに来たっていいじゃない!」
「いや、普段ならいい。普段ならいいけど、今このタイミングですべき事ってのが、あるだろ?」
「ない!」
「いやある! 胸張って『ない!』とか即答すんな!」
「うわーん、ドゥング! 真司がいじめるわ!」
 再び彼に抱き着くリーラ。もう真司もドゥングも彼女のテンションにはタジタジだった。
「何だか修羅場な感じがするワっ! って事で皆様、ご機嫌よう」
 部屋の中、若干収集がつかなくなりつつあるその状況で現れたのは、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)。どうやら彼女の表情からするに、この事態を理解したうえでは言って来たらしかった。
「あのですね、シオン君。色々と立て込んでる時にワザと登場するのはいい加減にしないと……その内飛び火して痛い目に遭いますよ?」
月詠 司(つくよみ・つかさ)が彼女をなだめる様にして言うが、こちらの御嬢さんもやっぱりそんな事は意に介す事もなく、話を続ける。
「どうやら楽器が再び盗まれる、と言う様な話を聞きまして、急遽お手伝いに来たの。そうでしょう? イブ」
 完全に開いていないドアの陰、イブ・アムネシア(いぶ・あむねしあ)が半分顔を出しながら部屋を覗きこんでいる。が、もうドゥングを見つけた瞬間のイブの表情の膠着っぷりは半端なかった。
「と言う訳で、イブがあんな調子だから困っちゃうから、ワタシたちもドゥングと同行して、あの子が『ドゥング恐怖症』をついでに克服出来たら、と考えているの。ねぇ? ツカサ」
「いや、わざとらしい笑みを浮かべても説得力ないですから。でもまあ、これ以上この子がドゥングさんを怖がっているのは、あの子にもドゥングさんにも可愛そうなので、そろそろ直して貰いたいのは事実です」
 シオンの言葉に苦笑しながら頷く司。
「ドゥング……あんた何したのよ。あんな可愛らしい子に何したのよ!」
「何もしてねぇよ……って言うか苦しいっつの。首が絞まんだよ」
「当たり前でしょ首絞めてんだから! てか首太いわねあんた!」
「リーラ……! いい加減離してやれ。暑苦しいぞ……」
 ドゥングに抱き着くリーラを引き離そうと懸命に真司がリーラを引っ張るが、一向に離れようとはしない彼女。
「……これは一体、なんだろうか」
「コア……手ぇ、貸してあげたら?」
 冷静に話を見ていたコアがラブの言葉に頷き、リーラを羽交い絞めにしてドゥングから引き離す。
「こ、こら! 暴れるな!」
「煩いわね! 別に私が誰のどこに引っ付こうが勝手じゃないのさ! もう!」
 じたばたともがく彼女を余所に、小刻みに震えながらドゥングを見つめるイブと、不思議そうな顔でその様子を見るドゥング。
「なあ……なんで俺、そんなにお前さんに怖がられてんだ?」
「ひぃっ!」
 悲鳴をあげられるドゥング。やっぱり少し傷ついたらしく、苦笑しながらに額を掻いた。
「楽器の防衛はしっかりとお手伝いさせていただきますので、ご安心を」
「あ……はい。あの、ありがとうございます」
 本当にこの状況の意味がわからないのか、ラナロックが不思議そうに返事を返していた。
「ドゥング……」
 と、真司が彼にのみ聞こえる様な声で、その名を呼ぶ。
「ん? どうした?」
「すまんな、リーラの奴。何かにつけてお前に張り付くかもしれんが、まあ今回は勘弁してやってくれ」
「……ああ、良いよ。別にあのお姉ちゃんが怪我さえしなきゃあそれでよ」
 言いながら懐から一本煙草をつまみ、口に咥えて火をつけようとした瞬間――銃声がした。
「こらクソ猫。誰の許しがあって人ん家で勝手に煙草なんて吸うんだよ馬鹿野郎」
「………」
 ラナロック。
「大体何で此処まで勝手に入って来てんだよ。野良は大人しく家の外で餌でも見つけて食ってりゃ――」
「あ! こら! リーラ!」
 羽交い絞めにしていたコアの声が聞え、ラナロックの首が思い切り横へと回る。リーラが蹴り飛ばしていた。
「こらこら、すぐに武力に物を言わせて解決させようとするんじゃないわよ。ラナロックちゃん」
 悪戯っぽく笑うリーラの言葉が、完全な敵意を持って発せられていた。
「……お前が言うな」
 これには本当に困ったらしく、真司が頭を抱えて一層深々とため息をつくのだ。
「お前も大変だな……」
「お互いにな……」
 この瞬間、真司とドゥングは互いに対し、本当の理解者になっていたとか、いないとか。