なし

リアクション

モヒカンと無法者の町のお話【２】


「……なるほど。これが持つものと持たざるものの差……。格差社会というわけか……」
　一足先に敵のアジトに侵入していた柊　恭也（ひいらぎ・きょうや）は、内部の有様に眉をひそめながら心の中で呟いた。
　ボロボロの建物内には、武装したモヒカンたちが思い思いにたむろしていた。劣悪な環境、辺りに漂う下品な空気。
　一方で、楽しいバカンスを満喫している者たちもいるというのに、この差はなんなのだろう。
　そう、全ては格差社会が生み出した悲しい事件なのだ。
「美緒が心配すぎる……」
　みすみと共に旅をしていながら一人モヒカンにさらわれてしまった泉　美緒（いずみ・みお）の身の安全を案じて、彼はいてもたってもいられずに真っ先に彼女の救出に駆けつけてきていた。
　光学迷彩を使って見つからないようにこのアジトに潜入し、銃型ＨＣ弐式の生命探知機能にディテクトエビルを併用して擬似レーダーとして運用しながら探索して行く。周囲のモヒカンたちは彼の侵入に気づいていない。今のところ上手く奥へと進むことが出来ている。一刻も早く美緒を助け出さなければ、どんな目にあっていることやら……。
　恭也は考える。無意識のうちにグビリと唾を飲み込んでいた。
　美緒だけが捕まり、みすみが解放された？　その理由は何……？
「格差社会、か……。どことは言わないが……」
　不毛な大地に現れたたわわな実り。豊満で芳醇でみずみずしい果実を見つけた野獣たちは、本能の赴くままに美緒を収穫したに違いないのだ。その美味を堪能するために……。
「け、けしからん」
　はやる気持ちを抑えながら、恭也は囚われの身となっている美緒を探す。
　スパイ映画の主人公のように巧みに身を潜め、機をうかがっていた彼は、ややあって一人のモヒカンに狙いをつけた。こいつから美緒の居場所を聞き出すのだ。
　持ち場を離れ休憩していたらしいモヒカンの背後に回りこみ、羽交い絞めにして容赦なく銃を突きつける。
「たわわに実ったお姫様はどこだ！？」
「……ぐあっ！？」
「三秒以内に吐かないと、おまえは土に帰ることになる。代わりならいくらでもいるんだ」
「あ、あのおっぱい女のことか……。く、詳しくは知らねえが、キングが連れて行った……」
　恭也のあまりの迫力に、モヒカンは震えだす。本気で亡き者にされると思ったらしく、あっさりと口を割った。
「だが多分……、豊作の生贄としてどこかに捧げてあるだろう……。俺たちの部族の風習だ……」
「そうか……」
　どうやらこいつは下っ端らしい。これ以上、もうこのモヒカンは何も知らないと判断した恭也は、相手を雷術で気絶させ、邪魔にならない位置に用意してあった段ボールで梱包して偽装してその場を離れる。
「生贄とは、何をする気だ……。あんなことやこんなことをする気ではあるまいなー」
　ぐぬぬ……もはや一刻の猶予もない、とばかりに恭也は先を急ぐ。
　後は今の情報と擬似レーダー、そしてペットのオルトロスジュニアに美緒の匂いを辿らせて、彼女を見つけ出すのだ。なに、心配は要らない。美緒の匂いは、すでにインプット済みだぜヒャッハー！　

　早起きは三文の得。先んじては人を制す。
　その言葉どおり、危険を顧みず我先にと敵地に飛び込んでいった恭也はもはや無双状態だった。これも愛の成せるわざだろうか……。
「待たせたな」
　群がるモヒカンたちをかいくぐり、美緒の匂いをたどって廃屋の最上階にたどり着いた恭也は、重い扉を開く。
　そこは、生贄の間。あたり一面にまがまがしい紋章と巨大な魔法陣の描かれた儀式の空間に、美緒は囚われていた。
　十字架に磔にされ意識は失っているようだが、それ以外は無事らしい。
「よぉ、まだ無事かいお嬢様？」
　両手足を拘束してあった戒めを解くと、美緒はぐったりと恭也にもたれかかってくる。甘い吐息、たおやかな温もりを保つ柔らかな肌……。
「あ……」　
　とかすかに声を上げて、美緒は薄目を開ける。恭也の姿を認めると、小さく感謝の笑みを浮かべた。
「よく頑張ったな。さあ、帰ろうか……俺と一緒に……」
　恭也は優しく声をかけながら、美緒をお姫様抱っこで抱き上げた。
　頬を染め恥ずかしそうな美緒と目が合う。まさにヒーローのごとき独断場。彼の至福のときであった。
「ヒャッハー！　そうはさせねえぜ！」
　と……。武器を持ったモヒカンたちが、事態を察して部屋になだれ込んでくる。美緒を連れ帰ろうとする恭也に襲いかかってきた。
「おのれ、侵入者め！　ぶっ殺してやる！　全員かかれ！」
「はっはー！　お姫様は頂いてくぜモヒカン共！　こいつはその代金だ！　我は射す光の閃刃！」
　恭也は美緒を抱いたまま飛び上がると、かっこよく悪党どもにスキルを放った。
　聖なる光が辺りを包み込む。二人を祝福するかのように……。

　 という夢を見たのさ。
　
　ドオオオオオンッッ！
　という轟音と共に、恭也の周囲が爆発したのは事実だった。
　嗅覚を頼りに美緒の囚われている部屋の扉を開けようとしていた（ここまで戻る）恭也は、突如空から降ってきた無差別攻撃に襲われ、壁ごと吹っ飛んだ。
　爆煙と粉砕された瓦礫に飲み込まれ、彼はきりもみしながら落下して行った。
『落ちる男』柊　恭也――。その後、この島で彼の姿を見た者はいなかったが、きっと満足げな笑みを浮かべていたことだろう……。

　ところで。
「よし、命中したわね。……意外に到着が早かったじゃない」
　悪党どもの住むアジトの一つを見事爆砕したのは、『天空騎士』と畏れられるタシガン空峡の義賊、リネン・エルフト（りねん・えるふと）だった。
　彼女は、招待状を受け取ってこの島にバカンスに来ていたものの、幾分懐疑的であった。悪党どもの噂を聞きつけ、これはさすがに異常事態ということで行動前に状況確認をし、慎重に分析を行っていたのだ。疑惑が確信に至っては、リネンにためらいはなかった。
　もとより悪党どもをのさばらせておくつもりなど毛頭ない。
　周囲に携帯や無線で連絡がつくことがわかった彼女は、スキル『ガンファイア・サポート』で空賊船に援護を要請し、即座に攻撃を行ったのだ。
「……連絡がついたわ。露払いは任せて」
「素晴らしい手際だな。だが、今あの建物の中に誰かいたような気がするぞ」
　言ったのは、リネンの呼んだ空賊船とともにモヒカン討伐にやってきたフィーア・四条（ふぃーあ・しじょう）であった。彼女もまた、空賊である。
「美緒のこと？　彼女はまぁ、大丈夫でしょ。あれでも契約者だし、強いパートナーもついているんだから」
　美緒にあまり好感情を抱いていないリネンは余裕でスルーだった。放っておいてもきっと誰かが助けるだろうということで、問題なくあたりを焼き払うことにする。
ドーーンッッ！
　恭也が真っ先にかぎつけ、美緒が囚われていたらしい建物は、リネンが呼んだ空賊船の絨毯爆撃で綺麗すっきり更地になっていた。
「さあ、これで周辺のモヒカンはいなくなったことだし、後から来た人たちも安心してこの町に入ることが出来るようになったわね」
　とてもいい仕事をした表情でリネンは頷く。
「もしかして、胸に対抗意識を燃やしているのか？　胸なんて小さくていいじゃないかー」
　力強く励ますフィーアに、リネンはフッと微笑む。
「問題外。私の胸と比べていいのはフリューネのだけよ」
　まあ、今ここに登場しない人物について論じても仕方がない。リネンは気にした様子もなく、町の奥へと進んでいった。
「悪い子はいねーがー」
　フィーアも更なるモヒカンたちを追って、いずこかへ消えていった。
　心強い仲間たち。事態は……案外すんなりと片付きそうだった。


　さて、その頃……。
「たいへんだったね、みすみちゃん。でも私たちが来たからにはもう大丈夫よ」
　バカンスもそこそこに切り上げて美緒の救出にやってきた遠野　歌菜（とおの・かな）は、早くもみすみや乱世たちと共に、モヒカンたちが根城とするアジトに侵入していた。
　乱世やみすみはスキルで気配を消し、歌菜もまた【ベルフラマント】を用いているため、すんなりと内部に入り込むことに成功していた。
「美緒さんが捕まったのは、みすみちゃんのせいじゃないんだから落ち込んじゃだめよ。彼女はきっと無事だし、上手く助け出して事件を解決して、一緒に種もみを植えてみようね」
　なんでも、農作物がよく実る土があるんだって？　と好奇心を露にする歌菜。
「うん、ありがとう。土の話は……私も噂で聞いたことがあるだけでよく知らないんだけどね」
　みすみは、助けが来てくれたことでほっとしたような表情になった。
「救出ももちろん大切だが、そうなった理由も気になるな。バカンス気分は抜いて、慎重に取り掛かったほうがいい」
　歌菜のパートナーの月崎　羽純（つきざき・はすみ）は、ずいずいと先を進んで行く元気のいい仲間たちを少々押しとどめるような口調で言った。彼自身は【迷彩塗装】で気配を消し【殺気看破】で敵を警戒して進んではいるものの、モヒカンは想像以上にたくさんいる。今のところ、奴らはこちらに気づいていないが、あまりぺちゃくちゃ喋って浮かれていると、すぐに気づかれるだろう。
「美緒が心配すぎるわ……」
　彼方を眺めていたルカルカ・ルー（るかるか・るー）が驚いた様子で目を丸くした。
「なにあれ？　向こうですごい爆発があったんだけど。……っていうか、空賊船が来てなかった？　何をやらかしたのよ、あいつら……」
「まあ、確かに彼女の気配はあちらの方から察知できていたな」
　きっとあそこにいたのだろう、と美緒の行方を探っていたダリル・ガイザック（だりる・がいざっく）は、肩をすくめる。
「急襲されたモヒカンたちが慌てふためいているな。陣形が崩れたところを狙って奥へ進んでみるか。大王土とやらもそっちにあるかもしれないしな」
「何をのんきなことを言っているの。美緒を助けるのが先でしょ」
　ルカルカは珍しくダリルをたしなめるように口調を変えて言った。友達と思う美緒を心の底から心配している表情だ。
「この島や土の謎を解かないと彼女は解放されないかもしれない。あらゆる可能性を考えることが重要だ」
「ダリル……ちょっと冷たくない？　美緒は攫われ体質とはいえか弱い女の子なのよ。いつもどれだけ心細い思いをしていると思っているの？　私たちが早く行ってあげないと、誰が彼女を助けるのよ。ましてやあの爆撃に巻き込まれていたら……」
「俺が心配すれば美緒が助かるなら幾らでも心配して見せるが？」
　気色ばむルカルカをかわすようにダリルは言って、ゆっくりと歩みを進める。じっと地面を見つめる眼差しは、何かを探しているようだった。
「例の大王土とやらのことか？　それならモヒカンに聞いた方が早いかもしれない」
　ダリルと共に落ち着いた様子で羽純は言いつつ、地面を靴先で弄りまわしてみる。
「……確かに、わずかだが踏みしめる感触が違うな。この島の土は全て特殊なのか？」
「持ち帰って分析してみないと断言は出来ないが、興味深い形状なのは確かだ」
　あろうことか、その場に立ち止まり分析を始めるダリル。すっとぼけているわけでも救出を忘れているわけでもない。謎解きが好きなのだ。科学の探求は惹かれるものがあった。ルカルカは怒ったような表情で身を翻す。
「あっきれた。……行こう、歌菜。モヒカンなんか私たちだけで十分よ」
「悪気があってやってるわけじゃないと思うんだけど……」
　歌菜は、苦笑ぎみにルカルカをなだめる。
　彼女たちは、慎重かつ大胆にモヒカンたちを蹴散らし、目的地へと進んで行く……。

○
　
　一方……。
「ヒャッハー！　やつらなんてことしやがるんだ、俺様の嫁によ！」
　美緒が閉じ込められていた部屋。
　突如飛来した空賊船が建物ごとモヒカンたちを吹き飛ばす寸前、凄まじい勢いで動いた人影があった。渦巻く炎と崩れ落ちる瓦礫をかき分け、美緒を助け出していたのは、なんとあの波羅蜜多実業高等学校のピンクモヒカンゲブー・オブイン（げぶー・おぶいん）だった。
　おっぱいをこよなく愛しおっぱいを求めて彷徨していた彼は、見知らぬ島で見知らぬモヒカンたちと遭遇していた。どうして彼がここに現れたのか？　素敵なおっぱい臭がしたからだ、それで説明がつく。なんだかモヒカン同士意気投合してこの町に一緒についてくると、なんと少し前にプールでおっぱいを揉んだ美緒がいるではないか。
　おっぱいを揉んだ女の子は、全て俺様の嫁。それが彼のゆるぎないポリシーだった。
　モヒカンたちに導かれ、美緒が閉じ込められている生贄の儀式の間に現れたゲブーは、俺様の嫁との再会に歓喜した。
　ああ美緒っぱい。なんと重そうなことだろう。
　これは、みおっぱいを支える肩をモミモミほぐしたり、オイルマッサージをしてやらねばなるまい。ゲブーが手を伸ばしかけたときに、攻撃は降ってきたのだ。
　俺様の嫁が危ない！　そのときのゲブーの身体能力は、本来のスペックを遥かに超えていたという。ヒーローよりも早くそして一途に、ゲブーは美緒を爆撃の危機から救い出していたのだ。
　みおっぱいを揉むために。再びみおっぱいを揉むためだけに。
「……んっ」
　被害地から少し離れた場所で寝かされていた美緒は、邪悪な気配を本能的に察知して深い眠りから目覚めた。
　彼女は、みすみと旅をしていたときモヒカンたちに襲われ攫われてからずっと気を失っていたのだ。だから、何があったのかわからなかった。だが、今何が起こっているかはすぐにわかった。
　半身を抱き起こし、後ろから手を回して。ピンクのモヒカンが……ゲブーが、美緒の胸を揉んでいた。
「……えっ！？」
「おはよう、俺様の嫁よ。寝ているところを揉むのはいささか背徳的な気がしないでもなかったが、これは断じて違う。マッサージだ。美緒っぱいの重力で負担がかかった肩と胸筋をほぐすための指圧みたいなものだよ」
　ゲブーの歯はキラリと光っていた。俺様の嫁の疲れを癒すための純粋なる好意。彼の目はそう語っていた。
「きゃあああああああっっ、いやあああああああっっ！」
　美緒が思い切り悲鳴を上げる。
「げははははっ、遠慮するでない。みおっぱいを癒すためなら俺様は何時間かけても」
ズバシャァァァァッ！
不意に、スナイプで物陰から発射された狩生　乱世（かりゅう・らんぜ）のレバーアクションライフルの弾丸が、狙い過たずゲブーの眉間を打ち抜いていた。
「へっ！？」
　虚を突かれたように目を見開くゲブー。一瞬何がおこったかわからない顔できょろきょろしてから、ぐはぁっ！　と顔をゆがめる。
「たわばっ！？」モヒカン専用の絶命の悲鳴を上げて、ゲブーは仰向けに倒れていった。それでもまだ美緒の胸から離さない執念のおっぱいゴッドハンドを、歌菜はそろりと引き剥がす。目をむき舌を出したまま倒れている元ゲブーだったこのおぞましい物体を美緒の視界から消すために、羽純はずりずりと引きずっていく。崖から海へと捨ててくるとしよう……。
「ごめんね……。私たちが遅くなったために、ひどい目に遭って……。許してね……」
　ゲブーに襲われて半ば茫然自失状態の美緒を、ルカルカはぎゅっと抱きしめる。教導団でどれ程の武名を誇っても、こんな時には抱きしめてあげることくらいしか出来ないのがもどかしかった。心細かったのか、美緒も弱々しくルカルカを抱きしめ返してくる。
「……でも、よかったわ、少なくとも無事で。凄く、凄く心配したんだからね……」
　労わるように声をかけるルカルカに、美緒はほろりときたのか肩に顔をうずめてきた。
「……ありがとう」
「いいのよ。だから、ね……。もっとこのルカルカを頼って欲しいの。心配なのよ……」
「……そうします」
　小声で頷く美緒。
「歌いましょう」
　傍で心配そうに様子を見ていた歌菜が、美緒を元気付けるように歌いだす。マジカルアイドルの可憐で華麗な歌声に癒されたように、程なく美緒も元気を取り戻してきた。
「さあ、さあもう一頑張りね。皆で無事にこの事件を解決できたら、私、『魔法少女アイドル　マジカル・カナ特製の夏のスタミナ弁当』を用意してあるんだから」
　歌菜の台詞に、みすみがぐ〜と腹を鳴らした。
「私は、種もみを取り戻すために奥に行くわ」
「私たちは美緒を送って帰るわ」
　ルカルカは、ダリルに目配せをした。
「……いいか？」
　ダリルは美緒に頷きかけてから、そっとお姫様抱きをする。
「さあ、帰りましょう」
　ルカルカは、美緒の安全と心情を鑑みて捜査はここで打ち切りにすることにした。放っておいて、更に奥に進む気にはなれない。
「土の謎、解けなかったな……」
　ダリルは少し残念そうな声を出した。

　かくして、囚われていた美緒は無事に救出されたのであった。