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第8章 あなたとわたしとキノコ

「美羽、こっちにキノコがあるよ」
「わあ、いっぱいだね!」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の声に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は笑顔でキノコに手を伸ばす。
 その手が、同時に伸ばされたコハクの手と重なって……
「あっ」
「わっ」
 慌てて手を引っ込める美羽。
「ご、ごめん……」
「う、ううん。私こそ大げさに驚いちゃって……」
(ど、どうしたんだろう。手が触れることなんて、今までだってあったのに……)
 コハクが触れた手が、熱い。
 次第にその熱は全身に伝わっていく。
 今までと、何かが違う。
 変わったことといえば、コハクと付き合い始めたことくらい。
 そのひとつの事実だけなのに、まるですべての世界が変わってしまったような、そんな気がする。
「……あっちにも見つけたよ。採ってくるね」
「あ……」
 気にしてないよ、と言うように少し離れた所を指差すと、キノコを採りに行くコハク。
 少し離れただけなのに、今度はそれがどうしようもなく寂しくて。
「わ、私も行く!」
 美羽は思わず走り出した。
 同行しているモノの存在も忘れて。
 同行しているモノ……インテグラルポーン。
 美羽とコハクはインテグラルポーンにキノコ狩りを頼んでいた。
「キノコを採ってきてね」
 それだけの、ざっくりとした命令。
 主人に忠実なインテグラルポーンは、ひたすらその命令を遵守するために動き出す……

   ※※※

「ねー、キノコって結構おいしいんですよ。それに、栄養だってありますし」
「なるほど……馬鹿にはできないな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)の言葉に深く頷いた。
 二人で狩ったキノコは、串にさされこんがり焼かれ、今はすっかり二人の腹に収まっている。
 想像以上の美味しさに加え、青い空と程良い日差し。
 満足感と心地よさが2人を包み込んでいた。
(……ん?)
 満ち足りていた、筈だった。
 それなのに、何か足りない気がしてエヴァルトは首を傾げる。
 ミュリエルを見た時、それが何だったのかに思い至る。
 彼女だ。
 欲しいのは、ミュリエルだ。
(いやいやいや、おかしいだろ!)
 湧き上がってきた気持ちを慌てて否定する。
 たしかに、今まででもそんな気持ちは皆無だったわけではない。
 しかし、自分はロリコンではない。
 断じて違う。
 だから抑えていたのに…… 抑えていた?
(まさか、あのキノコ……っ)
 少し前に雑誌で読んだ記事に思い至る。
 あれが……そう気づいた時には、遅かった。
「ミュリエルっ!」
「わ?」
 ふわり。
 それでも、彼女への抱擁は優しかった。
 抱きしめて、頭を撫でる。
「わ……わあ」
 一瞬は驚いたミュリエルだが、すぐ満足そうな笑みを浮かべ、自分からもエヴァルトに抱き着いた。
(どうしたんでしょう、急に……ああ、でも、幸せです……)
 ミュリエルは瞳を閉じた。

   ※※※

 地面にはたくさんのキノコ。
 色とりどりの木の実。
 見上げれば、まだまだ青いクリのイガも見える。
 さまざまな山の幸に包まれ、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は目を閉じる。
(ああ、来て良かった……)
「エンドロア、大丈夫か? また熱でも出てきたか?」
「だから言っただろう。私がグラキエスを抱き上げて運ぶと」
「いや、それは逆に危ない」
 耳元で聞こえてくる騒がしい声。
 ふわりと体が浮く感覚と、すぐに降ろされる感覚。
「ああ、大丈夫。熱は無い。気分も良いから自分で歩ける」
 目を開ければ、自分を見つめる二組の目。
 心配そうなウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)と、愛情の籠った瞳のベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)
 いつもと変わらぬ二人に、グラキエスは苦笑する。
「ここらで少し休憩しよう」
 そう言うと、てきぱきとシートを広げ準備をするウルディカ。
 それを見ているグラキエスの前に、ベルテハイトの手が差し出された。
 広げた手には、赤い木の実。
「ほら、この木の実好きだったろ?」
 あーん、とは言わないがベルテハイトが差し出した木の実を、素直に口を開けて入れてもらう。
 次にグラキエスの目の前に差し出されたのは、料理されたキノコだった。
「小腹が空いたか? 先程のキノコ料理の残りだ。良かったら食え」
 差し出したのはウルディカ。
 これも素直に口にして、ふと気が付くとウルディカの微笑。
「食べ残しだ」
 ひょいと手を伸ばし、グラキエスの口の端についたソースを拭う。
「ありがとう」
「ふ……吹き布がなくてな」
 自分の大胆さに気付いたウルディカが言い繕うとした瞬間。
 ぺろり。
 グラキエスの赤い舌が、ウルディカの指を舐めた。
「!?」
 硬直するウルディカ。
(誘っている!? いやいやいや、こんな真昼間の山中で……いやいやいや)
 固まる体とは別に、脳内は大混乱で回転中。
 グラキエスはといえば、ただ美味いソースが勿体なかったというだけで。
「ぐ……グラキエスっ!」
「え?」
 突如、自分の前に身を投げ出したウルディカに目を丸くするグラキエス。
「ああグラキエス…… 好きだ! いやそれでは足りない、お前を守りたい! 護って守って守り抜いてそして幸せにしたい!」
「あ……ああ」
 普段無口なウルディカの変貌に、茫然とするグラキエス。
 ベルテハイトは平然としたまま。
(ああ、エンドロアの魅力の前ではその反応も当然のことなのだよ)
 さもありなんといった具合で頷くだけ。
「おまえのことが心配で心配で日々居ても経ってもいられないんだ! そんなに心配させないでくれ……いや、おまえが悪いわけじゃない! 心配したいんだ。それもまた幸せ! そしておまえを守れるこの幸せをどうにかして一度伝えたくて……っ!」
「あ、そ、そうか……ありがとう」
(何か変だと思ったが……ベルテハイトに比べればそれほどでもないよな)
 最初は驚いたが、次第にウルディカの変貌を受け入れてしまうグラキエス。
 常日頃のベルテハイトからの過度な愛情表現の賜物なのだろう。

   ※※※

 からんころんからん。
 瀬乃 和深(せの・かずみ)セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)の持っていた箸が落ちた。
 二人の前には、瀬乃 月琥(せの・つきこ)の作ったキノコ鍋。
 まだほくほくと湯気があがっていて、中にはたくさんキノコが残っている。
 月琥はといえば、自身はまだ鍋に手を付けず火加減を見たり鍋をかき回している最中だった。
 そんな中、和深とセドナに異変は起こった。
「ん……あれ? え?」
「んん……あ、はぁっ」
 急に赤面し、二人の呼吸が早くなる。
(あー、やっぱり食べちゃまずいものだったかしら)
 そんな二人の様子を見て、月琥は冷静に頷くのだった。

 キノコを集め、鍋を作ったのは月琥だった。
 しかし彼女には食べられるキノコの知識はなく、結果適当にそこらのキノコを鍋に放り込んだだけ。
 食べても大丈夫な物なのか確認するため、兄である和深とセドナを呼んでまずは二人に振る舞ったのだ。
 そしてその結果。
(お……おかしい。セドナが、セドナが妙に魅力的に見える。……いつもならあんな幼児体型に興味はないのになんでこんなことに……くそっ)
(か、和深が我を見ている……しかもあんなに熱い瞳で。あんな和深に迫られたら、我は、我は……っ)
 もじもじもじもじ。
 互いに見つめ合い、心の奥の欲望を探り合うように相手の様子を見る。
(じょ、冗談じゃない。こんな形でセドナに手を出して……たまるもんか)
(は、早く……和深、早く我を……)
 しばらくの沈黙。
 均衡を破ったのは、セドナだった。
 ぷち……ぷち。
 服のボタンを一つずつ外していく。
 一番目、二番目、三番目……
 はだけられた服の隙間から、真っ白な肌が見える。
「ど、どうした? 我を……好きにしてもいいんだぞ?」
「む……う、お、ぉおーっ!」
 ついに和深の我慢が限界に達した。
 高くジャンプし、空中でダイブの体制に移行する。
 が。
(こ、こうなったら冗談で済ますためにこいつの方に……っ!)
 落下しながら無理矢理軌道修正。
「つきこぉおおおお!」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
 ターゲットは、セドナではなく月琥!
 妹に迷わず落下していく兄を見て、思わず身構える月琥。
 いやそれだけではなく。
「ふっざけるなあああ!」
「いやぁああああああ!」
 月琥の手には、ジェットハンマー。
 セドナが持つのは、ドラゴンアヴァターラ・ストライク。
 どごぉおおおおおん!
「みぎゃっ……」
 二人の強力ツッコミによって、和深は無事轟沈した。

   ※※※

「んっ……ねえソール。今私に何を食べさせました?」
「んー、何のことかなあ」
 喉の奥を通り過ぎていく感触に、本郷 翔(ほんごう・かける)は眉を潜める。
 翔にそれを食べさせた張本人、ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)はその美しい顔にいつものような笑顔を斫けているばかりで、何も答えようとしない。
(ソールのことですから、きっと何か変な物に違いありません)
 ふと見ると、周囲の雰囲気も何か変だ。
 甘えるように寄り添いあうカップル。
 それ以上の行為に移ろうとするカップル。
 たしかに、このロックが丘はデートスポットではある。
 しかし、この状況は少しおかしいような……
(それが、さっきの?)
 思い至った時にはもう遅かった。
 最初は意識しなければ気が付かないような、小さなものだった。
 しかし気が付いてしまった途端、それは爆発的に膨れ上がる。
 体の奥が熱くなってきたような、気がする。
 同時に沸いてきたのは、切ない気持ち。
「ソール……」
「んー?」
 一歩、愛しい人に向かって歩を踏み出す。
 崩れ落ちるように、ソールの胸元に顔を埋める。
「わあ」
 すり……と、まるで甘えるように顔を動かすと背中に感じるソールの両腕。
 あ、抱きしめられている……
 どきりと、心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。
「……これで、満足かい?」
「い、いいえ」
「そう?」
「足りません。もっと、もっとソールを感じていたい……っ」
「積極的だねえ」
「……ソールのせいではありませんか」
「何で?」
 拗ねたような翔の口調に、ソールは肩を震わせる。
 まるで笑いを堪えているかのように。
「さっきの、変な……キノコ。あれを食べさせたからでしょう?」
「……ぷっ。あれは普通のキノコだよ」
「え?」
 とうとう堪えきれずに拭き出したソールに、翔は恐る恐る尋ねる。
「どういう事ですか?」
「どうもこうも。翔が勝手に勘違いしただけだろ?」
 赤くなって睨み付ける翔に、ソールは更に続ける。
「それに、変だと分かっているものを翔に食べさせるつもりはないしね」
「……っ!」
 その言葉に、翔の顔が更に熱くなる。
「あれ、怒った? 怒ってる顔も可愛いぜ」
 反撃を予想して目を瞑る。
 襲ってきたのは、唇への感覚。
「……ん?」
 甘い感触に目を開けると、至近距離に翔の顔。
「あれ?」
「足りないと言ったじゃないですか」
「お……おぉ?」
 いつもとは違う積極的な行動。
 それが翔の反撃だった。

   ※※※

「わーい、わーい、キノコ〜。いっぱい採って食べようね!」
「ふふ。ほら、走ると危ないですよ」
「へーきへーき……きゃっ!」
「あー、怪我はないですか?」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、はしゃぎすぎて転んだ榊 花梨(さかき・かりん)に慌てて駆け寄る。
「えへへ、大丈夫だよお」
 心配そうに顔を近づける翡翠に、花梨は嬉しそうに微笑んでみせる。
「せっかくの翡翠ちゃんとのお出かけなんだもん!」
 理由になっていない理由に、彼女に怪我のないことを確認した翡翠も、笑顔を返す。
「たしかに、一緒に出掛けるのは久しぶりですね」
 浮かれる花梨に比べ、翡翠は落ち着いたもの。
 二人の間に流れる雰囲気は、恋人といった浮かれたものではなく、どちらかというと保護者被保護者といった感じで。
 それが、花梨には少し不満だったりするのだが……

「さあ、出来たよ! 採れたてキノコのバーベキュー!」
 一緒に採ったキノコを一緒に料理してできたバーベキュー。
「いっただきま〜す!」
 もむもむもむ、ごくん。
 口いっぱいにほおばったのは花梨。
「んー、おいしいっ! いっぱい動いたからもっとおいしい!」
「まだまだ沢山ありますから、そんなに急いで食べなくてもいいですよ」
 自分は食べず、美味しそうに食べる花梨をにこにこと眺める翡翠。
 もむもむもむ、ごくん。
 もむもむもむ、ごくん。
 もむもむもむ、ごくん。
「ん?」
 翡翠は、異変に気付いた。
 花梨が一口食べるたびに、自分との距離が近づいていることに。
 もむもむもむ、ごくん。
 ぎゅ〜!
「ええ?」
 とうとう、花梨と翡翠の間がゼロになった。
 と同時に翡翠に抱き着く花梨。
(翡翠ちゃん……翡翠ちゃんっ!)
 今までずっと我慢してた。
 近くにいたい、抱きしめたい。
 だけど、どうしてだか今は我慢できない。
 だから、だから……ぎゅ〜!
「ど、どうしたんですか」
 焦る翡翠を余所に、ひたすら抱きしめる花梨だった。

   ※※※

「……はぁ」
 林を彷徨っているうちに見つけた池の前で、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は一人、膝を抱えていた。
 周囲には、はらはらと赤い葉が舞い落ちる。
「あいつが来るかもしれないと、思ってたんだけどな……」
 待ち人来たらず。
「い、いや別に待っていたわけじゃないけどな!」
 自分の言葉を慌てて否定する。
 だけど、この沈む気持ちは何だろう。
 ぽん。
 落ち込むレイスの肩を、誰かが叩いた。
「……遅かったじゃ……!?」
 振り向いたレイスが見たものは。
「その憂い顔、いいね! 是非ボクと一緒に来て欲しい!(846プロのアイドルとして)」
「いや、彼に必要なのは俺だ。俺と一緒に来るんだ(教導団の人材として)」
「な、ななななな……っ!?」
 先程キノコを食べてからずっと勧誘活動を続けていた、輝とダリルだった。

   ※※※

「さぁ〜、秋の味覚ハント開始ぃ〜!」
「おー」
「お、おぉ」
「……」
 師王 アスカ(しおう・あすか)の声に手を挙げたのはオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)ドゥルジ・ウルス・ラグナ(どぅるじ・うるすらぐな)、そしてサニーの所から引っ張ってきたクラウド。
 アスカはドゥルジと栗拾い、オルベールはクラウドとキノコを拾う分担だ。

「……っ」
「きゃー、ドゥルジ! クリを素手でつかんじゃ駄目〜っ!」
 無表情のまま、とりあえず素手でクリを拾い上げようとしたドゥルジは、イガのささった自分の手を眺める。
 慌てて棘を抜いて消毒するアスカと、自分の手を交互に見る。
「どうしたの〜?」
「……いや、新鮮だな、と思って」
「そ、そぉ〜?」
 今まで知らなかった、痛みという感覚。
 クリのイガ。
 心配そうに自分を覗き込む、シャミ以外の人物の顔。
 自分には、知らないことが多すぎる。
 それをこうやってひとつひとつ知っていく。
 それがどういう事なのか、ドゥルジはまだ完全に理解できないでいた。
「色々教えてあげるわね。ほら、まずはこうやって軍手して」
 アスカの差し出す軍手を、ドゥルジは素直に受け取った。

(うむむむむ……だ、大丈夫かしら、ドゥルジったら……)
 木の陰から隠れてドゥルジを見守っていたオルベールは、心配そうにため息をつく。
(案の定、いきなり怪我しちゃって。で、でもでもここで出て行っちゃ駄目、我慢ガマン……)
「いや、お前が大丈夫か」
 いつの間にか考えていたことが口に出ていたのだろう。
 クラウドに声を掛けられ、オルベールはびくりと肩を震わせた。
「そんなに心配なら、担当を代ろうか?」
「あら、気を遣ってくれてるの? いいのよ。ドゥルジには、ベル以外の子との交流も必要なんだから」
「ふーん……」
 オルベールの顔を見ていたクラウドが、にやりと笑った。
「な、何よぉ」
「いや、可愛い所もあるモンだと思って」
「な……っ!」
 クラウドの言葉に絶句するオルベール。
「な……っにを生意気なぁぁあ。クラウドのくせにぃ〜!」
「え……」
 しかしそれも一瞬だった。
「ちょうどいいわ。憂さ晴らしにいぢめさせなさい」
「や、おい、ちょっと」
 木を背に、追い詰められるクラウド。
「うふふふ……クラウドってば、意外とその手の才能あるんじゃない?」
「は? な、なんの?」
「分かってるんじゃない? その、焦った顔がたまらない……」
「い、いらない、そんな才能要らない!」
 追い詰められていくクラウドから、引きつった声が漏れる。

「……ベルとクラりんったら、何してるのかしら〜?」
 少し離れた所から二人を見つけたアスカが首を傾げる。
「……」
「あれ、ドゥルジ?」
 自分と同じく、二人を無言で見ていたドゥルジの様子がおかしいことに、アスカは気づく。
「……クリの扱い方を理解した」
「そ、そぉ? それは良かったわね〜」
 首を傾げながら、なんとか微笑むアスカ。
「こうやって、軍手を嵌めて」
「そうそう、嵌めて〜」
「イガを拾って」
「そうそう、拾って〜」
「狙って」
「そうそう、狙って〜」
「……投げる!」
「そうそう、投げ……ちゃダメ〜!」

 ドゥルジの投げたイガは、狙い過たずクラウドの元へ。
「ぐはっ……!」
「あらら……」
 撃沈するクラウドを、口に手を当てて見入るオルベールだった。