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リアクション
第2章 噂と推理、宴は華やぐ
厨房では、コックが休む暇もないほど仕事に追われている。客は庭園に溢れ、料理は出しても出しても追いつかない。
「こりゃあ魔鎧に何の興味もない、タダ食い野郎どもも紛れ込んでやがるな」
魔族のコック長は、あまりの忙しさにそんなことを忌々しげに吐き捨てる。
「うちの旦那様ときたら、道楽事以外は全く考えなしの方だからなぁ。損得どうこうとか何も考えずに、これだけの宴を開くことをぱぱっと決めてしまった」
そうぼやいたコックの一人に、オードヴルの皿を盛りつけていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は視線を向けた。
「モーロア卿のお屋敷でお仕事をされているんですか?」
「あぁ」
ジェイダス理事長が宴に招かれていると聞き、魔族のコックばかりの厨房に志願して調理をしに入ってきた弥十郎は、最初こそアウェイの空気の中で若干浮いていたものの、手際とセンスの良い仕事で即戦力たりうることを示して、戦場のような仕事場にすっかり馴染んでいる。その忙しさに紛れて作業を妨げない程度に私語を交わすのも、自然にできるくらいに。
モーロア卿直属の料理人なら、千年瑠璃に関する情報を聞き出せるかもしれない。それもまた、厨房に入った目的の一つである。
「今回のような、あの魔鎧のお披露目のパーティというのは、何度かやってるんですか」
「いや。というかうちじゃ誰も、つい数か月前まであんなものがお屋敷に眠ってるなんて知らなかったんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「あぁ。ま、旦那様は、自分の趣味で蒐集したものは使用人にも触らせずに自分で管理なさる人だから。それだけ厳重にしまってたってことよ」
しかしあんなバカデカいものを秘密で持ってるとはさすがにびっくりしたね、と、それこそ魔鎧に興味のなさそうなコックは呟く。ヤマウズラの肉にソースをかけ、オーブンからズッキーニ、トマト、ナスなどの野菜を取り出してさらに盛り付けながら、弥十郎はそれらの情報を注意深く吟味し、【精神感応】を使った。
『なるほど……』
給仕としてガーデンパーティの方に入り込んでいる佐々木 八雲(ささき・やくも)は、弥十郎からの情報に、考え顔で頷く。
『兄さん、お客から何か情報は得られた?』
『うーん、大したものは……
テラスの客らはかなりが、例の噂は知ってるみたいだ。千年瑠璃は死んでいる、って奴。
ただ、ほとんど誰もまともに取っていないらしい。無責任な噂話だと思ってるようだ』
『そうなんだ……』
『あと、あれもな。正門の所でなんか訴えてた、千年瑠璃の恋人を名乗ってる男、な』
『あぁ』
『どうやら誰にもまともに相手にされてないようだ。評判の千年瑠璃に近付きたい男の狂言だろうって』
『なるほど。しかし本当だったら可哀想に……』
『どこに行ったんだか、今は門の辺りにはいないようだな、あの男』
『兄さん、思うんだけど、実は魔鎧の本体は「結晶」の方なんじゃない?』
『ほう?』
『いろんな事を総合したらそんな気がしたんだけどねぇ。
実は中の女性がエネルギー源で、二百年前はエネルギー源が切れたから今中にいる子を取り込んだとか。なら、二百年前に絶命したというのは辻褄合うよね』
『ならばこの宴は?』
『新たな宿主を探すための宴なんじゃないかな。どう思う?』
『うーん……筋は通っているが、わざわざ宴にするということは相当な大ごととして世間の目も引くことになるからな。
真意を隠して人を石柱に取り込む、なんて人身に関わる大事件を衆人の目の前でぬけぬけと起こして、後々厄介なことになっても大丈夫、なんて考えるほど、モーロア卿というのは楽観的な人物なんだろうか。
ザナドゥでなくわざわざタシガンで、それも契約者たちまで多数巻き込んでいるんだ、いざとなれば戦いに発展する。それでも勝算があるというのなら話は別だが……』
『じゃあ、この線はナシかな?』
『いや、今はまだ何とも言えないだろう。その推理も決して考えられない線じゃあないと思うし。もう少し情報が欲しいな。給仕を頑張ってみよう』
『分かった。こっちも頑張るよ。それと兄さん』
『ん?』
『鹿ロースとアスパラガスの塩釜焼きの皿が出来たから、厨房まで取りに来て』
『はいはい』
弥十郎とよく似た推理をしたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、千年瑠璃の石柱の前に立とうとしていた。
ジェイダスの護衛を自任し、この場でも彼の傍に従っているエメは、名乗りの順番が来るとジェイダスに【禁猟区】をかけて一礼し、傍を辞し、パートナーのリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)とともに、石柱の正面に来た。
青の中、眠る美女。石柱と一体になった造形美。
「たしかに、水晶の棺に眠るブラン・ネージュ(白雪姫)のように美しいですが、さて……どこを見れば失礼に当たりませんかね。
――プロポーズの相手を間違うと、少々所ではなく恥ずかしいのですが」
モーロア卿が「魔鎧」と言ったのは、中に眠る女性を厳密に差してではなく、この石柱も含めた姿を指してではないか、ならばこの結晶こそが『千年瑠璃』ではないか――エメはそう考えていた。
「なるほど……これの一体どの部分が『魔鎧』か、と」
予めエメの考えを聞いていたリュミエールは、悪戯っぽく笑いながらも目にはどこか真剣な色を少しだけまじえて、エメに倣う格好で石柱を見つめた。石柱の中の彼女は、青にけぶる向こうに霞んでいるように見える。この石柱が魔鎧の本体? だとしたら彼女は……? エメの番が来るまでは、この推理を面白がってジェイダスに「どこが魔鎧なのか、ベット(賭け)しませんか? 女性と、結晶と、ドレスと。僕はそうだな…大穴でドレスにしようかな」などと軽口をたたいていた彼だったが、真正面から見ると確かにこの女性は、素性不明というミステリアスの霧の向こう側にぼやけて見えるような気もするのだ。
「ご覧ください。これが私の【力】。他者との絆と信頼です」
物言わぬ石柱の女性にそう言うと、エメはリュミエールに手を伸ばす。リュミエールの胸元から光が迸り、幻の蒼薔薇の花吹雪と芳香が辺りを包む。その光の中から光条兵器【蒼薔薇のフランベルジュ】を取り出したエメは、その剣先で、柱を形作る青い結晶にさりげなく触れた。
――【望む物だけを切る】、つまり切らない物を選択する力で【魔鎧】を切らない事を選択したのだ。
万が一間違っていた時のことを考え 軽く触れる…… もしも結晶が【魔鎧】なら、剣が素通りするはず。
「……」
剣は素通りしなかった。
しかし、斬ることもできなかった。思ったよりも固いものに触れたかのように、押し戻された。
(結晶が魔鎧ではないとしても、これを持ってしても切れないとは)
これはどう解釈するべきかと一瞬逡巡したエメだったが、はっとしてその判断をするよりも早く剣を引いた。
「エメ?」
リュミエールが不可解そうに呼びかける。
彼は、エメが見たものを見逃した。というより、ほんの一瞬のことだったので、エメ以外気付いた者がなかった。
(石柱の中が……揺れた?)
まるで、中に液体が満ちているかのように、女性の姿が刹那、ゆらりと揺らいで見えたのだ。
(この中は液体? いや、しかし空気の泡も全くないし)
エメは驚きを持って女性を凝視した。幾ら見つめていても、青色が視界を侵食するばかりで、石柱の中が水中の風景のように揺らぐことはなかった。
(気のせいだったのか? それとも……もしかして彼女が剣に動揺して起こった現象?)
「……、手荒な事をして申し訳ありません。どうか、貴方の事をお聞かせ下さい。出来うる限り力になります」
真摯な心もちで、エメは強く呼びかけた。
石柱の中からの応えはなかった。
「ん? あれは……」
テラスから手持無沙汰に庭園の宴の様子を眺めていたリモンが、何かに興を引かれたように呟いたのを、和輝は聞き逃さなかった。
「どうした」
椅子に座ったまま半身を捻って尋ねると、リモンは薄く含み笑いをしながら、庭園の一角を指差して示して見せた。
「ほら、あれだ」
「大丈夫よね、アニス?ほら、ここにいれば大丈夫だから」
「う〜、思ってた以上の人出……」
客で溢れる庭園で、スノー・クライム(すのー・くらいむ)は、人の多さに辟易するアニス・パラス(あにす・ぱらす)を後ろに庇いながら、客たちから情報を集めていた。
「モーロア卿はまぁ一言でいえば趣味人だね。魔鎧に関しては相当な情報通だと思うよ」
「2百年前……そういやその頃に、ヒエロ・ギネリアンの最後の消息を聞いたなんて話もあったな。どっかで」
聞こえてくるのはほとんどが風評の類だったが、何がヒントになるかは分からない。せっせと噂話を収拾するスノーだったが、
「っ!……あら、貴方も、出席していたのね」
とある人物の前で僅かに表情を硬くし、立ち止まる。
この宴には、主の決まらぬはぐれ魔鎧や、ヒエロの作品を見たいと考える魔鎧職人も多く来ている、とは聞いていた。
職人でありながらパイモンへ忠誠を誓っている、スノーの製作者。
――テラスからリモンが眺めているのも知らず、二人は軽ーく固まった空気の中で、対峙する、といった雰囲気での対面を果たす。
「本当なら、貴方を―――したいところだけど、場所が場所だし、一応、作ってもらった恩があるから、見逃してあげるわ」
それでも落ち着いた、公共の場での良識を忘れない凛とした佇まいで、きっぱりとスノーは言う。
それに対し、男が何を言ったかはリモンからは分からない。
(相変わらず、無愛想で何を考えているか分からん男だ)
「サヨウナラ。出来ることなら、二度と会いたくないわ」
そして、スノーは男の前からさっさと歩いて去る。
(おやおや、作品に嫌われたようだ。まっ、私には関係のないことだな)
――「っ!?」
よくわかっていないまま、スノーと一緒に歩き出したアニスは、突然背中に尋常でない悪寒を感じ、硬直した。
「アニス?」
スノーに声をかけられ、それで硬直が解けたアニスは、スノーの背中に抱きつくようにぶつかってきた。
「どうしたの!?」
「わ、分かんない、けど……なんか今、すごく“ぞっとする”ものが、近くに来てた……!」
アニスの言葉に、スノーは顔を上げ、辺りを見回した。感受性の強いアニスは、何かは知らないがよくないものを感じ取ってしまったのかもしれない。
が、別段変わった様子はなかった。パーカーを着、ハーフパンツを穿いた少女が、向こうへ歩いていくのが見えただけだった。
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