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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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第4章 形から入る男


「これは、ここまでやっておいて、結局主は決まらず……となるのではないか?」
「それもありうるかもしれませんね」
 テラスで賓客たちのグラスを交換しながら、クナイ・アヤシ(くない・あやし)モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)はそんな会話をしていた。
 テラスからは旧・謁見の間の様子も見える。立候補者たちがもうすでに何人も、何の手応えもなく退場していくのを、二人は賓客たちと共に見ていた。
「いずれにせよ、外部から侵入する狼藉者たちの方が心配であるな」
 モーベットはそう言って、視線を広間から庭園の方に移した。
 ザナドゥで発見された紫銀の魔鎧であるモーベットとしては、同じ特殊な魔鎧として千年瑠璃に興味があるとともに、特殊ならば盗もうとする輩も居るかも知れぬ、という懸念があった。
「おや、」
 クナイが気付いて顔を上げる。北都が二人の方へと歩き寄ってきた。
「何かありましたか」
「うん…」
「そういえば、我もここから見ていたが、立ち去り際にあの結晶体に触れていたな。サイコメトリか?」
「うん。出来そうだったから、やってみたんだけど……」
 言いながらも、北都はどこか困惑したような表情だった。
「何か分かったか」
「何が見えたんです?」
 二人の追及を受け、北都は言葉に迷うような緩慢な口調で答えた。
「あれ……大きな剣の影だと思うんだよね。刃がぎらっと光ったんだ」


 このテラスには
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が潜入して、機会を窺っている。
 ――千年瑠璃を強奪する機会を。
(自称恋人に死人説に殺人予告……もう何が真実なのやら、分かりゃしねぇ)
 かといって放っておいて、彼女が損なわれてしまっては、他の炎華氷玲シリーズの作品を捜索する手掛かりが失われてしまうかもしれない。そんな事態を見過ごすわけにはいかないと考えていた。
(理想はマスターとして認められるのが一番だが、そんな御都合主義はあり得ねぇし)
 …で、気乗りはしないがどさくさに紛れて強奪するか、という結論に至った。のだが。
(思った以上に、他の連中が警備を固めてるしな……)
 旧・謁見の間には、ジェイダスもいるせいか警備を買って出た契約者たちが絶えず出入りをし、殺害予告を警戒して周囲を警戒する者も多い。
(取り敢えず、しばらくは様子見に徹するか)
 大きく騒ぎが起こったら、その時が動き時だ。
 黙っていても何かが起こる予感が、この宴には満ちているように、恭也は感じていた。


 やはり、テラスで。
「分からないなぁ……身体は死んでも、魂だけは生きているのか。それとも、あれが魂で、身体はとっくに消えたのか……」
「確かに、あれじゃ確かに生きてるのか死んでるのかも分からないわね……でも、皆あれが偽物だとは言ってないのよね」
「他の魔鎧の容姿とか分からないのに、千年瑠璃だけはっきりしてるのは、これがあるからなんだろうけどな」
「生存の証も確認出来ないのよ、ワタシだったら本物かどうか疑っちゃうわ」
 冴弥 永夜(さえわたり・とおや)
ルカフォルク・ラフィンシュレ(るかふぉるく・らふぃんしゅれ)が、旧・謁見の間の様子を見ながら、談笑の気軽さで論じていた。
 ルカフォルクが魔鎧職人なので、いい機会だからと千年瑠璃の見物に来たのだが、生存確認もできないという曖昧な状況にある魔鎧の姿を前に、やや首を捻って見ている二人である。
「ん?」
 永夜が庭園の方に目を転じると、奇妙な風体の男が目に入った。
 ――「いかにも」な探偵風のトレンチコートを羽織って、「いかにも」何か探している様子の挙動不審な男である。
「何だろ、あの人」
 永夜の言葉に、ルカフォルクもそちらに目を向ける。
「格好が格好だから、目立つわね……」
「何か探してるのかな」
 ちょっと声をかけてみよう、と、興味を引かれた永夜はテラスを降りていった。


「あちらにいるのは、アーグネシュ卿にシャーンドル卿、おやおやカロリナ女史まで……
 これはすばらしいお披露目になりそうだねぇ」
「……ちょっと声のボリュームを下げた方がいいんじゃないかな。貴賓客もいるパーティなのに……」
 東條 梓乃(とうじょう・しの)は、
浮かれた調子のティモシー・アンブローズ(てぃもしー・あんぶろーず)の楽しそうなトーンの高い声に若干引きつりながら、庭園の端を歩いていた。
 会場で魔鎧や薔薇の学舎の先輩達の行動を見学したいと思ってやってきた梓乃だが、どうも落ち着かないものを感じていた。元からの生真面目な性格と、シャンバラでの経験がまだ少ないためか過去に地上への侵略を起こしたザナドゥの悪魔、人間の魂を魔鎧に加工する魔鎧職人についてあまり良い印象を抱いていないせいかもしれない。そのような人物ばかりが会場に溢れているパーティなのだと思うと、何となく快くないものを感じてしまうのかもしれない。
 その隣りでパートナーのティモシーは、【タシガン知識】で知る有名な貴賓の顔を見てはその名を上げ、楽しそうに口笛を吹くなど、テンションに天と地ほどの差がある。
「楽しんでもいいから、もう少し場を弁えた振る舞いを……」
「おや? なんか楽しそうな人がいるみたいだな」
 言葉通りうきうきした声で言ったティモシーが指差す先には、場違いなトレンチコートを翻す人影が……
「胡散臭そう……」
「ちょっと行ってみよう!」
「え? ティモシー!?」