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【3】アイスダンス(2)

 美しく咲く恋の花も、心から笑っているとは限らない。
 着物をイメージした和装で登場した桐生 理知(きりゅう・りち)は、リンクの中央で恋人と手を取り合った。
 幸せそうに見つめあう理知辻永 翔(つじなが・しょう)。しかし先に手を離したのは理知の方だった。
 リンクの形は8の字形。理知の後を追うのではなく背を向けて、もう一方の道をゆく。
 理想や夢を追う苦しみに、迷いと後悔の重鎖が絡みついて……心と体が日に日に動かなくなってゆく。そんな苦行のような日々を、重い足取りと祈るような舞いで表現するのが狙いだ。
 それぞれに一人で苦しみ続ける中で偶然に2人は再会する。それが8の字リンクの中央でのこと。
 リンクを一周して再び巡り会った2人は助けを求めるように歩み寄る。しかし相手の伸ばした手が届きそうになった瞬間に、どちらもその手を自ら退いてしまう。躊躇わせるのは「このまま飛びついて良いのだろうか」「縋ってしまっても」「慰めてもらうだけで良いのだろうか」といった自分本位の配慮と懸念、それからプライド……。
 今度はリンクの中央からはさほど離れない。しかし互いに距離を取ったままスピンやステップを踏んでその場を動かない。それは自問。相手のことを主に考えた自問の苦しみだ。
 すれ違いの時を経て、2人は再び惹かれ合う。体に力などは一切入っていない、そんな軽やかな舞いで自然とリンク中央へと寄って行く。
 2人が再会を果たしたとき、リンクの上に「氷の花」が咲き乱れた。『氷術』を使った理知の演出だが、これを含めて2人の演技は実に満足のいく出来だった。
 見つめ合う2人は息も絶え絶え。
「やったね、くん」
「あぁ。悪くない」
 2人でお辞儀をして演技終了。恋する喜びと切なさを表現したつもりだが―――伝わったなら、これ幸いである。
 ●採点結果。アーサー票:8キャンドゥ票:3合計得点:11


 甘く切ないだけが恋じゃない。
 刺激的で高揚感は収まる気配すらない、そんな日々が続くこともまた恋愛の醍醐味である。
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)の2人はそうした一面を表現できたらと考えていた。その鍵は「動と静の組み合わせ」にある。
 氷上はまるでサーカスのようにだった。
 直線的な滑りからセイニィがバク宙を決めてみせれば、その下をシャーロットがイナバウアーをしながらに潜り過ぎてゆく。
 シャーロットがエッジの効いたステップワークを見せるすぐ横でセイニィがスピンを始める。吸い寄せられるように2人は近づき、そして遂に衝突! その衝撃で弾かれたかのようにセイニィは体を開いて大きく跳ぶと、そのまま見事に着氷してスピンを続けた。
 空間を十分に活かした演技の次は、力業を披露する。
 2人は共に何とも小柄だが、それでも「お姫様抱っこ」はお手の物。セイニィは楽々とシャーロットを抱え上げると、そのままカーブを描くように滑ってゆく。
 2人が愛を感じる瞬間。誰にも邪魔されない2人だけの時間をゆっくりと速度を落としながら見せつけるように。
 逆方向のカーブ描いたらリンク中央へ。そっとシャーロットをリンクへ下ろして見つめ合った。
 ●採点結果。アーサー票:8キャンドゥ票:4合計得点:12


 来賓席が設けられた一角、その隅の席に腰掛けて金 鋭峰(じん・るいふぉん)はリンクを見つめていた。
 彼のすぐ傍らにはルカルカ・ルー(るかるか・るー)が立ち控えている。来賓として招待されてはいたが、会場の警備の総指揮を彼が、そしてその補佐をルカルカが務めていた。
 『親衛隊員』たちも会場の各所に配置してある。団長の手を煩わすことなく自分たちだけで見事にその役目を果たしてみせる、と彼女は意気込んでいた。
 座っている時でも姿勢の良いの横から、
「この場面です」
 とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が『シャンバラ電機のノートパソコン』を差し出して見せた。画面にはつい先程の演技のリプレイ、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)をリフトしている場面が映し出されていた。
「先程までとは逆方向にカーブを描いているのがお分かりでしょうか」
 映像を細かく巻き戻して該当の箇所を示す。「これは「サーペンタインリフト」という技です。基本的な技ではありますが、リフトをした状態でエッジを使い分けなければならないため、バランス感覚はもちろん、筋力も必要となります」
 警備の総指揮を執っているとはいえ、彼も来賓。観戦にあてられる時間は非常に僅かだが、少しでも楽しんで貰えるようにと映像を交えながら解説を行っていた。
 シャーロットたちの演技が終わったのを見計らってが立ち上がった。
「どちらへ?」
 ルカルカが訊くと、この後、教導団員と共にアイスダンスに出場する予定があるのだと彼は応えた。
「折角の機会なのでな。ひと滑りしてくる」
「そう……ですか」
 出来れば自分も一緒に滑りたかった、と口元まで出掛かったが彼女はそれを寸でで止めた。温かい飲み物を親衛隊員に言って持って来させている事も言わなかった。言ったところでそれはきっと……彼の邪魔になるだけだ。
「ここは任せても良いか?」
「もちろん。行ってらっしゃいませ♪」
「あぁ、行ってくる」」
 この信頼関係が心地いい。最近はそう思い始めていた。
 彼にとっては「あくまでも部下」という見方はきっとおそらく不変だろう。しかしそうした関係性もまた愛おしいのではないか……いや、きっとそうに違いない……。


 セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)組の演技も、その前の桐生 理知(きりゅう・りち)辻永 翔(つじなが・しょう)組の演技もどちらも素晴らしい演技だったと思う。演技構成もパフォーマンスも素晴らしい、とても楽しい演目だったと心から言える……のだが、
「……」
 山葉 加夜(やまは・かや)はどうにもモジモジしていた。
 加夜が足を擦り合わせているのを見つけて、
「寒いか?」
 と山葉 涼司(やまは・りょうじ)が彼女に訊いた。
「あ、いえ、いえっ! 違いますっ!」
 手を振って慌てて否定して……でも彼の顔だけは正視できなくて。加夜はさっと顔を背けた。
「寒くは……ないです」
「そうか? 俺は少し肌寒いけどな」
「!!!」
 まさかの返答だった。寒がりなイメージなんて全くないし、今日だってどちらかと言えば薄着なのに。あれ? でも鳥肌は一つも立ってないような……。
「何だ? どこか痛いのか?」
「あ、いえ、その……」
 恋をテーマにした演目が続いたから……その、どこか恥ずかしくて。
「き、綺麗でしたね! 今の方たちも」
「ん? あぁ、まぁそうだな」
「!!!」
 苦し紛れに出た言葉だったが、まさかの強カウンターを喰らってしまった。恋人と一緒にいる時に他の人を綺麗だ誉めるなんて……。いやいやまさか、彼は話を合わせてくれただけ、そうに決まってる―――
「でも、あれだな。こう、見てると俺もやってみたくなるな。楽しそうだし」
「あんな風に……ですか?」
「何でだよ! コメディにしかならねぇだろ」
「ですよね」
 女性用の動きを彼が真似てみたなら……やっぱりそれはコメディだ。
「今度行くか、スケート」
「はいっ」
 終始ヤキモキしていた加夜だったが、次のデートの約束は取り付けたようだ。