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リアクション
【3】アイスダンス(3)
氷と剣は相性がいい。
リンクインした直後に神崎 優(かんざき・ゆう)はそう思った。実に良い画になる、そんな予感がしたという。
共にリンクに上がったのはパートナーの陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)。魔導書ではあるが衣装も揃えてあるし背格好も近い。剣舞の相手としては悪くないだろう。
中央で向かい合い剣を構える。そうして2人は同じタイミングで一歩を踏み出して斬りかかった。
今回は剣と剣は接触させない。これは2人で決めたことだ。
接触と衝突を起こさずにそう見えるように寸での所で止めて離す。もちろん離すときも弾かれたように見えなければならない。2人の息がピタリと合わなければ決して成功しない芸当だが、2人は敢えてこれに挑戦していた。
踏み込んできた優の剣を刹那は上体を反らしてどうにか避ける。その勢いをスピンへと繋げ、そのまま優に斬りかかる。
これを剣で受けた優だったが受けきれずにそのまま後方へ飛ばされてしまう。その様をアクセルジャンプで表現した―――
優が着氷を成功させたのを見て、
「よしっ!!」
と神崎 零(かんざき・れい)が声を上げた。彼女は客席ではなくコーチングスタッフの待機場所にて2人の演技を見つめていた。一番良い位置で見届けるならここしかない、と今大会はコーチとして帯同することを選択した。
そしてそれは神代 聖夜(かみしろ・せいや)も同じなのだが―――
「おぉ……」
彼はすっかり2人の演技に見惚れていた。さっきからずっと「おぉ……」やら「ほぉお……」と言った言葉しか発していない。
「仕方がないだろう! まさか2人がここまでやるとは……」
「そうね。私も驚いてるわ」
優は剣を構えたまま後方へ滑り退がりながらに『氷術』で滑り台を造ってみせた。その間刹那はリンクの縁付近を滑ることでフィールドを大きく使い、またそう見せようと意図していた。
「楽しそうだな、全く」
「そうね。私も参加すれば良かったわ」
演技はいよいよ終盤。刹那は造ったばかりの滑り台を一気に登ると、勢いのままに飛び出して刹那の頭上を飛び越えた。
着氷のまえに『アシッドミスト』を唱えて霧を発生させると、今度は刹那が『氷術』と『光術』を放ってダイヤモンドダストへと昇華させる。
光り輝く霧の中、着氷を決めた優と刹那が同じタイミングで居合いを放った―――
●採点結果。アーサー票:6、キャンドゥ票:8。合計得点:14。
御神楽 環菜(みかぐら・かんな)と御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の夫婦は来賓席ではなく一般観覧席にて競技を観戦していた。
環菜はどの演目も目を輝かせて見入っていたのだが、いま演技を終えたばかりの神崎 優(かんざき・ゆう)・陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)ペアをはじめ、蒼空学園の生徒が登場すると、まるで我が子を見守るような目をして演技を見つめていた。
「良かったわ。美しい演技だった」
「そうだね。俺もそう思う」
贔屓目は……多少はあるだろうが、それでも素直に美しい演技だったと思う。特にダイヤモンドダストをリンクに発生させた所なんかは―――
「あの霧の場面」
「えっ?」
偶然にも同じ場面を思い返していたようで。それだけでも陽太は嬉しく思ったのだが、不意に言った妻の言葉はそれ以上に嬉しいものだった―――
「あの時の星空を思い出したわ。信号機諸島での夏のお祭り」
「お祭り?」
「ほら、あなたがオルゴールをプレゼントしてくれた」
「オルゴール………………あっ! 覚えててくれたんだ」
「忘れてたのはあなたでしょう」
そう言って妻が小さく笑う。確かに妻の言う通りだ。パラミタ内海の「信号機諸島」で行われたサマーバレンタインのイベントで、彼女にオルゴールの贈り物をした。
「周りの音がうるさくてオルゴールの音が聞こえなかったのよね」
「そうそう、それで2人して耳を当てて聞いたんだった」
「あら、それは私だけでしょう? あなたは最後まで恥ずかしがっていたじゃない」
「そう……だったかな? あはは……」
今ならもちろん……うん、恥ずかしくない。恥ずかしくない。
「お茶のお代わり、いるかい?」
「えぇ。頂くわ」
ちょっと恥をかいた気もするけど、思い出話はやっぱり楽しい。
「あら? 知った顔が出てきたわ」
次の演技者としてリンク上に姿を見せたのは何と! 城 紅月(じょう・こうげつ)と金 鋭峰(じん・るいふぉん)のペアだった。
演技が終わるまでティータイムはお預けにするとしよう。
夜会服に身を包んだ2人は、曲が始まる前に『幸運のおまじない』のハイタッチをした。
城 紅月(じょう・こうげつ)と金 鋭峰(じん・るいふぉん)が披露するのは教導団の剣舞だ。
序盤は国軍の規律を表したかのような、鋭くも一糸乱れぬステップワークで互いに距離を取ってゆく。これは剣舞への布石とするためで、それでもあえてリンクを大きく見せないように2人の距離は5mと離れないよう心がけている。
会場に流れる曲が「ワルキューレの騎行」から「剣の舞」に変わったなら、いよいよ剣舞のパートに突入。2人が一気に距離を詰める。
演目といえど良い機会だ、と紅月は本域で金に剣を振った。もちろんあくまで剣舞だという事は忘れてはいないが、それでもどうにも金の剣は紅月の剣を常に一手先で待ち構えていた。
動きを予測し、正確に素早くそこに切っ先を置く。これこそ正に「言うは易し」だが、金はそれを涼しい顔でやってのける。
力量の差は悔しかったが、それでも本気で挑み続ける内に自然と笑みが溢れるたのを感じた。嬉しく思えてしまう辺りが実力の差を物語っているのかもしれない。
演目の最後はダンスパート。曲もオリジナルのミックス曲だ。
振り付けも主従を感じさせるものだったり、リフトも美しくエレガントであるかを重視してプログラムしている。
ラストのキメポーズも曲の終わりにピタリと合った。額に汗かく2人の顔は達成感に満ち溢れていた。
●採点結果。アーサー票:7、キャンドゥ票:7。合計得点:14。
「えぇっ、わ、私がフィギュアスケートの大会に出場ですかっ?!!」
そんな風に驚いていたのはいつの事だっただろうか……。 ドクター・ハデス(どくたー・はです)のパートナーであるアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は次が出番だというのにリンク袖でそんな事を思っていた。
確かにスケートは苦手ではないが、大勢の観客の前で演技をするなんて……しかもペアの相手はよりによって{SNL9998689#キロス・コンモドゥス}……。
「キ、キロスさんとフィギュアなんて、無理ですっ!」
なんて言っても聞き入れてもらえなかったなぁ……というか取り入る隙すらなかった気がする。聞いたところよると、この時すでに大会への出場申請は終えていたようで、その後は本当に有無も言えずに言われるがままに今日この時を迎えてしまったわけで……。
「うぅ〜〜〜。うぅぅぅう〜〜〜〜〜」
心の整理は一つも出来てない。だって今だってキロスさんを見ていると、何故か胸が苦しくなるんですものっ! こんな状態でリンクに上がるなんて。演技なんて出来るはずがありません!
「さぁて、軽く大暴れしてやるかなぁ!!」
アルテミスがこんなにヤキモキしてるのに、キロスの横顔はやる気満々に猛っていた。どうしてこの人はこうなのだろう、というか演技をするという事を分かっているのだろうか。
「………………」
狩りにでも行くかのような顔をしているキロスを見ていたら、不思議なことに今度は怒りが沸いてきた―――
「はっ! そ、そうです! 「一緒に踊る」と思うからいけないんです! キロスさんへの怒りをぶつけて、氷の上で戦うと思えばいいんです!」
アルテミスが辿り着いた結論。それは彼を見ていると胸が締め付けられるように苦しくなるのは、つまりは殺気。きっとあの時の苦しみは今この時に感じるであろうイライラを予見してのものだったに違いない! と。
………………ハデスのお膳立てが台無しに。結局この日もアルテミスは自分の気持ちに気付けない残念な鈍感娘だった。
吹っ切れた顔でリンクに上がった彼女は『軽身功』で氷の上を飛ぶように滑っては全力で『絶零斬』を放つ。『パスファインダー』も習得しているため氷上での戦闘はお手のものだ。
キロスもこれに応えるように手加減もせずに斬り合うものだから―――リンクはボコボコ、見えている画は空中を直線で跳ぶ2本の動線ばかりという、なかなかにシュールな画になっていた。というよりもはやフィギュアスケートでは無かった。
未だ気付かれる事のない恋心と共に……残念。
●採点結果。アーサー票:2、キャンドゥ票:2。合計得点:4。
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