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リアクション
少し前、神条はアルバイトで悩んでいた。
そんな時、ルシアが寿子の手伝いで空京ビッグサイトに行くと聞いて、人手が少ないからと話が来たこのバイトを二つ返事で引き受けたのだった。
ルシアとほぼ会うこともできず何度も何度も荷物を運び、場内整理をし、幾度となく広場を通るたびに望んでもいないのに筋肉美を披露されたりもしたが、ここでようやく報われた気がすると神条は思った。
ようやく会えた彼女はいつにも増して可愛らしい格好に身を包んでおり、衣装用に直したであろういつもと違うメイクで雰囲気もまた一味違う彼女の一面が感じられた。
彼女をじろじろと見ていたであろう会場の他の男たちに多少の嫉妬を覚えつつ、今こうしてようやく二人で話せていることに神条は嬉しくなった。
「そういえば重そうな荷物だけど中に何が入ってるの?」
「わああああ!!!」
少しフタの開いたダンボールを興味心身で開けようとするルシア。
ギリギリでルシアより先に手が届き何とか防ぐことはできた。
「こ、これはだなっ、サークルのところに他のサークルのものが一部紛れ込んでたらしくてその回収でだなっ」
「なによぅ。見るくらいいいじゃないの」
「いやいやいや、あんまりそういう他サークルの話をね、別のサークルのところでするのはよくないっていう」
「むー」
焦って自然と早口になってしまったのだが、そんな言葉で仕方なくだろうが納得した様子のルシアにほっと胸を撫で下ろした。
……まさかこんなところで見せるわけにはいかない。
確かに嘘はついていない。
他サークルの荷物の中に違うサークルが発行した同人誌が一緒に入っていたというのだ。
それだけならば、別に問題はない。
問題なのは『中身』だ。
同人誌というものについて一般人がどれほどの理解をしているのかは知らないが、少なくともルシアにはごくごく浅い知識しか入っていない。
そんなルシアの目の前で男子御用達の、しかも表紙からして女性のあられもない姿が丁寧に描かれた同人誌が山積みで目の前に現れたら、彼女がどういう反応をするか分かったものではない。
仮に――というかそもそも自分のせいではないのだが――セクハラだなんだと非難されるのは間違いなく荷物を運んでいた神条だ。
ただでさえ世間事に少々疎いルシアには刺激的すぎるものだというのに、さらに悪影響でも出たらどうしてくれることだろう。
本のことがちらつき、目の前のルシアと脳内で混ざりあう。
セクシーなポーズのルシア、悩ましげな表情を浮かべるルシア。
……ちょっぴり大胆なルシア。
「……それはそれで良いかも知れない……」
「どうしたの?」
「いやぁ! なんでもないよ、うん!」
思わず口から零れてしまうほどの邪念を見透かされたような絶妙なタイミングで声をかけられて神条は我に返る。
ルシアは箱のことなどすっかり気にも留めない様子で今日の出来事を楽しそうに話して聞かせてきてくれた。
ルシアが話しはじめてそう時間が経たないうちに、桐生が一人でブースに戻ってきた。
「お待たせルシアちゃん。途中でアイリちゃんにあって、寿子ちゃんと一緒にちょっとサークル回ってから戻ってくるって。……で、この人は?」
笑顔で戻ってきた桐生、そんな彼女がほんの少しだけ声のトーンを落としたことに気付いたのは、きっとこの場で神条だけだったろう。
「この人は知り合いの神条和麻さん。ほら、この間話したでしょ?」
「ああー、あの!」
少しだけ声のトーンが上ずったことで、神条は少しだけほっとしたのだが。
「うちの可愛いルシアちゃんを『押し倒した』と噂の、神条和麻さんですね?」
「ちょ、ちょっと!」
わたわたと恥ずかしそうに桐生と神条を交互に視線を慌しく移動させるルシアとは対照的に落ち着いてにこりと笑う桐生だったが、目がまるで笑っていない。
「えぇぇ……えーと、どこからそんな話が……」
「おや、やっぱり本当なんですね……?」
ゴゴゴ、とまるで効果音が聞こえてきそうな怒りを感じて焦る神条。
「じゃ、じゃあルシア、俺はそろそろ行くよ。荷物持って行かなきゃだし」
鉄壁のナイトに守られたお姫様に別れを告げて、大人しく帰ろうとテーブルの荷物を取ろうとする。
「荷物ってこれですか? 早く持って帰ってくださ…………ん?」
いち早く神条を帰すべくテーブルからダンボールを動かす桐生。しかし、そんな彼女の視線は、運悪く動いたことでフタがふわりと開き見えてしまったパンドラの箱の中身に奪われてしまった。
「っっっきゃああああああああっっ!!!」
叫んだのは桐生ではなく神条だったが、蒼い顔に変わった後にまるで虫でも見るかのような顔で無言で見つめられれば中身が見られてしまったことは容易に想像がついた。
ひったくるようにダンボールをもぎ取り、走り去る神条。
「ルシアちゃん、可愛いんだから気をつけなきゃダメだよ? 私がちゃんと守ってあげるからね!」
「ん? ありがとう。でも何から?」
「危ないこととか!」
桐生がいるから安心とほんわか笑顔で言われては、桐生も毒気が抜けてしまう。
しかし、確実に神条は桐生に目をつけられてしまったようだ。
「……ルシアちゃんは簡単に渡したりしないんだからね」
ぼそりと呟いた声は人ごみにかき消されてルシアには届かなかった。
「うぅ、ルシア……君は純粋なままの君でいてくれよ……」
スタッフルームで机に突っ伏して半べそになりながら、箱の中身をじっと見つめて大きく溜息をつくのだった。
『――以上を持ちまして、本イベントを終了いたします』
アナウンスが流れると同時にあれほどまでにざわついていた会場は一気に静まり返り、皆大人しく放送を聞いていた。
そしてたった今、終了のアナウンスが流れると会場中から一斉に歓声と拍手が沸き起こった。
こうして、年末の一大イベントは幕を下ろした。
後数時間で新しい年がやってくる。
年末のイベントでしか流れないこのアナウンスに、皆それぞれの思いを抱えてここから歩き出す。
『それでは皆さん、良いお年を!』
新年まで、あと少し。
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