天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

A NewYear Comes!

リアクション公開中!

A NewYear Comes!

リアクション

 
 
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! お札にお守り、何でも取り揃えてるよ〜!」

 隣で元気に声を上げる布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)を後ろ手でぺしっと叩いて、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は溜息をついた。

「佳奈子……バナナのたたき売りじゃないんだから、もっとおとなしく売らないとダメよ」
「バナナのたたき売りって何? セールみたいな?」
「ん〜まぁちょっと違うけど大体そんなもんね」

 セールならお買い得じゃん! とわけの分からないことを言い出した布袋に、少しだけ痛くなった頭を抱えながら、この授与所を訪れる人が少ないことにちょっぴり安堵したエレノアだった。
 新年早々にアルバイトに応募した二人。
 貧乏学生だからお金を稼ごうという布袋に誘われて、というよりも何かやらかさないように心配だからついつい一緒についてきてしまった。

「しかしよく受かったわよね。日本なんかもそうだと思うけど、巫女の条件ってかなり厳しかった気がするのよね。言葉遣いもそうだけど純潔とか未婚とか、年齢も若くないといけないそうじゃない?」
「大丈夫だよ〜高校生だもん!」

 えへへと笑う布袋にちょっとだけ元気をもらった気がして、エレノアも頑張ろうと意気込む。しかし、再び布袋のたたき売りのような口上が始まってどう説明したら布袋に分かりやすく伝わるのか頭を悩ませていた。

「なんだなんだ。ここは実に元気だな!」

 休憩中の馬場が二人の様子を見にやってきたのをみて、エレノアは助かったと思った。

「校長!」

 いや、理事長か?
 などと頭に浮かんだがもはやそんなことはどうでもいい。隣のたたき売りを何とかするのにどう説明したらいいのかまるで思いつかなかった。
 事情を説明すると、馬場は分かったと布袋の方に向き直った。

「さぁ、もっと元気をだしていけ!」
「いえすまむ!」

 あー、だめだ。

「いいんですか? これだと巫女さんのイメージとかけ離れてる感じがするんですが……」

 私だったら、きっとそこじゃない授与所に行くだろうと考えてエレノアは口を開いた。

「いや、まぁ楽しそうだからいいだろう。こっちもつられて楽しくなってくる気がする」
「気だけで大丈夫ですかねぇ……」
「ここの子は元気でいいと、職員の間で噂になっていたぞ」

 自分たちが知らないうちにすっかり噂が飛んでしまっていたようだが、伝わっているものはもうどうしようもない。せめて悪い噂ではないようにと祈りながら残りの時間をよりよい接客につとめようと心に誓うエレノアだった。

「これはどういうご利益があるのだ?」
「『家内安全』ですね。家族に事故や病気がないように、また穏やかにすごせますようにというものです」
「ほう。ではこっちの『しあわせお守り』というのは」
「えーと、こちらは願い事が実を結んで、あなたに幸せがおとずれるようにと祈願したものです」

 相変わらず人気のない授与所前で、馬場がふと御守りを手にし布袋に話しかける。馬場の問いかけに、あまり時間を置かずにきちんと答えることができている布袋。
 説明を聞いたときは種類がかなりあることで覚えきれないと弱音を吐いていたが、いざとなってみればきちんと参拝客にも答えていたのを思い出す。
 参拝客が遠のいているときは、お守りなどのご利益が分かりやすく書いてある表を見て勉強していた。そのためか割と早い段階で表を見なくとも答えられるようになっていた。

「うむ。ここまできちんと説明できているのだ。呼び込みはまぁ少しあれだが問題はないだろう」

 馬場は何かに納得したように何度も頷くと「頑張るんだぞ」と言い残してもと来た道を帰っていった。
 笑顔で見送るついでに、また元気よく声を上げる布袋を見ながら、多少は譲歩しようと思うエレノアだった。




「わぁー、お父さんお母さん! すっごいいっぱい人がいるよー! あとお店もいっぱい!」

 両手の先を見上げながら佐野 悠里(さの・ゆうり)は両親に目を輝かせながら声を上げる。
 左手の先には優しそうに笑う母・佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)の姿がある。彼女の雰囲気を表しているかのような柔らかさのある桃色の振袖は、娘とお揃いの生地だ。
 右手の先には、父である佐野 和輝(さの・かずき)。その腕にしっかりと抱きかかえられている義姉アニス・パラス(あにす・ぱらす)の姿があった。白緑の振袖に身を包み、しっかりと落ちないように和輝に捕まっている。

「アニス。気分は大丈夫か?」

 小さく頷き、首に回したてにきゅっと力がこもる。
 昨年和輝とルーシェリアはめでたく結婚して、アニスたちが家族になって始めての年末年始。しかも未来から自分たちの娘もやってきて今年は今まで以上に賑やかだ。家族となって始めて迎える新年なので、せっかくだからとみんなで初詣にやってきた。
 アニスの人見知りが多少はましになってきたとはいっても、まだまだ初詣の混雑っぷりに出歩くのは厳しすぎるだろうと和輝は言ったのだが、それでも「行ってみたかったしみんなで行きたい」といわれれば断る理由などどこにもない。
 無理をしないという条件で出かけてきたのだが、さすがにこの人ごみを見て少し戸惑っていたようだが、抱きかかえている状態ならば安心するのか大丈夫なようだった。こうして、初めて家族での初詣に出かけてきたのである。
 参拝の時だけ和輝はアニスをおろして四人並んでお参りをした。
 それからアニスはまた抱きかかえられ、悠里は母と手を繋いで今度はおみくじの方へと向かう。

「お母さん早く早く!」
「あらあら、悠里ちゃんは元気ですねぇ〜」

 うふふと嬉しそうに娘を追いかけるルーシェリア。そんな二人を見ながら、たまにはこんなのんびりとした新年があってもいいなと和輝は笑って、アニスとともに二人を追いかけた。
 アニスに言われて下ろしてやると、悠里と一緒に楽しそうにおみくじを引きに向かう。

「ねぇねぇ、アニスお姉ちゃんは何をお願いしたのー?」
「にひひ〜、秘密〜」

 楽しそうな姉妹を見ていると二人もなんだか嬉しくなる。

「くしゅっ」

 参拝の列に並んでいたせいですっかり体が冷えてしまったのかルーシェリアがくしゃみをする。
 家を出たときよりも冷え込んできたようで、暖かなオーバーコートを着込んだ和輝にも空気の変化を肌で感じた。寒くないようにと子どもたちには振袖の下にも暖かいものを多く着せたのだが、やはりカイロか何か持ってくるべきだった。和輝がふと視線を動かすと、その先にちょうどいいものを見つけた。

「ありがとうございます。和輝さん」

 差し出された紙コップの中身は、ほこほこと湯気とともにいい香りが立ち上っている。

「お母さん、これなあに?」
「これはね『甘酒』っていうんですよぉ〜」

 伝統的な甘味飲料の一つで、見た目はどぶろくに似て白っぽく濁っている。
 麹を発酵させて作る方法と酒粕を発酵させて作る方法などがあり、その作り方や配合は地域によって少しずつ違う。

「お母さんたちだけずるいー! 一口ちょうだい!」

 自分たちも温かいものが飲みたいと言うので、さすがに冷えたままでいるよりは仕方ないと一口ずつ飲ませた。
 基本的な甘酒はほとんどアルコールが入っていないのだが、こういう日の甘酒はアルコールが多めに入っていたりする場合もある。和輝が飲んで確認したがアルコールはほとんど入っていなかったので、特に問題もないようなのだが、あんまり子供たちにアルコールを飲ませたくはないという思いもあり、一口ならば過剰摂取にもならないと踏んでコップを渡した。

「……おおう、独特の味がするね! でも美味しい♪ ―――おかわり!」
「だーめーだ」

 抱きかかえたアニスに一口飲ませれば、その甘さが好きになったのかおかわりを要求してきた。それでもちゃんと一口でコップを返す辺りはいい子だなぁと和輝は思う。
 しかしそれはそれ、これはこれ。
 一口という約束だったし、あまり多く飲んで少ないアルコールでも体に多く溜まってしまっては困る。
 しかし。

「……はれ? 何か、すごく身体がポカポカしてきた……」

 ルーシェリアの甘酒を飲んだ悠里がぼんやりとアニスを見つめていた。

「お姉ちゃん顔真っ赤ですわー」
「にゃはは、悠里ちゃんもまっかっかだよ〜」

 過剰摂取に気をつければ大丈夫。
 改めて飲んでみて、アルコールはほとんどないのは確認したし、様子を見ながら飲ませれば大丈夫だ。
 っと、思っていた時が俺にも在りましたとさ。

「和輝さぁ〜ん」

 二人が酔ってしまった様子を見て、ルーシェリアも酔ったふりをして和輝の腕をぎゅっと掴んで甘える。
 もちろん大好きな嫁に甘えられて嫌な訳があるはずもないのだが、この状況。
 熱いから脱いじゃえばいいとか怖ろしいことを言い出す娘たち。必死で公開脱衣を止められたかと思えば、今度はアニスが「じゃあ周りを寒くしちゃえばいいんだ〜」とか言い出して辺りに雪を降らせる。

「お母さんずるい、悠里もお父さんと一緒にくっつくのー!」
「うふふ〜、じゃあ一緒にくっつきっこしましょ〜」
「にゃははは〜♪ 【雪使い】だよ〜!! もっといっぱい降れ降れ〜!」

「ああもう! うちの家族は何でこうもアルコールに弱いんだよ!」

 唯一の救いは、アニスのために人通りの少ない横道にそれていたことか。
 仕方ないなぁと言いつつも、必ず見え隠れする愛ある対応。和輝は家族がいることの楽しさやありがたさ、そして大変さを一気に担いつつ、佐野家の新年はなかなかにのんびりとはすごせそうにないことを身を持って知ることになるのだった。