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リアクション
「マスター、さっきは真剣に何をお願いしてたんです?」
フレンディスはともに参拝を終えたばかりのベルクに尋ねた。
「ばか、教えるかよ」
「意地悪ですねぇ」
ふふふっと嬉しそうに笑うフレンディスにはベルクが自分のことを願ってくれているのは分かっていた。いつも自分のことを第一に考えてくれるベルク。
ずっとパラミタで皆と一緒に楽しく平和に過ごせる事が出来ますようにと願ったフレンディスだったが、心のどこかでベルクと過ごす時間を大切にしたいという気持ちも少なからず芽生えてきた。いつかそれしか考えられなくなるのは少し怖いと思いつつ、今この瞬間を大事にしようとフレンディスは自らベルクの手を引いて歩き出した。
「おやおやおや〜! そこ行く彼女はフレンディスさんではないですかぁ〜」
仁科 耀助(にしな・ようすけ)が雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)とともに参道を歩いてきた。
「仁科さんに雅羅さん、あけましておめでとうございます」
「また珍しい組み合わせで……」
女の子大好きな仁科は、『シャンバラにある全学校の(女子)生徒とお友達になる!』と公言しているだけあって可愛い女子や綺麗な女性を見掛けると声を掛けずにはいられない性質だ。黙っていればそれなりに格好はいいのだが、いつもヘラヘラとした笑みを浮かべている。
そんな軟派な仁科とは対照的な雅羅は軍人の祖父と父を持ち、厳しく育てられた。ゆえに「女の子ならみんな好きなの」の姿勢を取る仁科とは相容れないと思っていたのだが。
「年明けそうそう災厄よ……」
「オレは本当に幸運だなぁ。新しい年の始まりからこんな可愛い人たちに出会えるなんてっ!」
ぼそりと呟く雅羅の言葉などまるで耳に入っていない仁科はフレンディスの両手をぎゅっと握って向き直る。
「そーだフレンディスちゃん、今度一緒にお茶に行こうよ〜。あ、その時はちゃ〜んとワンコはお留守番させてきてネ☆」
「誰が犬だコラ」
「? うちは犬は飼ってませんよ?」
それから何度かフレンディスの天然っぷりがいかんなく発揮されたあと、「向こうから女の子の匂いがする!」と叫んで仁科は明後日の方向に走り去っていった。
「ホント、災難だわね」
あのパワーをもっと他に生かせないのかしらと雅羅は本気で考えているようだった。
「そういえばあなたたちこれからどうするの?」
「そうですね。もう大体見て回ったので、のんびり出店でも見てから帰ろうかと」
「あらそうなの。じゃ、良かったら途中まで一緒に行きましょ」
参拝の列まで雅羅を見送って、二人はゆっくりと出店が並ぶ通りへと下りていく。
「ほら、フレイ」
先ほどまで離していた手を再び差し出すベルクに、フレンディスもそっと自分の手を重ねるのだった。
「まさか、御前から初詣に誘ってくるとは思っていなかったよ」
参拝を終えたセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)が甘酒を渡して隣にいる玉藻 御前(たまも・ごぜん)に声をかける。
「ふむ、形式的ではあるが、普段より信心すらない神仏に祈るのも一興かと思うてのぉ。まぁつまるところ気分じゃ」
「気分か。じゃあ仕方ないな」
賽銭を投げて熱心に参拝する客たちを見て、たまにはこうやって正月気分に浸るのも悪くないとセリスが思い始めた頃、ふと何か大事なことを忘れているのに気付いた。
丸くて、白くて、それでいてとてつもなくあざとい。
そんなやつを野放しにしていいのだろうか。いや、多分よくない。
――くっふっふっふ……ついに我の時代が来た。
「……ところで、さっきまでいたアイツは何処へ行った?」
「さて、正直妾にはどうでもよいことじゃ。そんなことよりもそもそも今日は、妾が誘ったのじゃ……偶には、あやつの事は放っておいてもよかろう?」
ついっと近付いて玉藻はセリスの耳元で呟く。しかしセリスは表情を変えることもなく、それもそうだなと平然と言ってのける。そんな普段惑わされないセリスがたまに驚く瞬間を見たくて、玉藻はついついからかってしまう。
「きたきたきたきたーーーーーーっっっ!!!」
素っ頓狂で聞きなれた声が飛んできた方向を見ると、そこだけ不自然に人が集まっているのが分かる。
「あぁ……あそこか」
「あそこじゃな……」
参拝客の中心、マネキ・ング(まねき・んぐ)は今まさに輝いていた。
今から数十分前。玉藻とセリスが参拝の列に並ぶと聞いて、並びたくないからここで待っていると分かれたことが始まりだった。
特にすることもなくただ待つ時間はことのほか退屈で、五分もしないうちにすっかり飽きてしまった。しかしここで待っているといった手前、勝手に動いてはあとで玉藻にこっぴどく叱られるかもしれない。
どうしようか考えていたマネキの近くに賽銭箱が置いてあるのを見つけた。
参拝客のほとんどが神社の中心部に設置されている大きな賽銭箱へと向かってしまうが、その少し横に小さな拝殿があり、賽銭箱も設置されている。
暇つぶしに崇められる気分でも味わおうと、試しに賽銭箱の向こう側に座ってみたのだ。
――おぉ、なんという高揚感。
得も言われぬ感覚にマネキの右手が上下する。
たまたまマネキが勝手に座り込んだ拝殿に参拝客が訪れた。人もいないので願い事を口に出している。マネキを完全に神社にあらかじめ置かれた招き猫か何かだと思っているのだろう。
しかし、人の悩みというものは自分でいくら悩んでも解決できないのに、第三者にとっては意外と単純なことで悩んでいるようにも見え、第三者の一言でその悩みが解決に導かれることもある。
たまたま聞いていたその悩み事が、マネキにとって本当にくだらないことに思え、ついうっかり「こうしたらよいではないか」とアドバイスをしてしまった。
それからというもの、あれよあれよという間にマネキの周りに人は集まり、参拝に来た方々の願いに応える――というよりも、願掛け相談なるものを本人はしているつもりで気付けば回りはいつの間にかマネキを神様扱い。食べ物はマネキの目の前にどさりとつまれ、実際にマネキに与えているわけではないが、たくさんお賽銭も入れられた。
話はあっという間に飛躍して今ではマネキは空京神社のご神体ということになって参拝客から奉られてしまっていた。
「いいだろう……聞き届けようその願い!」
「ありがとうございます!」
「ただし、今年一年の間、アワビをよく買うことだ」
「は……? アワビ、ですか?」
「そうだ!」
いつの間にやら得てしまった高い地位に高揚感は抑えきれず、マネキはどこまでも止めることなくその座に居座り続けた。
「我を超える存在など……神ですらありえぬのだよ!」
当然、彼女を怒らせる結果になるだろうことは露ほどにも覚えていなかったのだが。
「……おぬし、そろそろ満足したか?」
聞きなれた声が怒気を孕んで低く周囲に響き渡る。
「随分と周りに迷惑をかけたようじゃのう……」
「いや、その、あの」
「本当の神の力、ここで降ろして見せてもよいのじゃぞ……?」
「本当にすいませんでしたああああああ」
そこからはマネキだけでなく玉藻とセリスも方々に謝りに行く羽目になり、マネキがこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
「今年こそ、世界征服が実現できますように、と」
丁寧に参拝をして世界征服をちゃっかりと神頼みしたドクター・ハデス(どくたー・はです)。
紋付袴の上に白衣を羽織るというオリジナリティ溢れるコーディネートで、空京神社に出没中だ。
悪の秘密結社オリュンポスの大幹部にして天才科学者なのだが、『一年の計は元旦にあり』と毎年律儀に初詣に訪れ世界征服計画の実現を祈願したりしているのだ。
「ハデスー、神奈がいるのここから割りと近いみたいだよー」
ハデスとともに参拝に来たデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が、奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)が勤務している授与所に早く行こうと引っ張るが、ハデスはなにやら考え込んでびくとも動かない。
「……ふむ。やはりこれだけ願いがでかいと神社に何か奉納すべきだな……」
腕を組んで目を瞑ったまま空を見上げて数分姿勢をキープする。
その間、袴の上の白衣はバタバタと風にあおられ、太陽を浴びて白く輝いていた。
「そうだ、これだ!」
「ハデスまだー?」
「よし決めたぞ! 神社の人たちが楽できるように、この俺が開発した発明品『全自動巫女服洗濯機』を奉納するとしよう!」
すっかり疲れて座り込んでしまっている様子のデメテールの声などお構い無しにハデスはポケットから発明品を取り出し、拡散していたナノマシンが再構築されていく様を嬉々として見つめている。
「しかも巫女服でも傷めずに洗える手洗い機能まで搭載してある。バイトの巫女装束を綺麗に洗濯してしまうがいい!」
高らかに笑って、『奉納』と書かれた札をべちんとマシンに貼りつけて神社に納め、満足そうな笑顔を浮かべてハデスはその場所を後にした。
奉納されたハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)、『全自動巫女服洗濯機』機能付のこの発明品は、無事に神社に奉納されていた。
――起動シマス――
しかしなぜか勝手に電源が入り、そしてついには巫女服を求めて外へと向かっていくのだった。
「うぅ〜、そんなに怒らなくてもいいではないか……ん?」
奉納場所を出た階段下で、マネキは大きな溜息をついていた。
玉藻たちに散々叱られたあと、しばらく奉納場所に隠れていたのだがなにやら物音がするのに気付いて振り返る。
うわあああああああああああああっっっっ
段差をガタガタと一気に駆け下りた発明品は、クッションを介して地面に無事着地すると、巫女服を求めて走り去るのだった。
「神は……死んだ……」
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