校長室
A NewYear Comes!
リアクション公開中!
「結局、会えませんでしたわね……」 夕方、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)が沈んでいく夕陽を見つめて溜息をついた。 隣にはアイラン・レイセン(あいらん・れいせん)が元気を出してよと屋台で買ってきたたこ焼きをもぐもぐと頬張りながら笑顔で言う。 地球にいた頃は、初詣に行ったたことがなかったので、こうして外に出歩けるようになって始めて訪れたのだ。 初詣でこんなにも神社に人が集まると思っていなかったので、かなり驚いてしまって、参拝が済んだら早めに帰ろうと思っていたのだった。だが、アイランがくじ引きみたいで面白そうだからという理由でおみくじを引いてみたいと言い出し、授与所へ寄ったのだ。そこで香菜と馬場から仁科がここに来ていると聞いてもしかしたら会えるのではないかと淡い期待を抱いていたのだ。 自分とアイラン、そして仁科へと渡せるように御守りを三つ買ったのはいいが結局会えずじまいだった。 「アイラン、これあなたに」 「これ、あたしに? ありがと悲哀ちゃん♪」 御守りを渡すと心から喜んでくれている様子のアイラン。そんな彼女を見ていると次第に元気が沸いてきて笑顔になる。 そうだ。別に今である必要はない。もう渡せるようにと決めて買ってしまったのだ。もし次に会えたら、その時渡せるように……。 渡せるのだろうか? そんな引っ込み思案な考えが何度も浮かんでは消えていく。 気付けば夕陽は沈みかけ、隣にいるアイランもすっかり買ってきたたこ焼きを食べ終わっていた。 「そろそろ帰ろうか?」 「うん。いいよ!」 元気に立ち上がるアイラン。そんな彼女と一緒に階段を下りていく。夕日が当たってオレンジ色がとっても綺麗だ。 「そこのお嬢さん方。よかったらオレとお茶しにいきませんか?」 聞きなれた声に振り返れば、そこに立っていたのは夕陽に照らされた待ち人の姿だった。 「よ……耀介さん!」 あれほど探しているときには会えなかったのに。先ほどまでの気持ちがどこかに吹き飛んで、目の前にいる仁科が夢ではないことを一雫は願った。 それからというもの会話はしていたはずなのに、石段を下まで下りてくるまでのほんの少しの間の内容がまるで覚えてられない。 せっかく本人が目の前にいるのにろくに会話も出来ず、目もあわせられず、肝心の御守りも渡せずでは。新しい年がスタートしたのだから自分も切り替わらなければ。 「あの、耀介さん……これよかったら……!」 恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながら一雫が仁科に御守りを差し出した。 「これ、オレに?」 恥ずかしさのあまりこくこくと頷くことしかできなかったが、確かに渡すことが出来た。 「……わ、御守りだ。ありがとう。大切にするよ」 今までにない優しい笑顔を向けられて一雫の緊張は一気に許容範囲を超えた。 「そ、それでは失礼します!」 恥ずかしさのあまり、一言だけ残して一雫は走り出した。 「あ、待ってよ悲哀ちゃん! 耀介ちゃんまたね〜」 ぶんぶんと仁科に手をふり、アイランも一雫を追いかけて走っていってしまう。 渡すだけ渡して走り去ってしまった彼女たちに、つい笑ってしまった仁科だが、もらった御守りを大事そうにしまって上機嫌で歩いていくのだった。 やってしまったと思いながら走る一雫。彼女のポケットの中で未だ読まれていない大吉のおみくじがころころと転がっていたのだが、彼女がそれに気づくのはもっと後のお話。 「兄貴、みかんとって」 「ほら」 仁科 姫月(にしな・ひめき)と成田 樹彦(なりた・たつひこ)は家でテレビを見ながら、普段の忙しさを忘れるようにまったりとすごしていた。 たまには初詣に出かけるのもいいかとも思ったのだが、中継で神社の人ごみの様子が映し出されると、家の中にいたほうがゆっくりできると二人でコタツに入ってくつろいでいたのだった。 狭いと文句を言われながらも、成田の隣にもぐりこむ姫月。 ぽすりと寄りかかり甘えるように頭を胸にあずければ、頭を優しく撫でられる。 「なんだか猫みたいだな」 成田はくすりと笑って、頭を撫でてやると姫月が嬉しそうに声をあげる。 成田は以前記憶をなくしていた。だが姫月と契約したことでその記憶を取り戻すことができたのだ。とはいえ、その記憶が戻ったほうがよかったのか、散々悩んだ時期もあった。 成田は姫月の実の兄・仁科誠だったからだ。好意を寄せられていたのを知ってはいたが、自分が兄であると知ってからは余計に悩んだものだ。 結局考えた末彼女の想いを受け入れ、今ではこうして姫月と一緒にいることを自ら決めたのだ。 その頃のことを考えると、今ではなぜあんなに悩んだのか分からないという感じもする。それが正しいのかは分からないが、それでよかったと二人は思っているのだ。 「あ、悲哀ちゃんとアイランちゃん! 馬場校長まで! あ〜、屋台の食べ物美味しそう〜! やっぱり行けばよかったかなぁ」 テレビに映った友人や屋台の様子を見てぼやく姫月に「行きたかったか?」と問う。 少し考えて姫月はそっと首を振った。 「兄貴と二人でいたいから、いいや」 可愛いことをいう妹を自分の胸に押し付けるようにぐりぐりと撫で回すと、楽しそうに「ふああああああ」とどこから出しているのか問いたくなるような鳴き声のようなものが聞こえてくる。 あまりにおかしくてつい吹き出して何度もやっていると、「息苦しいでしょっ」と涙目で怒られてしまった。 お茶のおかわりを淹れに台所へと立つ姫月。 そんな彼女に背中越しに声をかける。 「姫月、明日どっかでかけるか?」 「ん〜、どうして?」 そこでなぜと問うのはなぜなのか気になったが、あえてそこはスルーで成田は続ける。 「せっかくだし、年明けデートでも――」 ばたばたと走ってきて後ろからぎゅっと抱きしめられる。 「やった! じゃあ明日は兄貴とデートね!」 上機嫌でお茶をそそぎながらどこに行こうか考え出す姫月。 明日はあちこち行って忙しくなるだろうことを考えると、成田も少し待ち遠しい。 「お、茶柱」 茶のみを覗くとそこには縁起物の茶柱が二本寄り添うように立っていた。 せめて今日は二人でのんびりしようと、またこたつに仲良く寄り添うのだった。 新しい年がまた始まり、そしてまた次の年へと向かって止まることなく走っていく。 空京神社の片隅にある摂末社のすぐそばで、雅羅は空を見上げていた。 いろいろな出会い、別れ。他にも多くの出来事があるけれどもいつだって振り返るときにはあっという間に過ぎ去ってなくなってしまったあとだ。 だからこそ今この時を大切にしてほしいし、悔いの無いように精一杯生きてほしい。 どこかの誰かも、にっこりと笑いながらあなたの訪れをきっとどこかで待っている。 幸せは歩いてこないというけれど、歩いていくことは出来るのだから、新しい一歩を踏み出せばきっと何かが変わっていくことだろう。 記事を読み終わると雅羅はぽいっと焚火の火にくべる。 「……明日は屋台でも制覇してみようかしら?」 落ち葉とともに美味しそうに焼き上がった芋をはふはふと頬張って、帰り支度をしている竹取を待ちながら、明日への希望を抱いて輝き始めた星空をまた見上げるのだった。
▼担当マスター
宇角尚顕
▼マスターコメント
最後まで読んでいただきありがとうございます。参加してくださった皆様方、私事で公開が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした。 運営の方にもたくさん助けていただき本当にありがたく思っております。少しの間執筆をお休みいたしますがまたそのうちひょっこり帰ってくると思います。 大変お待たせしてしまいましたが、最後まで楽しんで頂ければと思います。 また皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。 宇角尚顕
▼マスター個別コメント