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リアクション
「みなさーん、明けましておめでとうございまーす! 本年も『ワイヴァーンドールズの旅して乾杯』よろしくお願いします!」
日が昇り、本格的に神社の境内が混み始める直前、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が番組の取材で訪れていた。二人が番組のMCを務めているこの番組は深夜の旅番組なのだが、今回はお正月特別企画ということで空京神社の巫女さんにチャレンジすることになったのだ。
セレスの従者である使用人がカメラを回し、アイドル衣装の二人をカメラに収める。
今日の収録はまず巫女服に着替えるところからスタートするのだ。
「というわけで、年始特別企画は巫女さんに挑戦! ですが、私巫女さんのアルバイト初めてなんですよ〜」
「本当は『巫女バイト』って言うのはちょっと違うんですのよ。わたくしたちみたいに年末年始のみ臨時で入る人のことを正式には『助勤巫女』って呼ぶんです。それで神社から出される巫女の臨時の求人のほとんどは『助勤』と書かれているんですよ」
「なるほど〜」
神社の豆知識などをセレスが話しながら今回二人が詰める場所に到着した。授与所の前には存在感の溢れる人物が待ち構えている。
「二人ともよく来た。今日はよろしく頼む」
ずおぉっと周りの空気すら威圧してしまうように授与所の前に立っていたのは馬場 正子(ばんば・しょうこ)その人だった。
「今回一緒に働く馬場正子さんです。こちらこそよろしくお願いします」
「うむ。では早速巫女服に着替えるところからスタートだな」
いきなりのサービスカットなのだが、サービスとはいえさすがに襦袢を着るまでのところはカメラもストップだ。本当は襦袢自体も下着に当たるものなのだが、二人は気にせずに着替えていく。
すでに着替え終わっている馬場に手伝ってもらいながらなんとか着替えを終え、授与所の中へと突入した。二人と馬場は以前から付き合いがあるのだが、テレビ用に改めて軽い自己紹介をし、業務の説明に入るのだった。
「基本的には、お札やお守り、絵馬におみくじなどを販売してもらう。たまに道を聞かれたりするので、境内の中であればこの地図を渡してわしらのいる場所がどの辺かくらいは伝えてあげて。分からなければわしに遠慮なく尋ねるがいい」
巫女服をまとった馬場はより注目を引くような出で立ちで、カメラが回っていることもあって参拝客からも注目の的になっていた。
「ここが今回わたくしたちが勤務するのはこの『御神札授与所』です。ここでは御守やお札の授与を行っているんですよ」
「わぁ、おみくじもある! 大体の人が一度は来たことがあると思うけど、名前までは知らなかったなあ。よーっし早速お仕事頑張っちゃうよー!」
「正確には仕事ではなく『御奉仕』と呼びます。神様にお仕えする仕事ですものね」
御奉仕という言葉で何を考えたのか一瞬ぴくりと体を動かせた五十嵐に横目でそれは違うぞ、と目で訴えかければすぐにすいませんでしたという表情に変わる。
一般的な業務内容を馬場に丁寧に説明されて、実際に業務が始まった。
空京神社には何箇所か御神札授与所があり、三人が詰めているのは年末年始の時に臨時で使われる授与所なので、本殿からだいぶ離れた場所にあるのだが、それでもやはり年末年始の参拝客は多くかなりの人が訪れていた。
「いらっしゃいませー、こんにちは」
五十嵐はにこっ、とまるで語尾に☆マークがつきそうになるくらいとびきりのスマイルを向ける。
「お守りですね、千円になります――って、あいたたた!」
突然背中に痛みを感じて飛び跳ねる。
「もう、理沙。ここはコンビニじゃないんだからそんな受け答えはしては駄目よ」
失礼しました、と参拝客に普段と変わらぬ笑顔を絶やさずに謝るセレスだが、後ろ手できゅっと五十嵐の背中をつねる指にはそれなりに力がこもっていた。
「御守でございますね。千円、お納め下さい」
丁寧な言葉遣いと対応で、訪れる参拝客もほうっとセレスに見惚れているようだ。
こ、これがアイドルユニット水面下での主導権争いというやつかしら。などと盛大な思い違いをしながらも、セレスを手本にしながら何とか頑張ろうとする五十嵐。
それからというもの馬場とともにレポートをしながら業務をしていたせいか、増える一方の参拝客にてんてこまいになりながらも三人は丁寧さを忘れることはなくテキパキと対応し続けた。
ほんの少しだけ客足が引いてようやくほっと一息つける時間が訪れた。使用人はカメラを止めて三人に差し入れを買いに出かけている。
「やー、思ってたより忙しいんだねー」
目の回るような忙しさから一時的に解放されて、五十嵐だけでなくセレスも多少疲れが出てきているように見える。
「しかし二人ともよく頑張ってくれる。わしも嬉しいぞ」
二人と違いまるで疲れが見えない馬場と話しているうちに、二人の中の疲れはどこかへ吹き飛んだようだった。
こんなところで疲れてる場合じゃない。時間はまだまだある。
テレビの仕事に対するプライドと近いけれども少し違うものを感じながら二人は再び笑顔で参拝客へと声をかけるのだった。
そんな二人を見て、使用人は席の近くにそっと差し入れを置いて、再び彼女たちの姿をおさめるべくカメラを回すのだった。
「うぅっ……寒っ」
くしゃみを一回して、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)はぶるっと震える。
「大丈夫? やっぱり僕が言ったとおりもうちょっと暖かい格好してきたほうがよかったんじゃないの?」
杜守 三月(ともり・みつき)がだから言ったのに、という表情でキロスを見上げる。
保温性や通気性よりも、動きやすさとスタイリッシュさを重視したキロスの格好は真冬のこの時期に出てくるには寒すぎる格好だ。しかもマフラーも巻かずに首もとまで惜しげもなくさらしている。彼曰く、これがお洒落で女子のハートを掴むらしいが、三月には話を聞いても理解できそうになかった。
「ほら、これあげるよ」
あまりにも寒いしか言わないので、三月はポケットから出がけにもらった使い捨てカイロを取り出すと、寒空の下で震える友人にポイッと渡してやった。
「マジでいいのか? うわーあったけぇ〜」
サンキューな、と長身の男からぐりぐりと頭をなでられても、同じ男としては嬉しくもなんともなかったが、これで寒いとは言わなくなるだろうことを考えたらさして気にならなくなった。
「なぁなぁ三月、まだ来ねぇの?」
「もうすぐ来ると思うよ」
時計を確認すると、もうまもなく約束していた待ち合わせの時間だ。
「よ、お疲れ」
時間ちょうどに現れたのは高円寺 海(こうえんじ・かい)。
三人揃って年明けの挨拶をしている時、もう一人が息を切らせてぱたぱたと駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃいました」
杜守 柚(ともり・ゆず)が申し訳なさそうに謝る。
「私が誘ったのにお待たせしちゃって……」
きちりと着付けられた着物に、ピンクに可愛く彩られた唇。派手すぎないかんざしは着物の色によく似合い、下の部分がかごになっている巾着をきゅっと握り締めているのがよりいっそう柚を可愛らしく見せている。
「いや、オレもちょうどきたところだし、大丈夫だよ」
海が微笑むと柚も嬉しそうに笑う。
そんな柚の笑顔を見るのが、三月は少し嬉しかった。
「なーなー、集まったんなら寒いから早くお参り行こうぜ。そんでぱぱっと終わらせて甘酒飲んだりしてさー」
一通り挨拶も済んだところでキロスが提案する。人ごみでなかなか参道を進めないだろうことを考えたらそろそろ動き出したほうがいい。
「そうだな。ぼちぼち移動するか」
「まずはお参りだね。キロスくんは何お願いするの?」
「そりゃあもちろん今年こそ『脱! リア充!』っしょ!」
「それだとリア充にならないって言ってないか?」
「うわやっべ、あっぶね! 違う違う。『脱・非リア、ウェルカムリア充』だ!」
「でも願い事って人に話すと叶わないとか言うよね」
「ああああああああ」
早速新年からキロスいじりが始まりつつ、四人は楽しく会話しながら参道を歩いていく。
「あれ? キロス?」
少し進んだところで声をかけられ振り向くと、そこにはキロスたちの先輩であるコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の姿があった。
「あけおめっす。先輩も初詣っすか?」
「あけましておめでとう。そう、ちょうど今来たとこなんだけどね」
「あれ、今日は一人っすか?」
きょろりと周りを見渡しても、コハクの側には誰もいない。
「今日はここで美羽が働いてるからね。人ごみはあんまり得意じゃないけど、応援しに来たんだ」
強風が吹いたら倒れてしまいそうなコハク。その彼を支えるようにいつも側にいる元気っこの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。その彼女がここでアルバイトをしているらしい。
「確か、今日は香菜と一緒のところにいるって言ってたよ」
届いていたメールを確かめて、うんと頷く。
「そういや香菜どの辺にいるか聞いてねえや……」
キロスの言葉に男子二人は呆れているようだった。
「良かったら一緒に回りませんか? それでできたら香菜ちゃんたちのところまで一緒に行っていただけるとありがたいんですが……」
「もちろん。僕も一人で回るよりは、みんなと回るほうが嬉しいからね」
今年はなんだかいいことがありそうだよ、と嬉しそうに加わるコハク。
参道の進み具合を見ても自分たちの順番がくるまでまだしばらくかかりそうだが、尽きることなく会話を楽しむ彼らには関係ないようだ。
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