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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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  ニルヴァーナ市外


 EJ社の依頼を受け、少年の捕獲に繰り出した竜造だったが。
 彼の目的は、金鋭峰の殺害に変わっていた。
「よぉ小僧。せっかく“社会見学”に来たんだ。そこの団長サマに色々教えてもらいな!」
『斬撃天帝』を構えて竜造が焚きつける。少年はうずくまり、頭を抱えた。両腕の剣がめり込んだ側頭部から、血を流しつつ、じりじりと鋭峰へ近づいていく。
 緊張感の高まる護衛たちへ、竜造は【アウトフェイサー】を放った。猛烈な殺気。わずかに怯んだ隙を突き、【ゴッドスピード】で鋭峰に斬りかかる。
「させないわ!」
 ルカが【超加速】で飛び出した。ほぼ同時に、ダリルも【ゴッドスピード】を発動する。ルカの疾さは、人を越え、さらには神を越えようとしていた。
 竜造とルカによる死闘がはじまる。
「金の前に、まずは貴様をぶっ殺してやろうか。ルカルカ!」
「誰が、あんたなんかにっ!」
 接近戦を仕掛けた竜造は、あらゆる方向から斬撃を叩きこむ。容赦のない剣戟に、ルカもしばし防戦一方となった。
「安心して死にな。大好きな団長サマも、すぐに送ってやっからよぉ!」
【ウェポンマスタリー】で極限を超えた竜造の剣技が、ルカを捉える。
 しかし。
 ルカは寸前で、左手の『防御細胞』を盾に変えた。ギリギリで受け流すと、右の拳を打ち込んでいく。
「しゃらくせぇ!」
【百戦錬磨】の竜造は、ルカの反撃を見通している。――もっとも、ルカも“見通されている”ことを見通しているのだが。
 間合いの長い斬撃天帝を投げ捨てると、竜造も右の拳で、カウンターを繰り出していった。


 死闘を背中合わせにして。
 松岡 徹雄(まつおか・てつお)が『光学モザイク』で身を隠しつつ、【その身を蝕む妄執】を少年にかけ続けていた。凄惨な悪夢が、少年に芽生えはじめた理性を狂わせていく。
「バレバレだ。そこにいるのは」
 徹雄の存在に気づいたダリルが、すぐさま狙撃する。
「…………」
 無言のまま、徹雄は俊敏な動きで身をかわす。
【疾風迅雷】による高速移動。まるで彼自身が捕らえようのない妄執のようだ。
 さらに【しびれ粉】を撒き散らし、ダリルを翻弄する。
「ちょこまかと……さっさと立ち去れ」
 狙いすましたダリルの射撃と、徹雄の『機晶爆弾』が中空で激突した。
 巻き起こる閃光と轟音。立ち込める爆煙の中に、徹雄の気配がゆらりと消えていく。


「我ぁが『ラブ・デス・ドクトル』を展開!」
 ゼブルが、武装のフラワシを降霊した。現れたのは、上半身のみで浮遊する老躯の赤子。
 あまりの悍ましさに、見つめるカルたちの背筋は寒くなる。
「そぉのまま、【ザ・メス】の斬撃ィィ! おやおやぁ、傷がでぇきたようですねぇ! 【ザ・ウィルス】をたぁたきこんであげましょう!」
 感・染! 上体を反らしながらゼブルが嗜虐的に笑う。
 その足元では、ドリルが腕を抑えて崩れ落ちていた。
「しっかりしてください!」
 すぐにジョンが回復を試みた。仲間を治癒する間、わずかにジョンは無防備となる。
 もちろん、そんな好機をゼブルは見逃さない。
「まぁとめて、病魔に冒されなさぁい!」
「くっ……」
 ジョンもまた、傷口を抑えてうずくまった。猛毒が侵食していく。灼熱痛と悪寒が、体中を駆け巡った。
「やめるんだ!」
 カルが、残虐なフラワシの前に立ちはだかる。
「何ぁ故、邪魔をすぅるのです? この素晴ぁらしい計画を」
「どこが素晴らしいんだ。子供を犠牲にして!」
「犠牲? 成功の代価というのでぇす。そぉれがわからないなら、まぁずは、あなたの脳から改造しましょうかぁ!」
 ゼブルの嘲笑に合わせて、奇怪な赤子が、カルに死の刃を向けた。


 夏侯惇は、少年と向い合っていた。
 殺し合いに優勝しただけあって、悪い動きではない。惇は少年の戦力をそう分析する。
(だが。我流の悪い癖がある)
 訓練された惇の技術に比べたら、まだまだ未熟だ。さらに、少年は精神が不安定で、本来の実力が発揮できない。
 勝算は十分にある。
「殺ス! 殺ス! 殺ス!」
「話したいことは山ほどあるだろう。力ずくで、語り合おうではないか」
 惇が、少年を組み伏せにかかった。触肢をかいくぐり、毒の尾を受け流して、巧みに抑えこもうとする。
――しかし。
 がら空きになった背後から、ゼブルのフラワシに襲撃された。
「ぬ、ぬぅ……」
 倒れこむ惇の横を、少年がずるずると移動していく。



 護衛は突破された。
 彼の前に待ち構えるのは、ただひとりで睨み返す、金鋭峰の姿である。
「殺ス! 殺ス! 殺ス! 殺ス! 殺ス! 殺スゥゥゥゥゥゥ!」
 少年が飛びかかって行く。やむを得ず、鋭峰が剣の柄に手をかけたとき――。

「そこまでよ、少年!」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が、ペガサスから舞い降りた。
 視察の話を受けたが、一向に連絡のない鋭峰を不審がり『創世学園都市遊牧場』から急行してきたのだ。
「復讐は否定しないわ。けど、そのために大事なものを捨ててはダメ!」
 たいむちゃんから少年の生い立ちを聞いたリネンは、組織に利用された自身の過去と重ね、強い憐憫を抱いている。
「リネンの言うとおりだ。復讐したっていい。……けど、それで人生終わらせちゃいけねぇだろうが!」
【セラフィックフォース】で熾天使化したフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、上空からラブ・デス・ドクトルを撃退した。注意をゼブルに向けながら、少年に近寄っていく。
 フェイミィはかつて、全てを奪われた状態から立ち上がった。自らの手で大切なものを奪い返した彼女は、復讐そのものには肯定的である。
――相手と手段さえ間違えていなければ。

「……ちっ。面倒な奴が出てきたぜ」
 竜造が、殴られた腹部に手を当てながら唾棄する。地面に吐き捨てた唾液には血が混ざっていた。
 さすがに、これ以上戦うのは厳しそうだ。
「しかたねぇ。退くか」
 斬撃天帝を拾い上げると、ゼブルを連れて去っていく。振り向きざま、彼は、同じように腹部を抑えるルカへ告げた。
「次はその首、必ず切り落としてやるぜ」


 一方、フェイミィは懸命に少年へ語りかける。
「おい、小僧。名前は?!」
「……ウゥゥ……アァァ……」
「くっ、そんなことも忘れちまってるのかよ!」
 いっこうに記憶の戻らない少年。歯がゆそうに、フェイミィは拳を握りしめた。
「あなたに、未来をみせてあげたい」
【ソウルヴィジュアライズ】で感情を見ながらリネンが告げる。彼の心は恐ろしく歪み、正視に耐えない。
 それでも、少年は心の深奥で、ふたたび笑おうとしていた。
 人の優しさはまだ残っている――。リネンは彼の前に立ち、最後の賭けにでた。
【タイムコントロール】。時間を戻せば、一時でも狂気から解放できるかもしれない。
「大切な人が教えてくれたわ。大事なのは過去ではなく……“今”と“その先”だって……」
 皮肉な賭けだった。未来のために、過去を巻き戻す。
 だが、その先にあるはずの希望を信じて、リネンはタイムコントロールを発動する。
「あなたに時間をあげるわ。うまくいったら、名前を教えて」
「ウゥゥ……僕ハ……僕ハ……」
 少年の時間が遡る。人としての記憶が、蘇ろうとしていた。地球にいたころの自分。パラミタに描いた夢。愛を交わした恋人。
「……ウゥゥゥゥ……アァァァァァァ……!!」
 しかし、彼の記憶はそこで途切れる。失われた時は完全には戻らなかった。
 リネンは胸がつまる思いで、まぶたを閉じた。
「名前すら思い出せないの?」
 哀しげなリネンの呟きに、少年の背後から、ある女性の声が応える。


「彼の名を、教えてあげましょうか」