リアクション
空京の休日 「うーん、ここは、もう少し甘みがほしいかな……」 自宅一階のバーカウンターの中で、酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)が、シェイクしたばかりのカクテルをちょっとなめてみてつぶやいた。 「おっ、また何か作ってるな。新作か?」 その様子をめざとく見つけた曾我 剣嗣(そが・けんじ)が、ちょっと物欲しげに近づいてきた。 「ちょうどいい。ちょっとこれを飲んでみて、感想聞かせてくれるかな?」 いいタイミングだと、酒人立真衣兎が、曾我剣嗣を手招きした。 「待ってました。よし、任せとけ」 そう言うと、曾我剣嗣が喜んで新作カクテルをぐいと一気にあおる。 「どうかな?」 「うめえ!」 即座に、曾我剣嗣が言った。しかし、これでは感想になっているようで参考にはならない。 「なんという飲み方をしているのですか。そんなことでは、また酔っ払って寝てしまいますわよ」 なんとなく騒ぎを聞きつけてやってきたレオカディア・グリース(れおかでぃあ・ぐりーす)が、曾我剣嗣を揶揄した。その後ろからは、楪 什士郎(ゆずりは・じゅうしろう)もやってくる。結局、全員勢揃いだ。 「なんだと、レオカディア! 今日こそ寝ねえよ。だいたい、いつも寝てるわけじゃねえぜ!」 すでに顔を赤くしながら、曾我剣嗣がレオカディア・グリースに言い返した。無類の酒好きの苦戦、酒にさほど強くないのが玉に瑕なのだ。 「やれやれ。本格的に飲むのであれば、何かツマミでも作ろうか。それがあれば、剣嗣もうめえ以外の感想がでてくるかもしれないな」 そう言うと、楪什士郎がカウンターの中に入って、簡単なカナッペを作り始める。 「では、わたくしにもいただけますでしょうか……」 「喜んで」 レオカディア・グリースがそう言うと、酒人立真衣兎が新しくさっきのカクテルを作り直した。今度は、ちょっと蜂蜜をわずかに加えてみる。 「あら、美味しいですわ。でも、これでしたら、オレンジ味の方が、わたくしは好みですわね」 「キマクの蒸留酒がベースなんだけど、やっぱり、グレープフルーツよりは、オレンジの方がなじむかな?」 さっそく、酒人立真衣兎がカクテルの構成を変えてみる。カクテルという物は、イメージでどんどん変えるべきだ。 「どれ、それじゃ、今度は俺の番だな」 作り直されたカクテルを、今度は楪什士郎が飲んでみる。 「うん、これなら、もう少しオレンジを多めにしてもいいかもしれないな」 「どっちでもいいから、もう一杯飲ませろよお」 速くもちょっとろれつの怪しくなった曾我剣嗣がおかわりを要求した。 「だいたい、イメージはつかめたから、みんなの分作るわよ」 「じゃあ、わたくしも何か作りましすわ」 酒人立真衣兎が新作カクテルを人数分作っている間に、レオカディア・グリースがささっと何か炒め物を作った。 「キマクのオレンジオアシスと名づけたよ」 「それじゃあ、かんぱーい」 かくして、いつものようになし崩しに宴会に突入していく。 「うん。なかなか」 「今度は、パラミタをテーマにして作ってみてよ」 楪什士郎とレオカディア・グリースが、思い思いに感想やリクエストをしていく。そのころには、曾我剣嗣はすっかりソファーで熟睡していたのだった。 ★ ★ ★ 「おお、和輝か。ちょうどいい、どうだ、一服しにこない?」 「一服!? まさか、アニスたちに毒を盛る気じゃ……」 ふいに松永 久秀(まつなが・ひさひで)から声をかけられて、佐野 和輝(さの・かずき)と一緒にいたアニス・パラス(あにす・ぱらす)が思わず身構えた。 「毒じゃないわよ。お茶よ」 思わず、松永久秀が、苦笑気味に微笑んだ。その言葉に、アニス・パラスが、なあんだという顔になる。 「まあ、たまにはいいな。よし、行こう」 「それじゃ、こちらへ」 すでに支度ができていたのか、松永久秀が空京大学のキャンパスの一画に佐野和輝とアニス・パラスを案内する。 そこには、緋毛氈が敷かれ、赤い野点傘が立てられていた。 「なあに、これ? 喫茶店か大学のカフェに行くんじゃなかったの?」 ちょっと予想外の場所に、アニス・パラスがきょとんとする。一方の佐野和輝の方は、予想通りだという顔をしていた。 さすがに、古天明平蜘蛛を使ってというわけには行かないだろうが、松永久秀がお茶といえば茶道のお茶だろうことは容易に予測できていた。 実に無駄のない所作で、松永久秀がお茶を点てていく。 「さて、こうして茶会を開くということは、いろいろと語りたいことがあるんだろう」 「まさかあ。語りたいのではなく、聞きたいのよ」 なんとなく、相手の腹の探り合いのような会話から始まり、なんとなく奇妙な緊張感がその場を支配する。 「らしいな」 「お褒めにあずかり、光栄だな」 「うーっ」 なんとなく儀式めいた佐野和輝と松永久秀の会話を大人しく聞きながらも、アニス・パラスがちょっと足が痺れてもぞもぞとした。二人が変な会話を交わしているので、なんとなく手持ち無沙汰で居心地が悪い。それに、なんでお茶を泡立てているのだろう。色だって、なんだか凄く緑緑している。でも、ちょっと綺麗かもしれない。 「アニスに、抹茶はきつくないか?」 「大丈夫、アニスには、ちゃんと専用のお茶とケーキを用意してあるわよ」 ちょっと心配する佐野和輝に、松永久秀はちゃんと別に用意しておいた水出しの緑茶と、抹茶のロールケーキをアニス・パラスに差し出した。 「わあい、ケーキだあー」 とたんに、アニス・パラスが機嫌を直す。 「和輝には、こちらを。なあに、格式張る必要はないわ。好きに飲めばいいのよ。それもまた、あなた式なんだから」 そう言いつつも、松永久秀がしっかりと佐野和輝がどうお茶を飲むのかをきっちりと観察した。 軽く茶器を愛でた後、周囲の風景を一瞥して、佐野和輝が一気に茶をあおった。また、繊細なのか、豪気なのか、どちらなのかよく湧かせない所作だ。ただ、確認すべきことは確認し、それが終われば一気にことを済ますという、佐野和輝らしいといえば、それまでの飲み方である。 「やはり、実に面白いな」 「いや、こちらこそ、久秀の茶の点て方を鑑賞させてもらって、眼福だったと言える」 「ほう、なら、鑑賞料として、新しい茶器の一つでも所望しようかしら」 「それはちょっと……」 含みのある松永久秀と佐野和輝の会話に、なんでそんなことしてるんだろうと戸惑いながら、アニス・パラスはロールケーキにかじりついた。 ★ ★ ★ 「ああ、きたきた。おおい、こっちだー」 空京大学のカフェテリアの窓際のテーブルから、セルマ・アリス(せるま・ありす)がオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)を呼んだ。 カフェに入ってきたオルフェリア・アリスがすぐに嫁に気がついて、とててててっと駆け寄ってくる。ちなみに、学生結婚した夫婦である二人は、本来男であるセルマ・アリスが夫で、オルフェリア・アリスが妻ではある。ではあるのだが、オルフェリア・アリスにとっては、セルマ・アリスは俺の嫁なのである。 「今場所を広げるから」 テーブルの上に広げていた携帯パソコンやら、授業のノートやら、参考書やら、筆記用具、飲みかけのコーヒーやらを、セルマ・アリスがあわただしく自分の方へと追いやって、オルフェリア・アリスが物をおけるスペースを作った。 「ありがと」 自分用の場所ができたので、オルフェリア・アリスもセルマ・アリスと同じようなパソコンやノートや参考書やらをテーブルの上に広げた。とたんに、テーブルの上が物でぎゅうぎゅう詰めになる。 「頑張って、単位とらないとね」 「ああ、頑張ろうぜ」 そう言いあうと、オルフェリア・アリスとセルマ・アリスは勉強を始めた。 「はい、これが授業のノート」 「おっ、サンキュー」 セルマ・アリスが都合で出られないことが多かった授業のノートを、オルフェリア・アリスが差し出した。 手書きのノートを、セルマ・アリスは自分のノートに要点を纏め直して書き写していった。その間、オルフェリア・アリスがちょっと手持ち無沙汰に、自分のシャープペンシルをクルクルと回していた。 「そのシャーペン、購買で買ったのか?」 自分が使っていたシャーペンをオルフェリア・アリスが持っていたシャーペンの横へ持っていって、セルマ・アリスが言った。一目でそれと分かる同じ形の物だ。違いと言えば、色がブルーとピンクであることぐらいだった。 「うん、お揃いだね」 別に申し合わせたわけでもないし、シャーペンの種類などそんなに多いわけではないので、大した偶然ではないのだが、こんな些細な偶然にもほんわかとしてしまうまだまだ新婚気分の二人であった。 再びノートの書き写しに戻ったセルマ・アリスをちょっと見あげるようにして見つめていたオルフェリア・アリスであったが、ふいにちょっと鼻の上に皺を寄せた。 「ん、どうかしたか?」 敏感にオルフェリア・アリスの様子を感じとって、セルマ・アリスが訊ねた。 「また少し大きくなった」 ちょっとぷんすかした感じで、オルフェリア・アリスが言った。 最近、オルフェリア・アリスはセルマ・アリスとの身長差を気にしているのだ。本人いわく、どんどんセルマ・アリスが大きくなっていて、これでは夫の威厳が保てないのだという。 夫の威厳を気にするのは、本来は自分の務めじゃないかと思うセルマ・アリスを放っておいて、オルフェリア・アリスがカフェオレを注文した。 「牛乳を飲んで、もっと背をのばしてやるんですから」 「またそんなことを気にして。だいたい、背をのばすのにカフェオレなんだ。それってコーヒーだぞ」 「ミルクがたくさん入っているから問題ないのです。今に、今に、あっさりとセルマをオルフェが見下ろしてやるのです」 自身の野望を、実に楽しそうに語るオルフェリア・アリスであった。 まあ楽しそうだからいいかと、両手でコーヒーカップをかかえるようにしてカフェオレを飲むオルフェリア・アリスをながめながら、セルマ・アリスが待ったりと和んだ。 「って、和んでる場合じゃない。課題だ、課題!」 そう言うと、セルマ・アリスは気合いを入れなおしてノートを写しにかかった。 |
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