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江戸迷宮は畳の下で☆

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【強襲☆悪襲城・2】


 虎太郎や村人から聞いた通り、悪襲が潜むのだという天守は一部が吹き抜けの構造になっていた。登り階段が無くなると、次は向こう側に迄行かなければ上階へ行く事が出来ないようだ。
 ――時間が差し迫った状態で場所も人間も特殊だから平時と同じ様に突入戦術のテスト等出来なかったが、予定通りは予定通りか。と、右側の廊下はアレクを先頭を進みながらアレクは考える。
 左側の廊下は偶々先陣を切った奴――と言う事で今はカガチを先頭に、豊美ちゃんのように飛べるものは吹き抜けを突っ切りながら進んでいる。壮太やフレンディスのようなバランス感覚に優れた忍者連中は手すりの縁等を軽く跳び進んでいた。
 アレクにもああいう器用な事を、やって出来ない事は無いのだが余り得意じゃない事をやって足下を掬われるような真似は避けたいのも事実だ。Every man knows his own business best(餅は餅屋)。組織立って行動するようになってから、念頭に置いている言葉だが――。
 しかし兵士の殆どはカガチの進む側と、自分の進む側にしか向かって来ない。実際カガチの方から「こっちばっかだな畜生!」と悪態が聞こえて来る。まあ此処は『そういう世界』らしいし、建物内の戦闘で空を飛んで来る敵等当然想定していないのだろう。
「でもいいな……俺も真ん中進めば良かった」
「飛ばれると僕、落ちちゃいそうです」ついさっき頭の上に乗っかってきたポチの助が言っている。
「そしたら服の中に入れてやる。
 普段の軍服だと無理だろうけど、ウェストコートなら入るだろ?」
「流石に暑そうですねぇ」
「俺も実際そう思うよ」
 雑談の間に正面から敵が迫っている。何れも室内であるからか、槍では無く刀を手にしていた。
 横並びに灰色の袴と緑の袴、その後ろに黄色い袴が一人。
 灰色と緑は上段からほぼ同時にかかってくる。左と右に交互に刀を弾くと、黄色い奴の突きを上から落した。これで三人とアレクの位置は丁度始めと入れ替わる形になる。
 灰色の奴は再び上段から。それを同じく上段で受けていると、緑がそこへ突っ込んできた。素早く喉元を蹴り潰すと、今度は別の奴――少々体格の良い和の国の人間にしては珍しい長身の奴がくるのが見えた。
 受けたままの灰色の刃を左手で払い、長身の奴にぶつけてしまうと、そのまま黄色い袴を下から斬り上げた。
(アレクさん――、やっぱり凄いです!)
 特別な事も、派手な事も無い。
 ただ自分の尺では無くポチの助を入れた部分まで計算に入れて、振り落とされない為の重力制御等意味が無い程体幹のブレ無いアレクの動きに、ポチの助は驚嘆と悪寒を同時に覚えている。
 残るは互いにぶつかって崩れかけた灰色と長身。長身の方は受けようとした刀ごと胴を横薙ぎにまっ二つにすると、向こう側から来る筈の敵は怯んで中々足を進めて来ない。
「アレクおにーちゃんまだー?」向こう側で壮太が手を振っている。
 その後ろで縁を走っていたフレンディスに向かって行った忍者が、出会い頭に天空落しで地面に叩き付けられていた。
「アレックスさん、マスター、お早く! 先に進みましょう!」
 フレンディスはその名と容姿に似合わず忍者の里の頭領の娘であり、葦原に所属する列記としたくの一だ。だからこの場所には何の違和感も持っていないのだろう。まるで我が家のように城内を進んでいく。
 そして頭の隅で(以前行った大江戸将軍ランドに少し似ていますね)なんてどうでもいいことを思いながら、大部分はどれだけ時間を短縮して天守閣に向かうかに傾いていた。
 留守番しているジゼルの事が心配でならないのだ。
「私、ジゼルさんの為に先を急ぎます故、お先に失礼致します!」
 はやる気持ちを遂に抑えきれなくなったのか、フレンディスはそう言って壁を抜けていく。
「フレイの奴、――仕方ねぇな」
 アレクの背中に聞こえるのは、ベルクの声だ。目の前に立つ『壁』が強固過ぎて、彼は杖を構える気すら無いらしい。
「レディファーストも程々にな」
「恋人を一人にする気は無ぇな」
 早口で詠唱しながら軽く肩をすくめてみせると、ベルクはそのまま闇色の翼を広げて飛んで行った。
 その間にアレクは正面の二人を左右の抜き胴で斬り裂いて、次の一人は袈裟にまっ二つにする。
「……モフの助、弟とフレンディスとベルクに置いてかれた……」
 肩を落したアレクがそう言って重力制御まで行いながら自分の頭にのっているポチの助を見上げると、忠犬ポチの助は正面の状況を冷静分析しているようだ。
「アレクさん。前の人間、様子がおかしいですよ」
「うん?」
 確かに向こうの一等前に居る奴は、仲間の命が一気に4人分奪われた事に、驚きだか恐怖を隠せないで居るようだ。未だこない。
「下手に刺激しない方がいいかもしれないです」
「……そうだな」
 ポチの助の言葉にアレクは素直に頷いて、向こうへ向かって優しく――少なくとも本人はそのつもりだった――声をかけた。
「おい、そこの侍。
 俺は別に人殺しが趣味な訳じゃないんだ。帰りたきゃ帰っていいからな」
 しかし青いモーニングコートの下の白いウェストコートとトラウザーズは血で赤く染まっている。そんな姿で、しかも歪んだ笑顔で「帰っていい」と言われてもだ。しかも喋る犬のおまけつきで。
(――これじゃ恐怖でしかないと思いますよアレクさん)
 ポチの助が思った通り、向こう側にいた侍は猿叫のような雄叫びをあげて刀を振り上げてきた。
「き、いえええええあああああ!!!!」
 アレクは溜め息に近いものを吐いてそいつが上段から振り下ろしてきた刃を自分の刀の背で跳ね上げると、そのまま振り下ろしてぶった斬る。実はアレクは軍に所属してから今まで一度も、「大人しく投降しなさい」の説得を成功させた事が無かったのだ。
「……一体何が駄目なんだろうな……」
「次はバディみたいです」
 正面の敵は兄弟なのだろうか、似た様な容姿の二人が仲良く横に並んで、刀を中央の空間で組み合わせている。そしてそのまま狭い廊下を利用してアレクを挟む様に刃を交差させて、胴薙ぎにしようとしてきた。
「アレクさん!」ポチの助の声が上がる。
「はははどうだ!」「これで逃げ場はあるまい!」
「So what?(だから何だよ)」
 振り下ろす刀でそれらを叩き落すと、そのまま二人を飛び越えて前宙しながら着地する。
 互いに後ろを取った状態で、先に動けたのは勿論アレクの方だ。
 一手で纏めて首を落すと、ポチの助の歓声が上から降って来た。
 レティシアは先程のからのアレクの戦いぶりを食い入る様な目で見つめている。
(フレイが自らの意志で殺そうとした男――アレクサンダル。
 確かに先刻から一度も攻撃を喰らってはいないが、これが本当に此奴の実力だというのか?
 いや、全身に致命傷を負い狂気にのまれながら尚フレイを上回ったというのなら、この程度が本気とは言えないだろう。
 見てみたいものだ、この男の本気の戦いを!)
 期待に輝く眼差しを向けられて、アレクは振り返りもせずに口を開いた。
「……お姉さんあのな。そんなに熱く見つめられても俺からは何も面白いものは出ないぞ。
 刀、フラッシュバン、小銃に予備マガジンが一つ、ナイフ、結束バンド、フラッシュライト、サングラス、耳栓。つまり何の役にも立つたないような装備ばっかりだ」
「……確かお前豊美とお茶してたって言ってたよな? 装備って何処の戦争に行くつもりだったんだ?」
 緑のスリッパこそ飛んで来なかったが、陣の何時ものツッコミだ。
「気にするな陣、こんなものは単なる軍人の嗜みだ。
 ……ああ、あとこれがあったな」
 言いながらアレクは左手の甲をレティシアに向かって振る。何時もの黒いそれではない仕立ての良さそうな白い手袋の中指に無骨な鉄の輝きがある。
 角指がはまっていた。
「見てれば分かったと思うが剣術は何も面白い事はしてない。体術は軍に行けば似た様なものを幾らでも見られるし、バランス感覚だけで言えばジゼルの方が良いくらいだ。それから魔法は教科書通りで豊美ちゃんみたいに上手く使えない――」
 アレクは中空に漂ったまま魔法で廊下を進む契約者たちをサポートする豊美ちゃんを一瞥すると、正面からきた敵の侍にぼんやりした視線を向けた。本当に自分は面白いところは一つも無い。その上飽きっぽくて雑な性格だと自覚している。
 そして今まさに飽きていた。
「城攻めってもっと面白いと思ったんだけどなぁ……」
「そう言えばあのちびっこ人間(虎太郎)が悪襲はゴロツキ連中や、牢に捕らえれていた奴を恩赦を餌に雇ったって話してましたね。
 それでも僕には契約者と『純粋な実力』は変わらないように見えますが――」
 額に落ちている肉球を弄りながらアレクは分析する。
「現代兵器とスキルを封じるハンデを付けて面白く無い戦いが出来る程度だろうな。
 否――、そんな事より何か胸騒ぎがしてしょうがないんだ、早く帰りたい」
 急に焦れたような声になったアレクに、ポチの助は真っ先に彼のパートナーの姿を頭に思い浮かべた。離れていようとその気配が感じられるのは、契約者には普通にある事なのだ。
「まさかジゼルさんに何か!?」
「ああ……何か、俺の預かり知らぬ所でもの凄く美味しい状況が生み出された気がする! そうだこれは――放送バージョンでは湯気とか光線とか墨の黒点とか黄色いテープとか魔方陣とかロバとか『見せられないよ!』で隠されて拝めない系統の……糞! 今直ぐ帰りたいのに何だこれ大して面白くもねーのに敵多過ぎだろ無限増殖してんじゃねぇか巫山戯んなよ!」
「あれ程戦っていたというのに……彼奴(あやつ)、未だ喋る余裕があるようだな――」
「ああ、なんて男だ。あの強さ――太刀が大振りな所為か?」
 値踏みするように睨み上げてきた敵達に向かって、アレクは聞こえよがしに舌打ちする。
「....it’s really fine.
 Bring in on ass hole!」
 しかし勢いに押し負けて、向こう側からは誰もこない。嘆息しながら手から武器を消して丸腰になって両手を広げる。 
「かかって来いっつってんだろバーカ! バーーーーーーーーーーーカ!!!!」
「「うおおお!!」」
「Shut the fuck up!」
 ――焚き付けておいて相手が気合いの雄叫びを上げたら黙れとは此れ如何に。来るのは上段、白い手袋をしただけの素手でその刀を受け止めるとぐるりと回した。
「くッ、あ……!」
 掛かってきた侍が床に転んでしまったのを無視して、今度は別の侍の刀を握る手へ向かって回し蹴りを喰らわせると、そいつは哀れ壁へと突っ込んでいく。振り返って先程床に転がした侍と一緒に懐から出した小銃から何発かお見舞いしておいた。
「Fuck off!」
 失せろと言っても次の敵はまだ来る。
 なんか面倒臭ぇなと額にかかった前髪を上げていると、ふと手袋が視界に入った。スタート時に白かった筈のそれは何時の間にやら真っ赤に染まっている。
「Much Sense――the starkest Madness――? Haha.
 『ポチの助』、ちょっと降りてな」
 此処に来るまでにアルちゃんたちの作った『変なもの』を見てしまったアレクは頭の中に何らかの残滓を残していたらしい。
 このように少々(?)好戦的とも言える彼だったが何も豊美ちゃんの考える『異なるものさし』で動いている訳で無い。至極正面(まとも)な糞程面白くも無い『常識的ものさし』で計って、それでも行動が本人の自覚無く常識の枠を越えてしまうのだろう。全てを後ろで見ているレティシアにも、残念な事に強さの程は見切る事が出来ないが、アレクという男が常識外な存在なのは分かりかけてきていた。
 そんな調子でアレクはポチの助が頭から降りた瞬間、正面の上段に刀を構える手首を伸ばした手で掴んで角指が付いた左手で腹に拳を入れ、顎に掌を入れ、胸ぐらを掴んだ勢いで左へ振り返った。
 金色の眼に映るのは、自分とよく似た容姿の日本人だ。
「Hey,カガチ!」
 弾む声に反応して、カガチがこちらを向くのが見えた。
「This is for you!」



「いらねぇよ!」
 向こう側から吹き抜けを飛んで壁に突っ込んできた思わぬプレゼントに、カガチは叫んだ。
 当然だが、数十メートルは飛ばされたであろう侍は昏倒しているか死んでいる。
 踏むのも申し訳無いし「よっこいせ」と飛び越えて、カガチは目の前に列をなしている敵達を見ていた。
 ――明らかに数が多い。
(理由はまあ、分からんでも無いけどね)
 実力差云々は置いておいたとしよう。似た様な太刀筋に尺も体形も同じ様な男が頭に居て、しかし敵兵たちはカガチの方を選んでいる。
 何故なら目的は飽くまで「あしゅーとやらをシメル」事であり「兵士は邪魔なら避ける程度」、こうして敵対するのならば昏倒する程度に止めているカガチ側と、「敵は確実に殺す。良く分からんお情かけて実力見誤ったら格好悪い、その上俺が死ぬじゃないか厭だなー」と極端な事を言い有言実行しているアレク側のどちらかなのだ。敵兵士達が本能的にカガチの方を選ぶのは当然だろう。
 まあ皆、死にたく無いからね。
 鍔競りを力押しで打ち勝つと、そのまま柄を鳩尾に入れて次の敵へ進む。
 そんなカガチの目には先にゴールに辿り着いたらしいアレクの姿が見えていた。別に遊んでいる訳でも無いが、あれは「俺が死ぬじゃないか厭だなー」という勢いで無い事は確かだ。
 それでもってなんか面倒臭ぇなと言う気分になってしまったカガチは、正面に居た連中の武器を次々に破壊して実力行使で進んで行く。
「死なない程度にするから許してちょんまげー」
 面白くも無い上状況的に今イチ笑えない親父ギャグを言いながらゴールに辿り着いたと思ったら、途端に目の前が暗くなる。
 顎を砕こうとする掌が迫っていて、それが急に下へ落ちたと思ったら、代わりに見えたのはアレクの顔だった。
「ああご免、間違えた間違えた。
 また『現地人』かと思ったんだよ」
 見開いた目はまともにこちらを見ているが、唇は酷く歪んでいる。
「あれ? やっぱり現地人かな?
 知ってる奴かと思ったんだけど……これは――殺した方が良いかな?」
 ――ああそうゆー事。
 意味を理解して刀を正眼に構えるカガチに、アレクは心底幸せそうに笑顔を浮かべて、太刀の柄を手の中に戻した。 
「All right.
 さあ。その首寄越せ」